恋情を乞う

乙人

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寗玻長公主

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 旲瑓の姉に、寗玻ねいはと呼ばれる長公主がいた。
 寗玻は櫖家の、死んだ当主の後継ぎに降嫁した。
(櫖家は公主の降嫁によって、力をつけたも同然だわ。)
 櫖家は随分と成り上がったらしい。数百年前は、単なる地方役人だったのに。まあ、地方役人とは言え、神官だった。
 櫖家の血を引く女は、不思議な力を持っていることが多い。未来予知、と言えば良いのだろうか。
 未来予知は、櫖家の女にとって、欲しくはなかったものだった。未来に絶望してしまう人間もいるからだ。櫖淑妃然り、永寧大長公主然り。
(自慢ばかりするのね。)
 櫖家の女達は忌々しいと思った。流石、永寧大長公主の母の実家だと思った。
『寗玻様って、当主様を死なせた永寧大長公主の妹と聴いたわよ。』
『え?私は殺した、と聴いたわ。』
『何れにせよ、そんな女の妹が降嫁して来るなんて、まあ、嫌だわ。』
 ねぇ、と口汚く罵られた。
(帰りたい。)

 寗玻は十九になる。まだまだ遊びたいざかりだ。
 櫖家の女は、寗玻をよく思ってくれない。
『何も出来ないのですね。』
 丁寧に言うが、冷めた、侮蔑の言葉。赦せなかった。己を嬲るなんて、赦せなかった。
 夢から、覚めた。
 降嫁なんて、憧れていた自分が莫迦みたいだ。現実はこれだ。ざまあない。
 永寧大長公主が羨ましい、寗玻は思った。
『珞燁様はお元気でしたか?』
 珍しく自分に声をかけてきたと思えば、永寧大長公主のことだ。
『元気なんじゃないかしら。後宮にいても、会う事なかったし。姉さんはあたしがお嫌いよ。』
 永寧大長公主は姉じゃなかった。叔母だった。それを聴いて、「この女は報われないや」と思った。
 降嫁して、行き遅れにならなかった自分は、永寧大長公主よりも幸せ。
 そう、思っていた。思っていたかった。

「瑓。」
 その愛称で呼ぶのは、永寧大長公主か、はたまた、我が父妟纛か。
「父上。どうかなさったのですか?」
 珍しい。父が己を訪ねて来るだなんて。
「櫖家から、これを預かってな。」
 父は懐から、折られた紙を取り出して、旲瑓に渡した。
「まあ、見れば分かる。」
 読んでみて、驚いた。バッと勢い良く顔を上げると、父は困り顔だ。
「魖家が、ですか?」
「あぁ、そうだ。」
「でも、母上に限って、ありゆるのですか?」
「櫖家が怪しいと言っているからな。多分、そうなんだよな。」
「父上は櫖家を信じていらっしゃるのですね。」
「まぁ、櫖家は龗家に害のあることはそもそもしないからな。」
 龗家は櫖家と後宮を除いた姻戚関係があり、その分、他の家よりも繋がりが強い。
「まあ、こういう事だ。」
 ポンポンと送られてきた文を叩く。
「お前にとっての、初仕事だな。」
 今までとは比にならない程の大仕事。出来れば、関わりたくなかった。
 自分の母の実家が、まさか、と思う
『魖家が何やら企て事をしている模様。』
 ざっくり、そう、書いてあった。
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