恋情を乞う

乙人

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圓家 弐

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「あの女は、何がしたいのだ。」

 宴。それに欠席した永寧は、季節の変わり目に、体調がよろしくなかった様だ。実際、彼女の離宮には医官が一人呼ばれていた。
 そう言えば、この離宮もおかしな噂を聞く。
 一月か程前、この宮に仕えていた者のほぼ全てが鏖にされている。その後、丁重に埋葬されている様だが、それを誰にも知られていないのも、変な話だ。
(そもそも、屋敷に務める者全てを殺す………なんてな。はは。)
 関係者を殺す。それは、『何か後ろめたいものがあり、それを知っている者達を、暴露されないために殺す』が正解だろう。
 死んだ彼の皇太后もやっていたことだし、歴史上、探せば何人も出てくる。決して、珍しいことではない。

 何も、知らないままでいたい。
 願っても、それは永遠に叶ってくれることはない。
 無知は愚かとされるが、この残酷な世界では、時にそれは人を助くる。

「后。」
 宴が終わりかけた所。華やかなことがあまり好きではない准后が帰ろうとしたのを、父が止めた。
「何でしょう。」
 相変わらず、無愛想な娘だ。にこりともしない。赤子の時分以来、笑った顔なんて、見たことがないのではないか。
「主上と大長公主がいない。どうかしたのか。」
「さぁ。私には分かりません。」
 知っているが、それを知らせてしまったら、どうなるのだろう。現在、圓家から東宮を出している。帝が愚鈍だとなれば、すぐにでも廃位させようとするだろう。残念ながらそれだけの権力はあったりする。
「本当に、そう言うのか。」
「諄いですよ。本当のことです。」
「末、大長公主の宮で、仕えていた者共が、鏖にされた。それでも、何も無いと言えるのか。」
 これ以上居て、口を滑らしてしまったら、困る。そう思い、話もそこそこに、准后は背を向けた。
 父はひどく低い声で呼んだ。
ヨウ。」

 驚いた。まさか、父が己の諱を覚えているだなんて。
 諱―名は、親又は主人しか呼んではならない。その為、それ以外の者は、あざなで呼ぶのだ。
エン ヨウ 寳闐ホウテン
 正式に名乗るなら、こうなる。
 字は成人した際、女の場合は、結婚した際から名乗る。
 字の寳闐、は母が付けた。遥は、父がつけた。字を幼少時に付けたのは、母は、自分が命永らえることが出来ないと悟ったためだ。
『答えろ。』
 父は問い詰める。
『大長公主……シュウは、何処に居る。』
 龝は永寧大長公主の諱だ。大長公主に恨みがあったのだっただろうか。この男は、この方を廃したいらしい。臣下が卑しくとも東宮であらせられた公主を諱で呼ぶなんて、不敬も甚だしい。
 そして、同時に、准后を、諱で呼んだ。呼ばれたことは、今までなかったのに。
 考えられることは、一つ。
 寳闐が圓家の一員であることを再認識させ、手駒にさせたいのだ。
「莫迦だなぁ………」
 今更、どうしようと思うのだろう。あの、身の程知らずのうつけは。
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