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始まり:白く、毛むくじゃらで
視点:アリス
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「どうしましたの、サシャ!……あれ?」
「お嬢様、助けて!!」
何かが爆発した音が聞こえましたから、急いで音がした方向、サシャの部屋へ術式で飛びますと、倒れていました彼は背中に、可愛らしいけれども見たことない生き物を乗せ、大泣きされてました。辺りを見渡しますと、本棚やら机やら布団やら枕やらで散らかっていて、どうやら争いが起きたようです。──いいえ、彼のことですから一方的に攻撃なさったのかもしれません。
「早く取ってください!お願いします、お嬢様!」
妾は溜め息をつき、サシャの背中にしがみついています可愛い毛玉を、ひょいと抱えました。彼は安心されたようで、ゆっくりと起き上がられました。
「……何処から来まして?この子は」
「分かりません。煙がたちのぼって逃げようとしたらこいつがいて」
「よく気づかれましたわね」
「虫の知らせと言いますか、それが働いたようです」
……ポンコツ虫ですわね。
「……ところでよく触れますよね?」
「いかにも人畜無害な愛くるしい生き物だからですわ」
どこが、と言いたげな驚いた顔を、彼はされました。
「赤く光るその目は?」
「つぶらな瞳で貴方を見つめていますわ」
「両手両足についてる鉤爪は?」
「にくきゅうでぷにぷにですわ」
「鞭みたいに攻撃出来そうなトゲトゲの尻尾は?」
「綿毛花みたくふわふわですわ。まんまるで短くてよ」
サシャは大げさに、その場でへたり込んでしまわれました。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………もしかして、ぼく」
「ええ」
「また何か、やっちゃいました?」
「何度目なのかもう数えておりませんわ」
彼はまたさめざめと泣かれてしまいました。目を隠すほどある前髪から涙が出てくるみたいで、まるで雨雲のようでした。
「……それにしても、その『呪い』はどうなされたら消えまして?」
「…………僕にも、分かりません」
サシャは昔から、生き物全てが危害を加える生物に見えてしまわれるのでした。
妾は幼い頃、何故そう見えてしまうのか、彼に一度、聞いたことがあります。そうしましたら、
「ぼくはすごい力を『神さま』からもらったせいで、だれかに呪いをかけられたんだ。そうだ、ぜったいそうだ」
と仰ていました(嘆いているようにみせかけて自慢してらっしゃったのが今でもとても腹が立ちますわ)。
その『呪い』のせいで、 妾たちの馬車にも、通りすがりの犬にも、果てには木が風で揺れただけでも攻撃魔法を使ってしまわれるのです。……サシャは罪悪感のためか、引きこもりがちになってしまわれました。
さて、今の気持ちを整理いたしましょう。
本当は、抱きしめるだけでモフモフしていて、とても癒やされるこの子を飼って、お世話したい気持ちが強いのです。けれども、『呪い』をかけられた彼のことを慮りますと、どうしてもこの子を飼うことはできません。──今、この相反するものが、妾の胸中に滞っているのです。この感情は、一体いかが致せばよろしいのでしょうか。
「失礼いたします」
戸を叩く音と共に、はっきりとした声を妾たちに投げかけたのは、妾の付き添い女中でした。
「どうぞ、お入りになって?」
「かしこまりました」
しずしずと戸を開けて、彼女はまたはっきりとした声で言いました。
「お夕餉の準備が整いました、アリスお嬢様、魔法使いのサシャ様」
サシャと妾は、お互いに見合わせました。彼のその目は、何か決意をされているようでした。
「お夕飯をいただきながら、ご主人様にお伺いしたいことがあるのです」
「──あら、奇遇ですわね。ちょうど妾もそう致したいところでしたの」
長い机の端を取り囲むように、妾たちは座ってお食事をいただいておりました。
右隣にはこのお家の主、お父様が、正面にはお母様と妹のフィーナが、そして左隣にサシャが座っております。お母様と妹は、楽しそうに談笑しながら、出された料理をお食べになっています。
一方サシャと妾は、いつお父様に話しかけるか、顔を見合わせながら待ち構えておりました。
「仲がたいへんよろしいわね、アリス、サシャ」
お母様が妾たちの異変に気づかれたらしく、そのようなことを仰いました。前を見ますと、ニヤついた顔でこちらを見てらっしゃいます(妹も同じ顔をしてますわね)。
「──お言葉ですがお母様、妾はサシャと一緒でお父様に話しかけようとしておりましてよ」
「そ、そうです、奥様。僕たちはご主人様に用がありまして」
お父様は、妾たちの方へ顔を向けられました。
「アリス、どうしたのかね?サシャも私に用があるということらしいけれど」
「「そう、実は」」
妾の声が、サシャの声と被りました。妾たちはお互いに譲り合います。
結局、妾が命令をする形で、サシャから先に言わせることになりました。
「……実は、飼いたい生き物がございます」
サシャの話を聞いて、妾は吃驚してしまいました。こういうことにはいつも、彼は消極的でいらっしゃったので。
「……ほう、君がそういうことを言うのは珍しいものだ」
ですが案の定、お父様も同じ意見を持たれていました。
「これ以上、ご主人様たちに迷惑をおかけしたくないのです。──それこそ、あなた様との契約を解消してここから出て行きたいぐらいに。ですがそうしたらまた、皆様が人畜無害だと認識されている生き物に攻撃魔法を仕掛けて、『元ミルフィエ家専属魔法使いが事件を起こした』と、ご主人様の顔に泥を塗るかもしれない。そういった行為は避けたいのです。だから」
サシャはここで気持ちを落ち着かせるように、息を整えられました。
「アリスお嬢様と見た、見知らぬ生物の正体を解明して、僕の功績をあなた様の誉れとさせていただきたいのです」
お父様は少しの沈黙のあと、口を開きました。
「……見知らぬ生物?アリスでさえも知らないというのかね」
「……え?ええ、そうなのですわ。」
「では夕食を済ませたら私に見せてくれないだろうか。アリス、サシャ」
サシャと妾は、また顔を見合わせ、頷きあってから出来るだけ早くお夕飯を済ませまし
「待て待て待て、急がなくていいから。ゆっくり食べなさい、二人とも」
「「……そうですか」」
「なんで二人とも悲しそうにするのかね?」
「お嬢様、助けて!!」
何かが爆発した音が聞こえましたから、急いで音がした方向、サシャの部屋へ術式で飛びますと、倒れていました彼は背中に、可愛らしいけれども見たことない生き物を乗せ、大泣きされてました。辺りを見渡しますと、本棚やら机やら布団やら枕やらで散らかっていて、どうやら争いが起きたようです。──いいえ、彼のことですから一方的に攻撃なさったのかもしれません。
「早く取ってください!お願いします、お嬢様!」
妾は溜め息をつき、サシャの背中にしがみついています可愛い毛玉を、ひょいと抱えました。彼は安心されたようで、ゆっくりと起き上がられました。
「……何処から来まして?この子は」
「分かりません。煙がたちのぼって逃げようとしたらこいつがいて」
「よく気づかれましたわね」
「虫の知らせと言いますか、それが働いたようです」
……ポンコツ虫ですわね。
「……ところでよく触れますよね?」
「いかにも人畜無害な愛くるしい生き物だからですわ」
どこが、と言いたげな驚いた顔を、彼はされました。
「赤く光るその目は?」
「つぶらな瞳で貴方を見つめていますわ」
「両手両足についてる鉤爪は?」
「にくきゅうでぷにぷにですわ」
「鞭みたいに攻撃出来そうなトゲトゲの尻尾は?」
「綿毛花みたくふわふわですわ。まんまるで短くてよ」
サシャは大げさに、その場でへたり込んでしまわれました。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「………………もしかして、ぼく」
「ええ」
「また何か、やっちゃいました?」
「何度目なのかもう数えておりませんわ」
彼はまたさめざめと泣かれてしまいました。目を隠すほどある前髪から涙が出てくるみたいで、まるで雨雲のようでした。
「……それにしても、その『呪い』はどうなされたら消えまして?」
「…………僕にも、分かりません」
サシャは昔から、生き物全てが危害を加える生物に見えてしまわれるのでした。
妾は幼い頃、何故そう見えてしまうのか、彼に一度、聞いたことがあります。そうしましたら、
「ぼくはすごい力を『神さま』からもらったせいで、だれかに呪いをかけられたんだ。そうだ、ぜったいそうだ」
と仰ていました(嘆いているようにみせかけて自慢してらっしゃったのが今でもとても腹が立ちますわ)。
その『呪い』のせいで、 妾たちの馬車にも、通りすがりの犬にも、果てには木が風で揺れただけでも攻撃魔法を使ってしまわれるのです。……サシャは罪悪感のためか、引きこもりがちになってしまわれました。
さて、今の気持ちを整理いたしましょう。
本当は、抱きしめるだけでモフモフしていて、とても癒やされるこの子を飼って、お世話したい気持ちが強いのです。けれども、『呪い』をかけられた彼のことを慮りますと、どうしてもこの子を飼うことはできません。──今、この相反するものが、妾の胸中に滞っているのです。この感情は、一体いかが致せばよろしいのでしょうか。
「失礼いたします」
戸を叩く音と共に、はっきりとした声を妾たちに投げかけたのは、妾の付き添い女中でした。
「どうぞ、お入りになって?」
「かしこまりました」
しずしずと戸を開けて、彼女はまたはっきりとした声で言いました。
「お夕餉の準備が整いました、アリスお嬢様、魔法使いのサシャ様」
サシャと妾は、お互いに見合わせました。彼のその目は、何か決意をされているようでした。
「お夕飯をいただきながら、ご主人様にお伺いしたいことがあるのです」
「──あら、奇遇ですわね。ちょうど妾もそう致したいところでしたの」
長い机の端を取り囲むように、妾たちは座ってお食事をいただいておりました。
右隣にはこのお家の主、お父様が、正面にはお母様と妹のフィーナが、そして左隣にサシャが座っております。お母様と妹は、楽しそうに談笑しながら、出された料理をお食べになっています。
一方サシャと妾は、いつお父様に話しかけるか、顔を見合わせながら待ち構えておりました。
「仲がたいへんよろしいわね、アリス、サシャ」
お母様が妾たちの異変に気づかれたらしく、そのようなことを仰いました。前を見ますと、ニヤついた顔でこちらを見てらっしゃいます(妹も同じ顔をしてますわね)。
「──お言葉ですがお母様、妾はサシャと一緒でお父様に話しかけようとしておりましてよ」
「そ、そうです、奥様。僕たちはご主人様に用がありまして」
お父様は、妾たちの方へ顔を向けられました。
「アリス、どうしたのかね?サシャも私に用があるということらしいけれど」
「「そう、実は」」
妾の声が、サシャの声と被りました。妾たちはお互いに譲り合います。
結局、妾が命令をする形で、サシャから先に言わせることになりました。
「……実は、飼いたい生き物がございます」
サシャの話を聞いて、妾は吃驚してしまいました。こういうことにはいつも、彼は消極的でいらっしゃったので。
「……ほう、君がそういうことを言うのは珍しいものだ」
ですが案の定、お父様も同じ意見を持たれていました。
「これ以上、ご主人様たちに迷惑をおかけしたくないのです。──それこそ、あなた様との契約を解消してここから出て行きたいぐらいに。ですがそうしたらまた、皆様が人畜無害だと認識されている生き物に攻撃魔法を仕掛けて、『元ミルフィエ家専属魔法使いが事件を起こした』と、ご主人様の顔に泥を塗るかもしれない。そういった行為は避けたいのです。だから」
サシャはここで気持ちを落ち着かせるように、息を整えられました。
「アリスお嬢様と見た、見知らぬ生物の正体を解明して、僕の功績をあなた様の誉れとさせていただきたいのです」
お父様は少しの沈黙のあと、口を開きました。
「……見知らぬ生物?アリスでさえも知らないというのかね」
「……え?ええ、そうなのですわ。」
「では夕食を済ませたら私に見せてくれないだろうか。アリス、サシャ」
サシャと妾は、また顔を見合わせ、頷きあってから出来るだけ早くお夕飯を済ませまし
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「「……そうですか」」
「なんで二人とも悲しそうにするのかね?」
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