恋情を乞う

乙人

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故人

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「無いものを強請る程、虚しいことは、無いでしょうね。」

 その日、旲瑓は登花宮に来ていた。准后の住まいである。彼女は位にしては、不釣り合いの宮に住む。後宮での寵愛争いには、てんで興味はなく、中立な立場を保っている。
「珍しいことですね。貴方様が此方にいらっしゃるだなんて。」
 准后は微笑む。
「久し振り、かもしれないね。」
「榮皇后様の御所にいらっしゃったのかしら。それとも、他の親しい御方かしら。」
 圓准后は鋭い。
 旲瑓の様子を見ると、すぐに人払いを命じた。あまり人に聞かれては好ましくない話をするのだと、見抜いた様だ。
「人払いは致しました。今日は、如何なさったのですか。」
「あぁ………」
 旲瑓は物寂しげに笑った。

「お前は、愛した人と引き離されたことはあるか。」
「えぇ。」
 このことは旲瑓もよく知っている。俐充媛の兄である、俐丁理なる少年だ。彼は父親に殺され、家は取り潰され、充媛は売り飛ばされた。
「失礼を存じて申し上げますが、貴方様の愛された方も、何方かに離れてしまうのでしょうか。」
 彼女は誰とは言わなかった。だが、賢しい彼女なら既に分かっているだろう。我が叔母、永寧大長公主のことである、と。
「あぁ。そうだよ…もう、いつ御隠れ(死ぬ)になるかも分かっているんだ。だからこそ、虚しい。」
 あと一年。永寧自身がたまにぼやいている。己に聞かれているということは、夢にも知らないだろう。言おうとしても、言えなかった。
「生命尽きる時を御存知なのは、さぞかしお辛いと存じます。」
 突然の死と、予告された死。何方も良いとは言えないが、予告された死の方が、まだマシな気がする。覚悟は出来るし、それを踏まえた上で、余生をゆったりと生きることも出来る。
「でも、それならば、貴方様がなさることはただ一つ。その御方が少しでも心残りなく逝ける様にして差し上げることです。」
 准后は溜め息をついた。
「心残りなんて、させてはいけませんよ。」
 そして、遠くを見る。

 目の前で恋人が首を斬られる。それがどれ程の衝撃として、どれだけの傷として心に残るのだろうか。計り知れない。
 滴る紅い血。生温い。転がる首。
 それを抱いて何を思う。
 真っ二つにされた胴体を見て、笑う男を、何と思っただろう。
「愛した人は、もう、皆、殺されてしまいました。」
 その原因となった男を殺したいほど憎んだ。それと同時に、どうすることも出来なかった身の上を恨む。
 彼女の心は、何処かの路傍に置いて来られて、其処に留まる。ゆうれいと成った愛しい人といつまでも幸せに生きているのだろうか。
 死者を喰らう。そんな、人として背徳的なことをした彼女は、死者と生者の垣根を超えて、一つになりたかったのかもしれない。それしか、叶わない恋を叶えることは、不可能なのだから。

「月下美人に、曼珠沙華の煙管ですか。」
 それぞれ、月下美人は旲瑓の、曼珠沙華は永寧の物だ。
「姉さんは、意味まで教えて下さらなかったよ。」
「あまり幸せな意味ではありませんものね。」
 花には各々が意味を持っているらしい。時代は下り、西の方で発生したのだとか。それを、旅する者が広めて、乙女達に好まれた。
「曼珠沙華は『一途』『悲しい思い出』。月下美人は『叶わぬ恋』『儚き恋』。そんなところなだったかしら。」
 叶わぬ……儚き恋。
 物よりも先に朽ちることが分かっていた生命。それに、せめてもの思いをのせておきたかったのか。
「貴方様がどう思われたかは、私には分からない。ですが、思いを託された方に、安寧を。きっと。」
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