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終点ラブストーリー 〜最終電車と運命の出会い〜
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職場の忘年会の帰り、23時過ぎの最終電車に飛び乗った俺は、座席に腰を落ち着けた瞬間、記憶が消える。
飲みすぎたな……でも座れたし、ちょっとだけ……。
次に目を開けたとき、そこは終点だった。
「どこだよ、ここ…」
深夜1時の辺境の駅。何県かすらすぐにはわからない。
駅の外は見渡す限り、住宅地と畑の静寂。
街灯はまばらに光を放つばかりで、コンビニすら見当たらない。
電光掲示板の広告が妙に目に付いた。
「ここが寝過ごしの聖地です」
皮肉か? ビールの広告が憎たらしい。
買いたくても店がないだろ!
とりあえず駅前のタクシー乗り場に向かうと、すでに5人ほどが列を作っていた。
しかし、電車で40分の距離をタクシーで帰るとなると、料金はとんでもない額になる。財布を考えたら泊まる一択だ。
…と思ったが、駅周辺を15分ほど歩きまわってもカプセルホテルも漫画喫茶もない。
最悪、24時間営業のファミレスかコンビニでもあればと思ったが、それすらない。
店がないってどういうことだ!?
しょんぼりと駅前に戻ると、タクシーの列は相変わらず5人のまま。どうやら皆、絶望の淵に立たされているらしい。
一部の人間はタクシーを諦めて駅周辺を放浪し始めている。
どこに行くつもりなのか、俺にも分からない。
階段に座り込んで寝ようとしている強者もいるが、この寒さで寝たら凍死するぞ?
俺は金属のベンチに座ろうとしたが、あまりの冷たさに飛び上がった。
仕方なく、立ったまま足踏みをしながら時間を潰すことに。
スマホを取り出してみるが、充電が朝までもちそうにない。
仕方なくポケットに戻し、ぼんやりと駅前広場を見渡す。
すると、一人の女性が視界に入った。
同年代くらいのOL風。グレーのコートの裾から黒いタイツの細い脚が伸びている。黒髪をこんもりと包むように赤いマフラーに顔を埋めている。当たり前だが寒そうにしている。
彼女もまた、絶望の旅路を共にする仲間なのか。
他に誰もいないのでなんとなく目が合ったが、もちろん他人だ。
だが、この状況下では、自然と仲間意識が芽生えてしまう。
向こうもこちらをチラチラ見ている。
俺は「自動販売機を探してますよ」という顔をしながら、さりげなく彼女の前を通る。
目が合った。
「……あの、あったかい飲み物の自販機って知りませんか?」
「さあ……」
微妙な沈黙。俺は当たり前の質問をする。
「もしかして、乗り過ごしました?」
「はい……。電車で20分の距離なんですけど、タクシーで2万円って言われて諦めました」
深夜2時。共に「寝過ごしの民」となった俺たちは、寒さに震えながらポツポツと会話を始めた。
彼女が一言話す度に白い息が寒さで赤くなった頬を包み、なんだか色っぽい。
「忘年会帰りですよね? どんな感じでした?」
「微妙でした。家が遠いので二次会まで行っちゃったから終電に。うちの忘年会、毎年上司が無茶ぶりしてくるんですよ。今年は後輩が一発芸をやらされて……」
彼女が苦笑いしながら話すのを聞き、俺は思わず吹き出した。
「俺も似たようなもんですよ。酔った勢いで後輩に熱弁ふるって、翌日めちゃくちゃ謝るハメになりました」
そんな話をしながら、どうせこれっきりだと思ったので恋愛事情にも突っ込んでみた。
「そういえば、恋人とかいます?」
「いませんね、しばらく。仕事が忙しくて」
「俺もです。なんか、性格が合う人がいいなって思ってるうちに、どんどん機会がなくなって……」
「分かります。運命的な出会いとか、憧れますよね」
ふたりで笑い合いながら、寒さが限界なので自販機探しを始めた。
あちこち歩き回るうちに、まるで共同作業をしているような気分になってくる。
同時に指を指す。
「あ、あそこに光ってるの、もしかして……!」
やっと見つけた自販機の前で、俺たちは同時に小さくガッツポーズをした。
「やりましたね!」
「あれ?この100円玉受け付けてくれない!まじかよ!」
「じゃあ二人で1本買って飲みましょう。」
「ありがとう…」
「同時に押して出たのを飲みましょう。恨みっこなしですよ!」
「何にしよう……あったかいの……」
「せーの!」
選んだのは、同じホットココア。
「……あれ?」
同時にボタンを押して、でてきたココアの缶を取り出して顔を見合わせる。
「もしかして、私たち、けっこう気が合ってますか?」
彼女が少し驚いたように俺を見た。俺も同じことを思っていた。
熱々の缶を交代で頬にあてながら駅に戻った。
行きより距離感も近くなっていた。
ふたりでいて気がつけば、始発の時間はもうすぐそこ。
5時過ぎ、俺たちは連帯感を抱えたまま一緒に始発に乗り込んだ。しかし、彼女は俺より前の駅で降りることになる。
…ここで別れたら、もう二度と会うことはない。
当たり前だ。でも、なんとなく帰るのが惜しい。
ふたりとも、電車の中で何か言いかけては飲み込む。
そして、同時に
「一緒に朝ごはん、食べませんか?」
せっかく始発を待ったのに、俺たちは途中のターミナル駅で降りて、6時から開いている食券式の蕎麦屋に入った。
「……なんか、朝からあったかいもの食べると、落ち着きますね」
「うん。こういうのも悪くない」
並んで蕎麦をすする俺たち。
だが、食べ終わるころにはお互いの眠気がピークに達していた。彼女が箸を置き、ぽつりとつぶやく。
「……眠くなってきちゃった。家まで帰れそうにない」
彼女がふわっとあくびをする。
「お布団のあるところに、行きたいな……」
朝7時。俺たちは、ラブホテルにチェックインした。
飲みすぎたな……でも座れたし、ちょっとだけ……。
次に目を開けたとき、そこは終点だった。
「どこだよ、ここ…」
深夜1時の辺境の駅。何県かすらすぐにはわからない。
駅の外は見渡す限り、住宅地と畑の静寂。
街灯はまばらに光を放つばかりで、コンビニすら見当たらない。
電光掲示板の広告が妙に目に付いた。
「ここが寝過ごしの聖地です」
皮肉か? ビールの広告が憎たらしい。
買いたくても店がないだろ!
とりあえず駅前のタクシー乗り場に向かうと、すでに5人ほどが列を作っていた。
しかし、電車で40分の距離をタクシーで帰るとなると、料金はとんでもない額になる。財布を考えたら泊まる一択だ。
…と思ったが、駅周辺を15分ほど歩きまわってもカプセルホテルも漫画喫茶もない。
最悪、24時間営業のファミレスかコンビニでもあればと思ったが、それすらない。
店がないってどういうことだ!?
しょんぼりと駅前に戻ると、タクシーの列は相変わらず5人のまま。どうやら皆、絶望の淵に立たされているらしい。
一部の人間はタクシーを諦めて駅周辺を放浪し始めている。
どこに行くつもりなのか、俺にも分からない。
階段に座り込んで寝ようとしている強者もいるが、この寒さで寝たら凍死するぞ?
俺は金属のベンチに座ろうとしたが、あまりの冷たさに飛び上がった。
仕方なく、立ったまま足踏みをしながら時間を潰すことに。
スマホを取り出してみるが、充電が朝までもちそうにない。
仕方なくポケットに戻し、ぼんやりと駅前広場を見渡す。
すると、一人の女性が視界に入った。
同年代くらいのOL風。グレーのコートの裾から黒いタイツの細い脚が伸びている。黒髪をこんもりと包むように赤いマフラーに顔を埋めている。当たり前だが寒そうにしている。
彼女もまた、絶望の旅路を共にする仲間なのか。
他に誰もいないのでなんとなく目が合ったが、もちろん他人だ。
だが、この状況下では、自然と仲間意識が芽生えてしまう。
向こうもこちらをチラチラ見ている。
俺は「自動販売機を探してますよ」という顔をしながら、さりげなく彼女の前を通る。
目が合った。
「……あの、あったかい飲み物の自販機って知りませんか?」
「さあ……」
微妙な沈黙。俺は当たり前の質問をする。
「もしかして、乗り過ごしました?」
「はい……。電車で20分の距離なんですけど、タクシーで2万円って言われて諦めました」
深夜2時。共に「寝過ごしの民」となった俺たちは、寒さに震えながらポツポツと会話を始めた。
彼女が一言話す度に白い息が寒さで赤くなった頬を包み、なんだか色っぽい。
「忘年会帰りですよね? どんな感じでした?」
「微妙でした。家が遠いので二次会まで行っちゃったから終電に。うちの忘年会、毎年上司が無茶ぶりしてくるんですよ。今年は後輩が一発芸をやらされて……」
彼女が苦笑いしながら話すのを聞き、俺は思わず吹き出した。
「俺も似たようなもんですよ。酔った勢いで後輩に熱弁ふるって、翌日めちゃくちゃ謝るハメになりました」
そんな話をしながら、どうせこれっきりだと思ったので恋愛事情にも突っ込んでみた。
「そういえば、恋人とかいます?」
「いませんね、しばらく。仕事が忙しくて」
「俺もです。なんか、性格が合う人がいいなって思ってるうちに、どんどん機会がなくなって……」
「分かります。運命的な出会いとか、憧れますよね」
ふたりで笑い合いながら、寒さが限界なので自販機探しを始めた。
あちこち歩き回るうちに、まるで共同作業をしているような気分になってくる。
同時に指を指す。
「あ、あそこに光ってるの、もしかして……!」
やっと見つけた自販機の前で、俺たちは同時に小さくガッツポーズをした。
「やりましたね!」
「あれ?この100円玉受け付けてくれない!まじかよ!」
「じゃあ二人で1本買って飲みましょう。」
「ありがとう…」
「同時に押して出たのを飲みましょう。恨みっこなしですよ!」
「何にしよう……あったかいの……」
「せーの!」
選んだのは、同じホットココア。
「……あれ?」
同時にボタンを押して、でてきたココアの缶を取り出して顔を見合わせる。
「もしかして、私たち、けっこう気が合ってますか?」
彼女が少し驚いたように俺を見た。俺も同じことを思っていた。
熱々の缶を交代で頬にあてながら駅に戻った。
行きより距離感も近くなっていた。
ふたりでいて気がつけば、始発の時間はもうすぐそこ。
5時過ぎ、俺たちは連帯感を抱えたまま一緒に始発に乗り込んだ。しかし、彼女は俺より前の駅で降りることになる。
…ここで別れたら、もう二度と会うことはない。
当たり前だ。でも、なんとなく帰るのが惜しい。
ふたりとも、電車の中で何か言いかけては飲み込む。
そして、同時に
「一緒に朝ごはん、食べませんか?」
せっかく始発を待ったのに、俺たちは途中のターミナル駅で降りて、6時から開いている食券式の蕎麦屋に入った。
「……なんか、朝からあったかいもの食べると、落ち着きますね」
「うん。こういうのも悪くない」
並んで蕎麦をすする俺たち。
だが、食べ終わるころにはお互いの眠気がピークに達していた。彼女が箸を置き、ぽつりとつぶやく。
「……眠くなってきちゃった。家まで帰れそうにない」
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朝7時。俺たちは、ラブホテルにチェックインした。
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