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第1章
青髪あらわる
しおりを挟む師匠をゲットしてから五年、アイシャの剣の腕前はというと、まぁそこそこ見られるようにはなってきていた。
剣を習い出した目的が、騎士団本丸の熱い肉弾戦を間近で見たいという、かなり不純な動機だったわりには成長していると思う。それに師匠こと、ルイス・マクレーン様の笑顔を見られると思えばがんばれるってものだ。
課題をクリアした時の、あたま撫で撫で攻撃に、嬉しそうに笑う、屈託のない笑顔。
(キュン死にするぅぅぅぅ♡)
まぁ~、ルイスには愛する奥さまがいて、誰が見ても糖度100%の甘々カップルな二人の姿を、練習開始初日に目撃したアイシャの恋心は呆気なく散ったのだが。
(でも、いいのよ。好みのタイプは好みのタイプ。今でも、毎週キュン死にさせてもらってます!)
今日もウキウキ気分で王城の門扉に着いたアイシャは、例の侍従とアイコンタクトを取り、顔パスでエントランスを抜け、練習場へとやって来た。簡素なワンピースで王城内を闊歩するアイシャは、不審者そのものだったが、そんなアイシャを止める者はいない。五年間で築いた使用人の皆さまとの信頼関係は、すこぶる良好だった。
練習場に着いたアイシャは、練習着に着替えるため、その足で簡易脱衣所へと向かう。
始め師匠は、掘立て小屋のような建物内で女性が着替える事に難色を示し、少し離れた宿舎の女性脱衣所を勧められたが早々にお断りした。
だって面倒くさい。
着替えるのは、他の子供達が練習している間だ。掘立て小屋には誰も入ってこない。しかも、十二歳の女児の身体を見たところで、欲情なんてしない。
(まぁ~、三十路過ぎのおばさんの身体でも、誰も興味ないでしょうしね)
残念なことに、アイシャの自己評価はこの上なく低かった。
はたから見れば、アイシャの持つ蜂蜜色の髪も、コバルトブルーのつり目がちな大きな瞳も、キラキラと輝き、どこぞの仔猫のように愛らしい。そして、ぷっくりとした唇はピンク色で、少女なのに妙に艶かしい。
まるで、地上に舞い降りた小悪魔のような容姿は、見る者が見ればヨダレが出そうなほど魅力的に写る。
騎士団の練習に参加している男子の中にも、密かに恋心を寄せている者は大勢いた。思春期男子にとって毎週会えるアイシャの存在は最早アイドルと化していたのだ。
練習場に現れたアイシャの存在をいち早く察知した者達の剣が乱れる。そんな様子に、ため息をつくルイスの怒号が響き渡るのもお決まりのルーティンだった。
『アイシャ、頼むから宿舎で着替えてくれ』
健全な青少年の性を、これ以上刺激しないで欲しいと願うルイスの声がアイシャに届く事はなかった。
♢
『ガチャ』
掘立て小屋へと入ったアイシャは、簡易脱衣所の扉を開け、いつも通り一番奥に設えられた個室へと向かい扉を開け、驚いた。
(うそっ!! 誰かいる!!!!)
ドアノブを握り固まるアイシャの目に、綺麗に筋肉のついた裸体(背中)が飛び込んでくる。
「なっ! お前、誰だよ!!」
アイシャが扉を開けた音に気づいたのか、背を向けていた男子が振り返った。
(――――はぅっ、見事なシックスパック♡)
アイシャは、目の前に鎮座する芸術的な腹筋に釘づけで、声をかけられたことに気づいていなかった。
「……ふぇ!? あっ…………」
目の前の彼と目が合う。
(あっ、青髪の美少年!)
「しっ、失礼しました!!」
アイシャは開けた扉をおもいっきり閉めると、脱兎の如く逃げ出した。
(あぁ、美少年の生着替えシーンを覗いてしまうなんて………、破廉恥な♡)
練習場を全速力で駆け出したアイシャに、練習中の男子の視線が集まるが無視だ。今は、一刻も早く、この場を立ち去ることが先決だ。
(あんな尊いもの……、マジ、鼻血ふくぅぅぅ)
青髪の美少年の裸体(上半身)がクルクルと頭の中を回り、本気で鼻血を噴きそうになったアイシャは、その日初めて宿舎の女性脱衣所に駆け込んだのだった。
♢
「師匠、遅くなり申し訳ありませんでした!」
何とか頭の中の煩悩を打ち払い、急ぎ練習着に着替え女性脱衣所を飛び出したアイシャは、少年達の練習が終わり、手持ち無沙汰でアイシャを待っていた師匠の元へと駆け寄る。
(あぁぁ、青髪の彼がいるよぉ)
先ほどの光景が脳裏をチラついて、まともに青髪少年の顔が見られない。
(き、気まずい……)
「アイシャ! 今日は君に紹介したい人がいる」
師匠の斜め後ろに立っていた青髪少年が、アイシャへと鋭い視線を投げつけ一歩近づく。
(睨んでるぅ、睨んでるよぉぉ。さっきのこと、怒ってるのかなぁ?)
「コイツはナイトレイ侯爵家のキースだ。因みに俺の年の離れた弟だ。君の練習相手に丁度良いと思ってな」
「えっ!? 師匠の弟君でいらっしゃいますか。でも師匠はマクレーン伯爵家では? 今、ナイトレイ侯爵家って言いませんでしたか?」
「あぁ、俺はマクレーン伯爵家に婿入りしたからな。まぁ~そんな事は、どうでもいい。アイシャも、だいぶ基礎が出来てきたから、そろそろ実践をとな。コイツの腕は騎士団でも通用する。良い勉強になるだろう」
「そうでしたのぉ。あ、あの……、わたくしリンベル伯爵家のアイシャと申します。練習にお付き合い頂き、ありがとうございます」
「………」
(ガン無視かよ)
苦笑をもらす師匠が二人を執りなすが、青髪美少年は、目すら合わせようとしない。
「――――仕方ない。二人とも構えて。では、はじめ!!」
一瞬だった。
気づいた時には、数メートル吹っ飛ばされ、地面へ背中から叩きつけられていた。ゆっくりと近づいて来た青髪に真上から睨みつけられ、殺気を帯びた視線にさらされアイシャの息が止まる。
「遊びで剣を握るならさっさと辞めろ。兄上に迷惑だとわからないのか。お前の存在自体が目障りなんだよ!!」
憎悪のこもった目で吐き捨てられた言葉が、アイシャの胸に突き刺さる。
背を向け立ち去る青髪に代わり、倒れたアイシャを師匠が優しく抱き起こす。
「大丈夫か?」
「師匠、今日の練習はこれにて失礼致します」
アイシャは、涙を堪え、それだけ言うと師匠の許可も得ず駆け出した。
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