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本編
05
しおりを挟む――古の神器“聖なる神の祈り”
それは聖なる神――創造神から、この世界へと贈られた唯一無二の物である。
この世界で育まれる全ての生命の源となり、時期が来ると世界が必要とするありとあらゆるものを生み出すと言われている。
そして、世界の中心に在るグランストーム王国に預けられ、歴代の国王が厳重に保管することが世界の掟として定められている――はずだった。
(何でこんなことに……)
前世の記憶にある“聖なる神の祈り”は、純ミスリル製で、箱全体に施された精緻な細工が美しく輝き、側面の花に嵌められた色とりどりの宝石が華やかだった。
そして、蓋の中央には“古代竜の血”と呼ばれる暗赤色の大きな魔石が嵌められており、その魔石が神器の原動力となっている。
この“古代竜の血”という魔石は、竜の核とも言われているとても稀少で高価な魔石なので、その辺で簡単に入手できるようなものではない。
故にこの神器は、国家予算に使われるような白金貨をどれだけ積もうと購入することは不可能な代物である。
それが、見るも無惨な装いになって、自由市で売られていたことに疑問が浮かぶ。
そもそもこの神器はグランストーム王城の宝物庫に納められているはずで、こんな風に一般人が持っているなんてことはありえない。
(どういうことだろう……まさか盗まれた? いや、それはないか……)
あまりにも安い金額で売られていたため、最初はあの店主が盗賊の一員かと疑ったが、前世で流行していた小説に、神器が盗まれたなどという描写は出てきていないので、違うだろうという結論に達した。
そして、厳重警備が敷かれているはずの王城の宝物庫に盗賊が入り込むというのは現実的ではないと思う。
小説では、扉絵の中央に描かれたエリザベスが神器を両手の上に載せ、天に向かって掲げるという構図になっており、描き手の気合が存分に入っていたのか、箱の装飾は緻密に描かれていた。
ただの絵のはずなのに、まるで本物の金属や宝石のように輝いて見えるという、非常に高い精度の絵に魅了された“藍原瑛斗”の記憶がある。
その絵とこの手元にある箱は、色合いや宝石類がついていないことを除けば瓜二つだった。
宝石や魔石は、あの露店の店主の手に渡る前に持っていた人か、それ以外の誰かが外して売り捌いた可能性が高いと思う。
だが、“古代竜の血”は一般市場で値がつけられるとは思えない。
(なら、外した誰かがまだ持っている? けど、その人を探したところで、どうしようもないよな……)
神器は、神の手で創られ、神の意志が宿る神聖な物という認識がある。
仮に宝石や魔石を見つけ、ボロボロになった装飾を復元することができたとしても、神器としての機能は失われているかもしれない。
(何が正解なのかわからない……)
小説の中のエリザベスが、“聖なる神の祈り”を手にするのは、もっと後のことだった。
それこそ、こんな自由市で購入するなんてことはなく、きちんと正式な手順を踏んで入手する。
(何でこんな展開になっているのだろう? これまでは小説の通りに進んでいたのに……)
小説に書かれていない生活の細々とした部分はわからないが、大まかな流れは小説の展開通りに進んできた。
しかし、小説の中のエリザベスは自由市で大きなガラス石がついたブローチを購入していたが、僕は購入していない。
何故なら、それらしいブローチを見つけられなかったからだ。
あの露店で神器を見つけなければ、もっと奥の露店を見に行くつもりだったので、その時に見つけられたかもしれないが、動揺するあまり違う行動を取ってしまった。
(今から自由市に戻るのは違うよな……)
「……母様と約束した時間も近いし、そろそろ屋敷に帰るよ」
考えるのをやめ、キースへ屋敷に帰る旨を告げる。
「畏まりました。馬車の手配をいたします」
キースは一瞬、訝しむような目を向けてきたが、そのまま何事も無かったようにそう答えた。
――こうして狂い始めた歯車が、少しずつ運命を変えていくことを、今の僕はまだ知らない。
10
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