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本編
16-2
しおりを挟む僕は彼が国王本人だと知っているので、王の言葉として聞いていたが、それを知らないはずのミハイルたちも畏まった様子で聞いていた。
「ましてや、国王と皇女との婚約が事実なら、婚約の披露目と祝賀を兼ねた夜会が王城で開かれていると思うが……それは?」
この一ヶ月、意識がなかった僕が知るはずもなく、ミハイルたちを窺ってみれば、二人は顔を見合わせた後、同時に首を横に振った。
「……それは聞いていない。けど、王城では毎日晩餐会があって、シュヴェリエ侯爵家のレオナルド様をはじめとする、学院に通っている侯爵家子息たちが招待されているらしい、ということは聞いた」
ミハイルはレオナルドの名前を出すときにチラリとこちらを見たが、僕は特に反応を示さないように努めた。
この様子では、僕とレオナルドの婚約が破棄されたことを学院中の生徒が知っているのだろう。
侯爵家子息であるレオナルドにおもねる者たちが、伯爵家子息である僕のことを見下していることは知っている。
家格だけで言えば、その者たちより、僕の家の方が上であるにも関わらず、彼らは僕を見下しているという状況なので、その彼らが、婚約破棄の件を知って黙っているはずがなく、誰に言われるでもなく僕の醜聞として吹聴して回ったに違いない。
家格がどうであれ、他者を見下したり攻撃したりするつもりはないので、彼らの態度が悪くても気にしていないが、他者から謂れのない侮蔑を受けるというのは、あまり気分の良いものではない。
僕が積極的に彼らと関わろうとしなければ聴かずに済むことなのだが、彼らはわざわざ僕の傍までやって来て、わざと僕の耳に入るように声を上げ、陰口の体裁を取って罵倒していくため、避けることは叶わなかった。
(今日はアンネリー皇女の件があって、他の生徒とは挨拶すらしなかったけど……次に登校するときには何か言ってくるかもしれないな……)
僕には彼らがいうレオナルドの素晴らしさを理解できない。
僕にとってのレオナルドは、傲岸不遜で自分勝手な男である。
しかし、レオナルドは、日頃から下位貴族家の子息子女を見下す傾向にあるが、自分を崇める者たちの存在には気を良くしており、自分を持ち上げてくれる者が近づいてくることには寛容なところがあった。
そして、虚栄心が旺盛なので、彼らの前ではそういった不遜な態度を極力見せず、婚約者の僕にも優しい男を演じていた。
そのため、レオナルドに憧れている子女も多いと聞く。
特に公爵家の者や王族も現れる場では、そうすることで彼らに良い印象を与え、何らかの恩恵を得ようという目論見があったようだ。
しかし、大抵その態度は長続きしないため、早々に人目があるところから離れ、それまで我慢し続けた憂さ晴らしのように僕の至らないところというものをつらつらと論って嫌味を言う、というのが常であった。
表立って見えない部分は、レオナルドにおもねる者たちには知られていないので、彼らはレオナルドが慈悲深い男だと信じて疑わない。
(でも、何故レオナルドは僕の前では素を隠さなかったのか、理由が全くわからないんだよね……)
前世の小説の中で、婚約破棄後のレオナルドとエリザベスの絡みはなく、時折挟まれる回想シーンで出てくる程度であった。
話の主軸がエリザベスとカールハインツ陛下の恋愛だったから仕方ないことかもしれないけれど。
レオナルドとエリザベスの関係は、最初から良いとは言えないもので、これはそのまま僕とレオナルドとの関係にも当てはまっている。
『……何故、この俺が、たかが伯爵家の者などと婚約しなければならないんだ』
両親立ち会いの元で行われた初顔合わせの後、少し二人で話してきなさいと言われて、僕とレオナルドは部屋から追い出された。
その間にシュヴェリエ侯爵と父が婚約に関する諸々を済ませるということはわかったので、僕はそれに従った。
レオナルドも何も言わずに従ったが、部屋を出たら僕を顧みることなくすぐに歩き出したので、僕は慌てて彼の後を追うことになった。
そのまま庭に出たレオナルドは、奥の方にある東屋に着くなり周辺にいた使用人たちを追い払い、周囲に人気がなくなるとボソリと呟いた。
『俺は侯爵家嫡男だぞ⁉︎ 父上は、あんな石ころごときのために、伯爵家に俺を売るつもりなのか……?』
レオナルドは僕の存在を忘れているかのように延々と文句を言い続けた。
僕自身も急な縁談に驚いており、納得する前に決行されてしまったという経緯があるので、レオナルドが怒る気持ちは理解できた。
しかし、当の本人である僕の前で文句を言い続けるのは失礼が過ぎるだろうとも思っていた。
その所為で、僕の心は一気に冷え、レオナルドのことは婚約者であると認識していても、彼に対する情愛は一切芽生えなかった。
できることなら、こちらから婚約解消を突きつけてやりたかったとさえ思う。
父の立場を鑑みて耐えていたが――もし僕の前世の記憶が蘇るのがもっと早かったなら、僕から婚約破棄をするという展開があったかもしれない。
(もし、そうなっていたら、更に話の展開がおかしくなっていただろうな……)
今でさえ、今後の展望が予測不可能なのに、更なる不穏分子は必要ない。
僕の前世の記憶が蘇ったのが、この時機だったのなら、そのことに意味があると思いたい。
前世の小説の世界なのに、小説の通りに進まないことにも、きっと意味がある。
(この先、僕と陛下の関係がどうなっていくのか、それも知りたい……)
男である僕が彼の妃になることはないけれど、共に困難を乗り越えた末には、歳の離れた友人程度にはなれるのだろうか。
解決すべき事案や不安要素が多数あるものの、僕はこの未知の物語の行先に興味をそそられ、ワクワクする気持ちが芽生えつつあることを自覚した。
――そんな楽しい気持ちが霧散する出来事が待ち受けていることを、このときの僕は知らなかった……。
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