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後編【ディーク視点】
①
魔王城の大広間では、魔界の主だった魔族の長や、魔貴族と呼ばれる高い魔力を有する者たちであふれ、真なる魔王誕生の祝宴が夜通し続いていた。酔えや歌えやの大騒ぎは、数日前に執り行われた新魔王誕生の式典から止むことなく続き、数十年ぶりの真魔王誕生に魔界全体が浮き足立っている。
魔界にとって、魔王となる者の覚醒は、とても重要な意味を持つ。絶対的王者のいない魔界は、操舵手のいない船と同じ。大波が襲えば、あっという間に転覆してしまう。魔王不在が長く続けば、天界の者どもが、人間を唆し、魔界への攻撃を開始するかわからない状況が長く続くと言うことでもあるのだ。
だからこそ、真魔王誕生は、魔族にとっては慶次と言っていいほど、重要な意味を持つ。そして、新魔王誕生の式典をもって、内外に真魔王誕生を知らしめ、下手な争いが起きぬよう抑止力とする。それが、魔王という存在だった。
「ディーク様、お疲れのところ申し訳ありません。入室してもよろしいでしょうか?」
魔王城の中心部に位置する魔王の居室。豪奢な椅子に腰掛け、血のように赤い葡萄酒を飲んでいた私に声がかかる。
「ハルト公爵か。入れ」
声と共に、現れた黒い靄が徐々に人型をとっていく。その様をぼんやりと眺めながら、口元に笑みが浮かぶ。三大魔公爵であろうとも、真なる魔王の前では赤子も同じ。幾重にもはられた結界を抜け、魔王の居室に転移するのは容易なことではない。本来であれば、入室を許可した時点で、結界を一部緩めるのが常だが、そうしなかったのは、ハルト公爵への意趣返しでもある。
色々と裏で暗躍していたようだからな。
前魔王から養父として任命されたハルト公爵は、ある意味、三大魔公爵の中で最も魔王に忠実なる臣下と言える。なかなか覚醒しない私に、焦りもあったのだろうが、ミレイユの命を危険に晒したことは、到底許せるものではない。あの覚醒の裏で、ハルト公爵が色々と画策していたことはわかっている。
まぁ、それは追々追求するとして、今は珍客を迎え入れようではないか。
ハルト公爵の気配と、もう一つ。魔界では滅多にお目にかかれない者の気配を感じ、笑みが深まる。姿を現したハルト公爵の後方、魔界には不似合いな眩い光を放つ存在。低級魔獣であれば、あの白く輝く光を見ただけで消滅してしまうだろう。それほどのオーラを放つ存在は、ハルト公爵の後ろで真っ白な翼をたたみ、膝をつき首を垂れている。
あれで、最下級の天使だというのだから、天界というものは興味深い。
「熾天使の遣いであるか」
私の問いに僅かに頷いた天使が、フッと手に息を吹きかけると、そこから七色に輝く魔法陣が浮かび上がり、天界蝶が金色に輝く鱗粉をふらし舞い飛ぶ。
「ほぉ、天界は魔界との停戦協定を望むか。お主の長に伝えよ。不文律の掟を守るのであれば、魔界は今後も天界に干渉はしない」
「御意」
私の言葉を受け、目の前で首を垂れていた天使の翼が開き羽ばたく。そして、次の瞬間には、七色に輝く魔法陣の中へと消えた。静けさを取り戻した私室の豪奢な椅子の上、未だに首を垂れるハルト公爵を見つめ、一口、葡萄酒を飲む。渋みと共に、喉を落ちていく焼け付くような痛みが、心地よく感じる。
「ディーク様、お戯を。伝令蝶を忍ばせましたね?」
「ははは、気づいていたか。さすが、ハルト公爵だな」
一瞬の隙をつき、天使の翼の中へと黒く輝く伝令蝶を忍ばせたことを見抜かれていたらしい。あの天使は全く気づいていなかったようだが、あやつの長、熾天使であれば見抜くであろう。魔界のモノを天界へと忍ばせる行為は、己の力の誇示を示す。あの伝令蝶が、高位の天使が住まう区域に侵入すればするほど、それを遣わせた者の力が強いことを示す。あれが、熾天使が住まう区域まで到達すれば、新魔王である己の力は、熾天使より上であることを示すことができる。まさしく、抑止力となる。
「我の治世で、無用な争いは起こしたくないからな。我は、ミレイユと永久の時を過ごせれば、それでよい」
「歴代の魔王様を凌ぐ、絶大な魔力をお持ちなのに、野心がないとは、参りましたな。私の育て方が悪かったのか、はたまた――――、今のディーク様であれば、天界をも支配できましょうに」
「くくく、ハルト公爵は好戦的であるな」
「魔族というものは、元来、好戦的な種族でありますよ。それだけの魔力をお持ちで、もったいないことだ」
数千年と続いた魔界と天界の覇権を争う戦争、ハルマゲドン。その渦中にいたハルト公爵にとって、天界に属するものは憎しみの対象でしかないのだろう。時の魔王が、停戦協定を結んだところで、心に植え付けられた憎しみは、そう簡単に消えるものではない。だからこそ、ハルト公爵は、天界を滅ぼすことが出来る魔王の誕生を数千年もの間、待ち望み、ようやく『ディーク』という天界を破滅させるだけの力を持つ魔王を誕生させることに成功したのだ。
私の魔王覚醒が、歴代の魔王に比べ極端に遅かったのは、ハルト公爵の禁忌魔法が関与していたからだ。
――――そして、ミレイユの存在。
『愛する者の死をもって、覚醒せしめ魔王の力。憎悪の感情が、莫大な魔力を生むだろう』
禁忌魔法の最後の一文に示されていた、この言葉がミレイユに起きた全ての事件の真相を示していた。しかし、ハルト公爵の唯一の誤算は、ミレイユへ愛情を持ってしまったことだ。
娘のように感じていたミレイユを殺す選択だけは出来なかった。ミレイユがあの事件で、死んでいれば、間違いなくハルト公爵の願いは叶っていた。ミレイユを失った悲しみと憎悪で暴走した私は、ハルト公爵が望む無慈悲な魔王へと覚醒を果たしたことだろう。
魔界にとって、魔王となる者の覚醒は、とても重要な意味を持つ。絶対的王者のいない魔界は、操舵手のいない船と同じ。大波が襲えば、あっという間に転覆してしまう。魔王不在が長く続けば、天界の者どもが、人間を唆し、魔界への攻撃を開始するかわからない状況が長く続くと言うことでもあるのだ。
だからこそ、真魔王誕生は、魔族にとっては慶次と言っていいほど、重要な意味を持つ。そして、新魔王誕生の式典をもって、内外に真魔王誕生を知らしめ、下手な争いが起きぬよう抑止力とする。それが、魔王という存在だった。
「ディーク様、お疲れのところ申し訳ありません。入室してもよろしいでしょうか?」
魔王城の中心部に位置する魔王の居室。豪奢な椅子に腰掛け、血のように赤い葡萄酒を飲んでいた私に声がかかる。
「ハルト公爵か。入れ」
声と共に、現れた黒い靄が徐々に人型をとっていく。その様をぼんやりと眺めながら、口元に笑みが浮かぶ。三大魔公爵であろうとも、真なる魔王の前では赤子も同じ。幾重にもはられた結界を抜け、魔王の居室に転移するのは容易なことではない。本来であれば、入室を許可した時点で、結界を一部緩めるのが常だが、そうしなかったのは、ハルト公爵への意趣返しでもある。
色々と裏で暗躍していたようだからな。
前魔王から養父として任命されたハルト公爵は、ある意味、三大魔公爵の中で最も魔王に忠実なる臣下と言える。なかなか覚醒しない私に、焦りもあったのだろうが、ミレイユの命を危険に晒したことは、到底許せるものではない。あの覚醒の裏で、ハルト公爵が色々と画策していたことはわかっている。
まぁ、それは追々追求するとして、今は珍客を迎え入れようではないか。
ハルト公爵の気配と、もう一つ。魔界では滅多にお目にかかれない者の気配を感じ、笑みが深まる。姿を現したハルト公爵の後方、魔界には不似合いな眩い光を放つ存在。低級魔獣であれば、あの白く輝く光を見ただけで消滅してしまうだろう。それほどのオーラを放つ存在は、ハルト公爵の後ろで真っ白な翼をたたみ、膝をつき首を垂れている。
あれで、最下級の天使だというのだから、天界というものは興味深い。
「熾天使の遣いであるか」
私の問いに僅かに頷いた天使が、フッと手に息を吹きかけると、そこから七色に輝く魔法陣が浮かび上がり、天界蝶が金色に輝く鱗粉をふらし舞い飛ぶ。
「ほぉ、天界は魔界との停戦協定を望むか。お主の長に伝えよ。不文律の掟を守るのであれば、魔界は今後も天界に干渉はしない」
「御意」
私の言葉を受け、目の前で首を垂れていた天使の翼が開き羽ばたく。そして、次の瞬間には、七色に輝く魔法陣の中へと消えた。静けさを取り戻した私室の豪奢な椅子の上、未だに首を垂れるハルト公爵を見つめ、一口、葡萄酒を飲む。渋みと共に、喉を落ちていく焼け付くような痛みが、心地よく感じる。
「ディーク様、お戯を。伝令蝶を忍ばせましたね?」
「ははは、気づいていたか。さすが、ハルト公爵だな」
一瞬の隙をつき、天使の翼の中へと黒く輝く伝令蝶を忍ばせたことを見抜かれていたらしい。あの天使は全く気づいていなかったようだが、あやつの長、熾天使であれば見抜くであろう。魔界のモノを天界へと忍ばせる行為は、己の力の誇示を示す。あの伝令蝶が、高位の天使が住まう区域に侵入すればするほど、それを遣わせた者の力が強いことを示す。あれが、熾天使が住まう区域まで到達すれば、新魔王である己の力は、熾天使より上であることを示すことができる。まさしく、抑止力となる。
「我の治世で、無用な争いは起こしたくないからな。我は、ミレイユと永久の時を過ごせれば、それでよい」
「歴代の魔王様を凌ぐ、絶大な魔力をお持ちなのに、野心がないとは、参りましたな。私の育て方が悪かったのか、はたまた――――、今のディーク様であれば、天界をも支配できましょうに」
「くくく、ハルト公爵は好戦的であるな」
「魔族というものは、元来、好戦的な種族でありますよ。それだけの魔力をお持ちで、もったいないことだ」
数千年と続いた魔界と天界の覇権を争う戦争、ハルマゲドン。その渦中にいたハルト公爵にとって、天界に属するものは憎しみの対象でしかないのだろう。時の魔王が、停戦協定を結んだところで、心に植え付けられた憎しみは、そう簡単に消えるものではない。だからこそ、ハルト公爵は、天界を滅ぼすことが出来る魔王の誕生を数千年もの間、待ち望み、ようやく『ディーク』という天界を破滅させるだけの力を持つ魔王を誕生させることに成功したのだ。
私の魔王覚醒が、歴代の魔王に比べ極端に遅かったのは、ハルト公爵の禁忌魔法が関与していたからだ。
――――そして、ミレイユの存在。
『愛する者の死をもって、覚醒せしめ魔王の力。憎悪の感情が、莫大な魔力を生むだろう』
禁忌魔法の最後の一文に示されていた、この言葉がミレイユに起きた全ての事件の真相を示していた。しかし、ハルト公爵の唯一の誤算は、ミレイユへ愛情を持ってしまったことだ。
娘のように感じていたミレイユを殺す選択だけは出来なかった。ミレイユがあの事件で、死んでいれば、間違いなくハルト公爵の願いは叶っていた。ミレイユを失った悲しみと憎悪で暴走した私は、ハルト公爵が望む無慈悲な魔王へと覚醒を果たしたことだろう。
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