6 / 7
6 悪者
しおりを挟む
悪者退治がパパの予想より早く終わると、暇な時間が私には残る。
私の部屋にある暇潰しの道具は、お人形と本が二冊だけ。
あっ!
お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。パパにまた頼まないといけない。
私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。
「…………」
本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。
海。見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。
「海……見たいな」
パパは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。
これって、体の病気かな?
今度パパに言って、お医者さんに診てもらわないと。
「……………」
天井には、黒いスピーカーとこの部屋の空気を浄化する装置が設置されている。
部屋の前方には、扉がーー
本気を出せば、あの扉ぐらい破壊出来そう。そうしたら、外の世界を見れる。
ダメダメッ!
パパを困らせちゃダメ。それに外は、危ないし。
もう………考えるのはよそう。私は、今のままでも十分幸せなんだから。
ビーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーッ!!
今まで聞いたことのない音が、白い部屋に響いた。
なんだろう………。
「パパ? 何、この音」
返事がない。スピーカーからは、遠くで誰かが怒鳴っている声。あと、足音が聞こえる。
しばらくして、パパの声がした。
「部屋から出なさい」
「えっ!?」
「早く出て、あの悪者を殺すんだ」
「でも……パパ。部屋の外は危険だから、前にダメだって」
「いいから早く出ろ! そして、殺せ。それが、お前なんだから」
パパ……。すごく怒っている。
私は、産まれて初めて外の世界を裸足で歩いた。
ペタペタ………
ペタペタ…………
想像じゃない。これが、リアルな世界。
すごく興奮していた。地面から、足が少し浮いているようなフワフワした感覚。頭が痺れ、全身が震えた。
見たことのない、変わった機械がそこにも……あそこにも。
暗い廊下をドキドキしながら進むと、何度も走っている人にぶつかった。
「あっ………ごめんなさい」
すっごく睨まれた。みんな大変そう。
きっと、パパが言っていた悪者退治で忙しいんだね。
「これが、外の世界…………」
少しホコリっぽいけど、面白い。
皆の邪魔をしたら悪いから、私はなるべく壁のそばを静かに歩いた。
薄い壁から誰かの悲鳴が聞こえた。一人や二人じゃない。もっとたくさん。
「…………………臭い」
もう何も聞こえない。だけど、今は私が嫌いなアノ臭いがする。
狭い通路の角を曲がると、綺麗な女の人が立っていた。その人の両手からは、血がタラタラと流れている。この人の血じゃない。良く見ると赤い床には、首や手足がない人が何人も転がっていた。
「私を殺しに来たの?」
パパが言っていた悪者は、きっとこの人。
「はい……」
「可愛い殺し屋ね。ちなみにアナタは、いつからこの施設にいるの?」
「…………産まれた時から」
「ふ~ん。私は、5歳からだよ。もう15年以上、ここにいる。じゃあ、アナタも【最終段階】まで進んでいるわね……。今まで、この地獄から逃げたいと思わなかったの?」
地獄………。
「地獄は、外の世界でしょ? 危険がいっぱい」
「それは、違うよ。外は、素晴らしい世界だよ。毎日毎日、罪のない少女を生体実験してる。こんな場所こそ、地獄じゃない?」
「違うっ!!」
シュッッ!!
私は、目の前の女の胸に腕を突き刺した。
後ろから、パパの声がする。早く殺せと怒鳴っている。女に腕を掴まれ、少しも抜くことが出来ない。今までの悪者とは全然違う。獣みたいに醜くならないし。
「アンデッド……。あなたは、こんな場所にいたらダメだよ」
頭をゆっくり、撫でられた。
私に触れた人間は、あなたが初めて。
「………悪者のくせに」
どうして。
どうしてーーーーーー
こんなにあなたは、優しいの?
女は、私の頭を撫でながら静かに死んだ。微笑んだまま。こんなに綺麗な死に顔は、今まで見たことがない。
「良くやったっ!!偉いぞ。 ご褒美に、お前の大好きなケーキをあげよう。大きい苺をたくさん乗せて。だから、ほら。パパと一緒に部屋に戻るよ」
「…………………」
本の中の女の子。今なら彼女が海を見つめ、何を言おうとしていたのか分かる。
「生きたいの。だから私は、外に行く」
「なに? はぁ………。お前もか………。どいつもこいつも不良品ばかりだ」
ごめんね、パパ。私ね、もうあの部屋には戻らない。
だから、邪魔しないで。
お願いします。
白くて大きな施設を出た。初めて、土の上を裸足で歩く。チクチクした。
甘い花の香り……。虫の声………。眩しい太陽。手が届かない青空。
私を待っていたかのように、外の世界はこんな私を受け入れてくれた。まだ鼻の奥に残っているパパやその他の血の臭い。私は深呼吸して、過去と一緒にそれらを全て吐き出した。
「………………」
あの女の人にも見せてあげたかった。この景色を。
私が殺してしまったから、もう叶わない。
「ごめんなさい」
道の真ん中に黒い車が停まっていて、白髪の男が私を手招きしている。
「お嬢ちゃん。君が、あの有名な生物兵器かい? 世界を滅ぼす悪魔の子」
「アナタは、悪い人?」
「そうだよ。僕はね、君みたいな兵器を戦争の道具として利用するために来たんだ。潜在的な戦闘力に加えて、触れた者をゾンビ化する呪われたその体。敵国の脅威になるのは間違いない!」
パパ………私ね。今、やっと分かったよ。
「ようこそ地獄へ」
私が一番の悪者なんだってーーーーー
私の部屋にある暇潰しの道具は、お人形と本が二冊だけ。
あっ!
お菓子の残りが少ないから、大事に食べなきゃ……。パパにまた頼まないといけない。
私は、チョコ味の飴を舐めながら、何度も読んだ本をまた最初から読み始めた。主人公の女の子が、無人島で暮らす話。でも、なぜか最後の数枚が破られていた。だから女の子が海を見つめ、何かを言おうとしている場面で話は終わっていた。
「…………」
本を閉じ、私は真っ白な床に寝転がった。手足をバタバタ動かす。海で泳ぐフリ。
海。見たことない。きっと、私の想像を越えたもの。
「海……見たいな」
パパは、この部屋から出ることを絶対に許さない。だから私は、死ぬまでこの部屋にいるしかない。その事を考えると胸が痛くなった。たまに目から涙も出る。
これって、体の病気かな?
今度パパに言って、お医者さんに診てもらわないと。
「……………」
天井には、黒いスピーカーとこの部屋の空気を浄化する装置が設置されている。
部屋の前方には、扉がーー
本気を出せば、あの扉ぐらい破壊出来そう。そうしたら、外の世界を見れる。
ダメダメッ!
パパを困らせちゃダメ。それに外は、危ないし。
もう………考えるのはよそう。私は、今のままでも十分幸せなんだから。
ビーーーーーーーッ!!
ビーーーーーーッ!!
今まで聞いたことのない音が、白い部屋に響いた。
なんだろう………。
「パパ? 何、この音」
返事がない。スピーカーからは、遠くで誰かが怒鳴っている声。あと、足音が聞こえる。
しばらくして、パパの声がした。
「部屋から出なさい」
「えっ!?」
「早く出て、あの悪者を殺すんだ」
「でも……パパ。部屋の外は危険だから、前にダメだって」
「いいから早く出ろ! そして、殺せ。それが、お前なんだから」
パパ……。すごく怒っている。
私は、産まれて初めて外の世界を裸足で歩いた。
ペタペタ………
ペタペタ…………
想像じゃない。これが、リアルな世界。
すごく興奮していた。地面から、足が少し浮いているようなフワフワした感覚。頭が痺れ、全身が震えた。
見たことのない、変わった機械がそこにも……あそこにも。
暗い廊下をドキドキしながら進むと、何度も走っている人にぶつかった。
「あっ………ごめんなさい」
すっごく睨まれた。みんな大変そう。
きっと、パパが言っていた悪者退治で忙しいんだね。
「これが、外の世界…………」
少しホコリっぽいけど、面白い。
皆の邪魔をしたら悪いから、私はなるべく壁のそばを静かに歩いた。
薄い壁から誰かの悲鳴が聞こえた。一人や二人じゃない。もっとたくさん。
「…………………臭い」
もう何も聞こえない。だけど、今は私が嫌いなアノ臭いがする。
狭い通路の角を曲がると、綺麗な女の人が立っていた。その人の両手からは、血がタラタラと流れている。この人の血じゃない。良く見ると赤い床には、首や手足がない人が何人も転がっていた。
「私を殺しに来たの?」
パパが言っていた悪者は、きっとこの人。
「はい……」
「可愛い殺し屋ね。ちなみにアナタは、いつからこの施設にいるの?」
「…………産まれた時から」
「ふ~ん。私は、5歳からだよ。もう15年以上、ここにいる。じゃあ、アナタも【最終段階】まで進んでいるわね……。今まで、この地獄から逃げたいと思わなかったの?」
地獄………。
「地獄は、外の世界でしょ? 危険がいっぱい」
「それは、違うよ。外は、素晴らしい世界だよ。毎日毎日、罪のない少女を生体実験してる。こんな場所こそ、地獄じゃない?」
「違うっ!!」
シュッッ!!
私は、目の前の女の胸に腕を突き刺した。
後ろから、パパの声がする。早く殺せと怒鳴っている。女に腕を掴まれ、少しも抜くことが出来ない。今までの悪者とは全然違う。獣みたいに醜くならないし。
「アンデッド……。あなたは、こんな場所にいたらダメだよ」
頭をゆっくり、撫でられた。
私に触れた人間は、あなたが初めて。
「………悪者のくせに」
どうして。
どうしてーーーーーー
こんなにあなたは、優しいの?
女は、私の頭を撫でながら静かに死んだ。微笑んだまま。こんなに綺麗な死に顔は、今まで見たことがない。
「良くやったっ!!偉いぞ。 ご褒美に、お前の大好きなケーキをあげよう。大きい苺をたくさん乗せて。だから、ほら。パパと一緒に部屋に戻るよ」
「…………………」
本の中の女の子。今なら彼女が海を見つめ、何を言おうとしていたのか分かる。
「生きたいの。だから私は、外に行く」
「なに? はぁ………。お前もか………。どいつもこいつも不良品ばかりだ」
ごめんね、パパ。私ね、もうあの部屋には戻らない。
だから、邪魔しないで。
お願いします。
白くて大きな施設を出た。初めて、土の上を裸足で歩く。チクチクした。
甘い花の香り……。虫の声………。眩しい太陽。手が届かない青空。
私を待っていたかのように、外の世界はこんな私を受け入れてくれた。まだ鼻の奥に残っているパパやその他の血の臭い。私は深呼吸して、過去と一緒にそれらを全て吐き出した。
「………………」
あの女の人にも見せてあげたかった。この景色を。
私が殺してしまったから、もう叶わない。
「ごめんなさい」
道の真ん中に黒い車が停まっていて、白髪の男が私を手招きしている。
「お嬢ちゃん。君が、あの有名な生物兵器かい? 世界を滅ぼす悪魔の子」
「アナタは、悪い人?」
「そうだよ。僕はね、君みたいな兵器を戦争の道具として利用するために来たんだ。潜在的な戦闘力に加えて、触れた者をゾンビ化する呪われたその体。敵国の脅威になるのは間違いない!」
パパ………私ね。今、やっと分かったよ。
「ようこそ地獄へ」
私が一番の悪者なんだってーーーーー
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
湖畔の賢者
そらまめ
ファンタジー
秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。
ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。
彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。
「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」
そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。
楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。
目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。
そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる