ムズキュン注意報！7分で恋のドキドキ完結

期間限定の彼氏役、まさかの無期限契約！？

「お願い！今だけ彼氏になって！」
突如、目の前の美少女に土下座されるという珍事に遭遇した。
彼女の名は藤咲綾乃ふじさきあやの。
バイト先の同僚だ。
地方の名家出身で、お嬢様学校に通う、まさに気品の塊のような存在。
そんな彼女がなぜ僕に泣きついているのか。

「えっと……彼氏って、俺？」
「そう！　あんたしかいないの！」

普段ろくに会話もしたことがないのに、この急展開。嫌な予感しかしない。
「で、本物の彼氏は？」
「それが……金髪で全身ピアスのパンクロッカーなのよ。もちろん舌にもピアス4個。」
「…………は？」
「最近はライブ活動に夢中で、全然連絡がつかないし、約束も守らないのよ！この前だって、私の誕生日に来るって言ってたのに、結局寝坊してすっぽかしたの！」
「そりゃヒドいな…別れちゃえば…？」
「でしょ！？　たしかに正直、最近ちょっと不満もあるのよ。でも、そんなこと父に知られたら大変だから、とりあえず今だけあんたが代役になって！地味で無難だし丁度いいのよ！」

いや、地味で無難って言われるのはちょっと心外だけど、確かに僕はモブ感のある普通の高校生だ。
でも、よりによってなぜ僕なんだ。
「俺、騙すの苦手だよ？」
「大丈夫！　うちの父は厳格で、礼儀作法を守っていればきっと気に入るはず！」


説得力があるようなないような。いや、ない。どう考えてもない。
しかし、半ば強引に押し切られ、僕は“偽の彼氏”として彼女の家へ向かうことになった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
ドアを開けると、そこにはまるで時代劇から飛び出してきたような厳格な紳士がいた。
背筋はピンと伸び、着物姿で、威厳が半端じゃない。

「おぬしが、綾乃の交際相手の……」
「はい！　真面目で堅実な男子高校生、佐藤です！」

思わず自分で「真面目で堅実」と言ってしまった。なんか恥ずかしい。
「ふむ……」

お父さんの視線が鋭い。正座したまま、じっとこちらを見つめている。胃がキリキリと痛む。
「なるほど、見た目はまともだな」
「ええ、とても穏やかで、私のことを大切にしてくれるんです」
「ほう、それは結構」
ちょっと待て。綾乃、なんでそんなナチュラルに嘘がポンポン出てくるんだ。
しかも、演技がうまい。
こっちまで騙されて彼氏気分になる。

「では、少しお話をさせてもらおう」
そして始まる尋問タイム。
　
「君の将来の夢は？」
「えっ……えっと、公務員とか安定した職に……」
「うむ、堅実で良い」
「趣味は？」
「読書とか、あと料理も少し……」
「結構、家庭的であるな」
「彼女にはどのような態度で接している？」
「そ、それはもちろん、敬意を持って……」
「素晴らしい！」
僕はただ無難な答えを返しているだけなのに、どんどん評価が上がっていく。


そして、極めつけの質問が来た。
「仮定の話だが、もし綾乃がおぬしと隠れてだらしない男と付き合っていたらどうする？」
「……え？」
これは、まさかの伏線回収。
綾乃は固まっている。

僕は一瞬、迷った。
でも、ここで誤魔化すのは違う気がした。
「もし、綾乃さんが本当にそんな人と付き合っているなら……全力で止めます」
お父さんの目が細まる。空気が張り詰める。
「どうしてだ？」
「だって……綾乃さんは大切な人だから。彼女を幸せにできる相手じゃないなら、絶対に許しません」
気がつけば、覚悟を決めて言い切っていた。
沈黙。
お父さんはじっと僕を見つめたまま。
そして

「うむ！　気に入った！」

まさかの高評価。


お父さんが部屋から出て行ったあと、僕はぐったりとソファに倒れ込んだ。
「はああああ、緊張した……」
「お疲れ様。おかげで、父はすっかり騙されたわ」
「俺、騙しきれてた？」
「ええ、完璧よ。ちょっと私もびっくりしたくらい」

そりゃそうだ。僕だって自分がここまでやれるとは思っていなかった。

しかし、綾乃がぽつりとつぶやいた。
「……ねえ、もし、本当に付き合ったらどうなると思う？」
「え？」
「ほら、父も気に入ってたし、佐藤君なら……悪くないかなって」

偽の彼氏役だったはずなのに、成り行きで本当に付き合うことになった僕。まさか、こんな展開になるなんて。

「よ、よろしくお願いします……？」

“偽彼氏”だった僕は本物の彼氏へとクラスチェンジしたのだった。