できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ

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17話「はじめての味は、みんなの中に」

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焚き火のまわりが少しだけ静かになった。

さっきまでは人が行き来して、
笑い声や足音が重なっていたのに。

今は、みんな鍋の方を見て待っている。

火のはぜる音。

鍋の中でことことと何かが揺れる音。

(……もうすぐ)

分かる。
さっきまでの“ぐつぐつ”じゃない。
音がやさしくなっている。

――食べごろ、だ。

「味、見るか?」

お父さんが私の前にしゃがんだ。
手には小さな木の匙。

(……!)

私は反射的に両手を伸ばす。
でも、届かない。

身体を前に倒した瞬間、
ぷにっとしたお腹がぐいっと前に出た。

(……とどかない)

「はい」

お父さんが距離を縮めてくれる。
匙の先から湯気がふわりと立った。

(……あつそう)

でも、不思議と怖くない。

ほんの少し。

舌に、そっと触れる。

――――。

一瞬、頭の中が空っぽになる。

(あったかい)

ただ熱いんじゃない。
野菜のやわらかい甘さ。
知らない匂いなのにいやじゃない。

塩っぽいのにとがっていなくて、
口の中でじんわり広がる。

(……)

私はゆっくり口を閉じて考えた。

(……すき)

でも、それだけじゃ足りない。

「どうだ?」

お父さんが聞く。

私は、少し考えてから言った。

「……あったかい」

前にも言った言葉。
でも、今回はちがう。

胸の奥まで、あったかい。

「それでいいな」

お父さんはそう言って立ち上がる。
お母さんがくすっと笑った。

「りぃらしいわ」

(……?)

でも、その声がやさしいのは分かる。

少し離れたところで、エルがこちらを見ていた。

目が合うと、エルは親指を立てる。

「いい感じ?」

私は、こくんと頷く。

「……すき」

短い言葉。
でも、ちゃんと届いたみたいで、
エルはほっとしたように笑った。

***

やがて、器が配られる。

大人も。
子どもも。

同じもの。

(……おなじ)

私はお母さんの膝の上。
両手で器を持つ。

ずっしり重い。
腕がぷるぷるする。

(……おとしたら)

必死に力を入れるけど、
幼児の筋肉は正直だ。

(しんちょう、に……!)

一口。

さっきよりちゃんとした味。

周りの音が少し遠くなる。

(……おいしい)

言葉にする前に分かる。

これは“みんなで食べる味”だ。

「食べるの上手だね」

誰かが言う。

私はもぐもぐしながら首を振る。

「……こぼす」

事実。

でも、誰も笑わない。

「それも、今だけだよ」

そんな声がして、
胸の奥がまた少しあったかくなった。

エルは少し向こうで、器を持ったまま立っていた。
忙しそうなのにちゃんと食べている。

私は、じっと観察する。

匙の持ち方。
口に運ぶ速さ。
周りを見ながら動く目。

(……おぼえる)

***

食べ終わるころ、空は少し暗くなっていた。

火はさっきより明るい。

私は火とエルとお父さんとお母さんと、
村の人たちを順番に見る。

(……ここ)

ここで生きてる。

ちゃんと。

***

「りぃ」

エルが近くに来て、しゃがむ。

「さっきの、ありがとう」

私は首をかしげる。

「……?」

「煙のやつ」

思い出して、頷く。

「……みえた」

それだけ。

エルは少し考えてから言った。

「それ、すごいよ」

“すごい”

その言葉は重くなかった。
ちゃんと、今の私の大きさだった。

(……できる)

できないことは、まだたくさんある。

でも。

見る。
気づく。
伝える。

それで、誰かが動く。

***

空になった器を見ながら、私は思う。

(……たべる)

食べるのはひとりじゃない。
作るのもひとりじゃない。

ここには一緒にやる人がいる。

火のそばで。
あったかい余韻の中で。

私は、
次は何を見ようか――
静かに考えていた。
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