【R18】どうぞ運命の番さまとお幸せに〜二度目の人生はしたたかに

湊未来

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第三章

驕りがもたらす結末

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 闇夜に浮かぶ荘厳な白大理石の教会を目にシンシアの喉がゴクリと鳴る。
 訪れる度にシンシアへと強烈な威圧感を与える正門も何故か今夜は違って見える。
 
 それは、エリシエル神の加護が自分にあると確信出来たからだろうか。

 恐怖の対象でしかなかったエリシエルの石像を好意的に受け止めている自分がいる。
 ――だが、油断は出来ない。このエクレシア中央教会の中にいる者たちは、皆、敵なのだ。

「シモン神官さま、もう一度段取りを確認してもよろしいですか?」
「……はい」

 生垣に身を潜めたシンシアの隣にいる黒いローブを纏った男こそ、今回の計画の指揮を取るシモン上級神官。町外れにある小さな教会でマーサに引き合わされた告解室の神官だ。

「私の役割は、聖騎士の懐柔でよろしいのですよね?」
「はい、一番のネックは聖騎士の存在です。聖騎士さえ、こちらの味方につけば、勝ちも同然ですから」
「そのために、聖騎士を従わせる力――エリシエル神のオメガフェロモンが、必要ということですね」

 聖騎士とは、エリシエル神と契約を結びし者をいう。洗礼の際に誓いの杯を与えられている。そのため、エリシエル神の力には逆らえないのだそうだ。

 聖女に捕まったあの時。
 オメガフェロモンを発したシンシアへと聖騎士が跪いたのは、エリシエル神の力だったのだ。

「聖騎士は、中央教会の中枢の警備を担っています。そこに、エリシエル神の聖域へと続く地下階段があります。昼夜問わず、数名の騎士が地下へと続く扉を守っていると、内偵者から報告を受けています」
「その扉を守る聖騎士を従え、そのまま地下の聖域へと進む。そして、涙石の力を使い、封印の石版を元に戻せばよいのですね?」
「はい。石版さえ元に戻ればこちらの勝利です。妨害はあると思いますが、ここはエクレシア中央教会です。エリシエル神の聖力が満ちる場所で、加護を受けたシンシア様が負けるはずありません!」

 自信に満ちた表情で力説するシモン神官。
 彼の言葉を聞いても、不安が拭いきれないのはなぜなのだろうか。
 漠然とした不安が心に巣喰い、足がすくむ。
 
 シモン神官の言葉が正しければ、エリシエル神の聖力が満ちる教会内部で、シンシアは最強だろう。
 ――でも、本当にシンシアが最強なのだろうか?

 何かを忘れているような気がする……
 得体の知れない不安に駆られ、心の中に迷いが生まれる。
 
 相手は神なのだ。
 たかが、加護を受けただけの人間が、勝てるとは思えない。
 
 シモン神官の言葉が真実かもわからない。
 安易に協力してしまったのは、浅はかな考えだったのではないか。
 考えれば考えるほど、今回の計画に無理があるように思えてくる。

 心の中の迷いを見透かすように、シモン神官の言葉がシンシアを唆す。

「シンシア様、時間がないのです。赤い満月が昇れば、ダーラ神の力は最高潮に達する。ラヴェリエ公爵の身体を乗っ取り、ダーラ神が顕現してしまうのです。我々は滅ぶしかありません。悪神に貴方さまの大切な番を奪われても良いのですか!?」
「いやよ……そんなの、いや!!」
「なら、行きましょう。赤い満月が昇る前に、貴方さまの愛する者を取り戻すのです」

 ダレンを取り戻すには、行くしかないのだ。
 どんな困難が待ち受けていようとも……
 ダレンを見捨てる選択だけはない。

 覚悟を決めたシンシアは、促されて中央教会の裏口へと歩みを進める。裏口には、内偵者が二人を招き入れるべく鍵を開けて待っていた。

 心臓が歩みを進めるごとに、音を上げて疾駆していく。極度の緊張の中、シンシアは気づいていなかった。シモン神官の口走った言葉が、回帰した者のみ知る"代償"についての事柄だったことに。

 真っ暗な回廊に、静まり返った中庭。シモン神官の後に続き先を急ぐ。
 人の気配がない教会内部は、シンシアの目には不気味に映る。

 まるで、廃墟のよう……

 誰とも出くわさない状況は、侵入している身としてはありがたい。だが、不安に襲われるのはなぜだろう。

 背を震わす不安感に、足がすくむ。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 シンシアは足を叱咤し、襲いくる恐怖に目を背け、前だけを見つめ歩き続ける。

 どれほどの距離を歩いただろうか。
 唐突にシモン神官の足が止まる。そして、シンシアを背後に隠しながら、柱の影に身を潜めた。

「シンシアさま、あちらです」

 シモン神官の肩越しに奥を覗けば、聖騎士が守る真っ白な扉が見えた。

「あの奥に、聖域へと続く階段があるのですね」
「はい。しかし、聖騎士の姿が二人とは珍しい。しかも、ここまで誰にも会わずに来られた。これはエリシエル神の加護のお陰かもしれませんね」

 シモン神官は、中央教会内部を熟知している。彼が言うのだから、本当に私たちは運が良いのかもしれない。妨害にも遭わず、すんなりと聖域一歩手前まで来ている。
 これもエリシエル神の加護の成せる技なのだろう。

 シンシアは、心に棲みついていた不安が消えていることに気づいた。
 ――今なら、何だって出来るような気がするわ。

「シモン神官さま、今が最大のチャンスかもしれません」
「えぇ、時間が経てば経つほど、こちらには不利になりましょう。では、参りましょうか」

 二手に分かれ、壁伝いに扉へと進む。聖騎士が、こちらに気づいた様子はない。
 闇色に染まる回廊。真っ黒なローブが、シンシアの姿を消してくれる。
 扉に一番近い柱の影に隠れたシンシアは、シモン神官の動きを待った。

 緊張の中、じりじりと時間だけが過ぎていく。
 そして――その時は、唐突に訪れた。

 柱の影からシモン神官が飛び出す。突然現れた侵入者に、聖騎士は即座に反応した。だが、シンシアの動きには気づいていなかった。

 シンシアは柱の影から飛び出し、聖騎士の背後に立つ。そして、涙石を握り願った。

 エリシエル神。――お願いです。私に力をお貸しください。

 放たれたオメガフェロモンが辺りに満ち、聖騎士の動きを封じる。
 だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には、圧倒的不利な状況へと追い込まれていた。

 シモン神官の腕を後ろ手に捕らえた聖騎士が、残忍な笑みを浮かべる。

「これは、これは。ノクスフェル子爵令嬢ではありませんか。自ら敵の懐に飛び込んでくるとは、勇気のあることで」

 聖騎士の鎧を身にまとった上からでもわかる体躯の大きさと威圧感。頭の中で警鐘が鳴る。

 シンシアは、目の前の聖騎士を知っていた。
 バース鑑定儀式――あの時、シンシアへと剣を向けた聖騎士団長だった。
 
 重職に就く者が、こんな夜中に警らなどするものなのか?
 シンシアの頭の中に妙な違和感が生まれる。しかし、シモン神官の叫びに疑問も彼方へと消えた。

「シンシアさま、お逃げください!! 貴方さまが捕まれば我々はおしまいです!」

 退路を探し背後を振り返ったシンシアは、ずらりと並ぶ聖騎士に言葉を失った。
 込み上げる恐怖に足が震え動けない。
 そんなシンシアを嘲笑うかのように、背後から響いた声に絶望した。

「ノクスフェル子爵令嬢、チェックメイトですね」

 うすら笑いを浮かべた聖騎士団長に囚われ、連れて行かれたのは地下牢だった。


✳︎


 ジメジメとした石畳の床。寝床と思しき藁が敷かれた粗悪な環境。そして、鉄格子――息苦しくなる。

 結局、二度目の人生も私は負けたのだ。あの善人の皮を被った悪党に。

 ぼんやりと浮かぶロウソクの灯火を見つめ、シンシアは重いため息を吐き出した。

 どこで私は選択を間違えたのか。
 ダレンの所在もわからない。
 シモン神官の安否もわからない。
 結局、私は……誰も助けられなかった。

 エリシエル神の加護を受けた聖女と言われ驕っていた。
 だから、涙石は私を助けてくれなかった。
 もっと慎重に動いていたら……
 違う未来が、あったのかもしれない。

「わたしは、どうなるのかしらね……」

 今は生かされていても、用済みになれば殺されるのだろう。
 ダレンの努力も、二度目のチャンスも、己の浅はかな行動で無駄にしてしまった。
 
 無知が一度目の人生を殺した。そして、驕りが二度目の人生を殺す。
 知識を得て、知恵を得ても――わたしは、何も成し得ていない。何も……

「このままでいいの? 利用されて、ただ死を待つだけの存在でいいの……」

 真っ暗な牢獄の中、絶望に落ち、死を受け入れた自分の姿が脳裏によみがえる。

 あの時と同じように死んでいくの?
 シンシア、あきらめるの?
 あきらめていいの?

 心の声が叫ぶ。――あなたには、まだ希望が残っていると。

「……そうよ。このまま死ぬなんてごめんよ。回帰前とは違う。私には信じられる人がいるじゃない。ダレン、あなたがいるわ!」
「ふふふ……本当に、そうかしらね?」

 暗闇に響いた声に、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 いつか来ると思っていた。
 それが、鉄格子越しだなんて想像すらしていなかったけど……
 
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