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第一章
33.心から安らげる場所を君に
しおりを挟む婚約破棄をされたとき以上に多い視線に晒されてしまったカトレアだったが、アルベルトが空き時間になるとすぐに様子を見に来てくれるようになったため、気持ちは穏やかであった。
しかし、アルベルトの話によると、今日はやたらとルシアがアルベルトの周囲に現れるということだったので、不安が芽生えつつあるのを自覚してもいた。
「彼女が何をしたいのかはよくわからないんだが……まだ一日も経っていないのに、いい加減鬱陶しいと思ってしまったよ」
アルベルトは、昨日約束した通り、自身の感情を隠すことなく、正直にカトレアへ伝える。
その表情も口調も言葉通りのものだったので、カトレアは素直に信じることができた。
「そうですか……アルベルト殿下――いえ、アルベルト様。義妹がご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」
カトレアがそう言って頭を下げると、アルベルトは苦笑した。
「君が気に病むことじゃないよ、カトレア。そもそも彼女の行動は、彼女自身が責任を負うべきことなのだから。とはいえ、このまま放置したところで彼女が改心するとは思えないし、実害が出ない内に解決するよう努めるよ」
アルベルトは、不安そうな表情を浮かべるカトレアを安心させるよう、そっと髪を撫でた。
「……やはり、とてもよく似合うね」
アルベルトは、昨日レインティア宝飾店で購入し、カトレアに贈った真っ白な百合の花を模った髪留めを見て、嬉しそうに目を細めた。
その表情を遠巻きに見ていた生徒たちが一斉にほうっと感嘆の息を吐く。
彼らの内のほとんどが、アルベルトのその柔らかな表情を初めて目にした者ばかりで、昨日目撃した者たちの言葉を半信半疑で聞いていたのだが、その話に全く誇張がなかったということを今このとき思い知った。
「アルベルト様……」
カトレアは嬉しさと恥ずかしさが半々になったような気持ちで、その手を享受する。
実は今この瞬間もルシアが見ているのだが、アルベルトがカトレアを守るようにルシアとの間に陣取り、一切そちらに目を向けないので、カトレアは敢えて意識しないよう努めていた。
「あぁ、そういえば……父が昨日、君を揶揄ったことが母の耳に入って、また叱られていたんだよ」
「えっ」
「まあ、僕が告げ口したんだけれどね。是非君にも見てほしいと思うくらい見物だったよ」
クスクスと楽しそうに告げるアルベルトに、カトレアはどう反応を返せば良いのかと戸惑った。
「その流れで、母が君に会ってみたいと言い出したので、どこかで機会を設けたいのだが、君の都合はどうかな?」
「え……えっと……」
「特に大した用があるわけでもないし、気負う必要はないよ。少し顔を合わせてお茶を飲むくらいのことだからね。君が気に入ってくれた例の焼き菓子をたくさん用意して待っていると言っていた。それこそ家に帰るまでの暇つぶしのつもりで気軽に遊びにおいで、とのことだよ」
「アルベルト様……」
カトレアが自宅に帰りづらくて、毎日の授業後に時間潰しできる場所を求めていることを知り、気遣ってくれているのだとカトレアは気づいた。
「母は娘とお茶を飲んだり買い物をしたりすることが夢なんだそうだが、生憎当家には僕と弟しかいないからね。そういうことができなくて寂しいそうだよ。だから、僕らの代わりと言っては君に失礼だとは思うが、どうか母の相手をしてやってほしい」
「あ、りがとうございます……その、とても光栄です。王妃殿下のご都合がよろしければ、私はいつでもお伺いさせていただきますとお伝えくださいますか?」
「勿論だよ。ありがとう、母も喜ぶよ。あ、父には邪魔させないから安心してね。まあ、僕が怒る前に母によって叩き出されるだろうけど」
そう言いながらククッと喉を鳴らして笑ったアルベルトに、カトレアも肩の力を抜いて微笑んだ。
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