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14話「名前がある、となり」
しおりを挟むお祭りが終わって、
村は少し静かになった。
広場には、
まだ木箱や布が残っているけれど、
人の声は、昨日よりずっと少ない。
(……いつもどおり)
でも。
昨日までと同じ景色なのに、
私の中では、
ひとつだけ、はっきり変わったことがあった。
(……える)
名前を知っている、というだけで、
見えていた景色がいつもより鮮やかに思えた。
***
朝のルーティン。
細い木の棒を、両手で持つ。
上げる。
下げる。
(さん……よん……)
五回目で腕がぷるぷる。
……でも、昨日よりは悪くない。
昨日は広場まで行って、
立って見て、歩いて帰った。
身体はちゃんと覚えている。
朝のルーティンをがんばったあと、
家の前のベンチに座って、私は外を眺めていた。
風。
土の匂い。
遠くで、木が当たる音。
(……くる)
待っている、という感覚が、
前よりはっきりしている。
足音。
軽くて、一定。
顔を上げる前から、分かってしまう。
(……えるだ)
視線を上げると、やっぱりエルだった。
昨日と同じ背丈。
昨日と同じ、落ち着いた歩き方。
今日は、何も背負っていない。
ただ様子を見に来ただけ、
そんな感じ。
じっと見ていると目が合った。
エルが少し手を上げる。
「おはよう」
少年らしい、それでもよく通る声。
「……おはよ」
短いけどちゃんと返せた。
エルはそれが当たり前みたいに隣に座る。
並んで座る。
近すぎない距離。
私は足をぶらぶらさせながら、
広場の方を見る。
「今日は、片付けみたいだね」
エルが穏やかに言う。
「重いのは、大人がやるだろうけど」
(……しってる)
私は、黙って聞いている。
それでいい、という空気。
なんだかそれが妙に心地よく感じた。
少しして、エルがぽつりと言った。
「昨日さ」
(……きのう)
「話してくれて、ありがとう」
私は、すぐには返事をしない。
「その……危ない、って言うの」
胸の奥が、きゅっとする。
でも、昨日ほど痛くない。
「ちゃんと見てるんだなって、思ったよ」
エルは前を向いたままそう言った。
「そういうの、助かるんだ」
私は、自分の手を見る。
小さくて、ぷにっとしている。
(……ちいさい)
「……みてるの、すき」
エルは少しだけ驚いた顔をして、
それから、ふっと笑った。
「うん。知ってる。
だから、昨日も気づけたんだと思う」
(……える)
名前があると、
こうやってちゃんと話せる。
「だから……その、ありがとう」
エルは、そう言うとゆっくり立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行くね」
広場の方を見る。
私は反射的に言った。
「……える、がんばりすぎ、だめ」
エルは、
一瞬きょとんとしてから、
照れたように笑った。
「はは。気をつけるよ。りぃも、ね?」
エルが歩いていく。
その背中は、やっぱり動く人の背中。
私は、ベンチに座ったまま見ている。
(……これで、いい)
できないことは、まだ多い。
でも。
見て、
気づいて、
言えることが、増えた。
名前を呼べる人が、ひとり増えた。
***
家に戻って、今日の筋トレは五回で終わり。
無理しない。
それが、ちゃんと分かってきた。
(……える)
明日も、たぶんここに来る。
その予感が、なぜか安心だった。
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