恋情を乞う

乙人

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圓家 参

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「私の邪魔をしようなら、容赦はしない。たとえそれが、誰であろうと。」

 初めて名で呼ばれた。自分を、名家の娘で、后がねなのを思い出させるために。
「私が、后。」
 もう、良いではないか。
 既に、准后にはなっている。皇后ではない。一歩劣った准后だ。
 誰も外戚になりえない榮氏が楽なのは、分かる。外戚によって権威を奪われることは、よく有ると歴史書で読んだ。そのせいで滅びかけた王朝もあるらしい。
「莫迦ね。」
 それを、は忘れている。欲だけを叶えたい。その為には、他の者なぞ、どうなっても構わない。それがあの男だ。
 いっそ、一番思考が読みやすい。
 それ故、操るのもきっと簡単なのだ。貴族としては、致命的だ。ただ、それを赦さないのは、彼の影響力なのか。それとも、従妹の生んだ東宮のおかげなのか。

(時間の問題。)
 后の為の、重く豪奢な衣裳を脱ぎ捨てる。目立つ簪や装飾品を外した。
「后。良いのですか。」
「えぇ。構わない。」
 女官が衣を差し出す。青い衣。中級女官の物だ。それを着て、木で作られた、粗末な簪で髪をまとめる。
 代わりに、女官は准后の衣裳を着る。化粧もそっくり似せて。瞳までは誤魔化せないので、被衣を被る。
「大丈夫ね。出来るわね。」
「は、はい。」
 一人の下女だけを伴い、准后は後宮を去る。演技上手な女官を選んだ。没落した貴族だと言うので、所作に問題はない。一日くらいなら、平気。そう願う。

「後宮から、女官が参りました。」
「そうか。通しなさい。」
 永寧が言う。
 無理を言って、新年の宴会を欠席した。それに対してなのだろうか。
「お入りなさい。」
 侍女に連れて来られたのは、若い女だった。見たことのない女官だ。新入りか、そう思って顔を上げさせる。
「な!」
「ご機嫌麗しゅう。大長公主様。」
 女官の身なりをした、准后が其処には居た。あまりにも雰囲気が違ったために、分からなかった。
「后………。」
「よくお分かりで。」
 聞けば、逢引で身につけたらしく、庶民のフリは得意なのだとか。
「どうしたの?」
「一つ、申し上げたいことがありました。」
 准后の地位を持つ女が、使者を遣るのではなく、態々本人が来る。聞かれたくないのだろう。気が付けば、其処に居た侍女は姿を消した。
「申し訳御座いません。大長公主様。」
「良いわ、それより、話しとは、何かしら。」
「父のことで御座います。」

「父は、貴女方が宴を欠席なさったことについて、疑っております。」
「疑って?」
「えぇ。何方か片方ならまだしも、お二人揃って、ですから。どんな関係なのだろうと、疑いたくもなるのでしょうね。」
 二人、無理ならば、何方かでも、戻って来て欲しい。
「畏れ多くも、申し上げます。」
 准后は、更に深く礼をする。
「我が父は、主上を廃位させたいのです。私の従妹が、東宮を産み参らせております。圓家の当主としては、都合が宜しいのです。あれは、己の欲望に、忠実ですもの。」
 気分を害してしまうのは、当たり前。首が飛んだって、構わない。
 分かった、と声がする。
 旲瑓が立ち上がり、准后に手を差し伸べた。立て、とのことだ。
「すぐに支度をさせる。」
 侍女を呼びつけると、己と、永寧の身支度を命じていた。
(マシよね……いらした方が……)

「主上、もう一つ、申し上げることをお赦しを。」
「分かった。」
 これは、父には関係ない。だが、これだけは言いたかった。
「榮皇后陛下が、御心を傷めてらっしゃいます。早く、お戻りになって欲しいと。」
 外に出る。
 湿っていて、何処か悲しい風に包まれる。
「貴方様がお拾いになった方です。ですから、彼女のことは、貴方様が、責任をお持ちになるべきだと、私は存じますよ……」
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