18 / 48
17話「はじめての味は、みんなの中に」
しおりを挟む焚き火のまわりが少しだけ静かになった。
さっきまでは人が行き来して、
笑い声や足音が重なっていたのに。
今は、みんな鍋の方を見て待っている。
火のはぜる音。
鍋の中でことことと何かが揺れる音。
(……もうすぐ)
分かる。
さっきまでの“ぐつぐつ”じゃない。
音がやさしくなっている。
――食べごろ、だ。
「味、見るか?」
お父さんが私の前にしゃがんだ。
手には小さな木の匙。
(……!)
私は反射的に両手を伸ばす。
でも、届かない。
身体を前に倒した瞬間、
ぷにっとしたお腹がぐいっと前に出た。
(……とどかない)
「はい」
お父さんが距離を縮めてくれる。
匙の先から湯気がふわりと立った。
(……あつそう)
でも、不思議と怖くない。
ほんの少し。
舌に、そっと触れる。
――――。
一瞬、頭の中が空っぽになる。
(あったかい)
ただ熱いんじゃない。
野菜のやわらかい甘さ。
知らない匂いなのにいやじゃない。
塩っぽいのにとがっていなくて、
口の中でじんわり広がる。
(……)
私はゆっくり口を閉じて考えた。
(……すき)
でも、それだけじゃ足りない。
「どうだ?」
お父さんが聞く。
私は、少し考えてから言った。
「……あったかい」
前にも言った言葉。
でも、今回はちがう。
胸の奥まで、あったかい。
「それでいいな」
お父さんはそう言って立ち上がる。
お母さんがくすっと笑った。
「りぃらしいわ」
(……?)
でも、その声がやさしいのは分かる。
少し離れたところで、エルがこちらを見ていた。
目が合うと、エルは親指を立てる。
「いい感じ?」
私は、こくんと頷く。
「……すき」
短い言葉。
でも、ちゃんと届いたみたいで、
エルはほっとしたように笑った。
***
やがて、器が配られる。
大人も。
子どもも。
同じもの。
(……おなじ)
私はお母さんの膝の上。
両手で器を持つ。
ずっしり重い。
腕がぷるぷるする。
(……おとしたら)
必死に力を入れるけど、
幼児の筋肉は正直だ。
(しんちょう、に……!)
一口。
さっきよりちゃんとした味。
周りの音が少し遠くなる。
(……おいしい)
言葉にする前に分かる。
これは“みんなで食べる味”だ。
「食べるの上手だね」
誰かが言う。
私はもぐもぐしながら首を振る。
「……こぼす」
事実。
でも、誰も笑わない。
「それも、今だけだよ」
そんな声がして、
胸の奥がまた少しあったかくなった。
エルは少し向こうで、器を持ったまま立っていた。
忙しそうなのにちゃんと食べている。
私は、じっと観察する。
匙の持ち方。
口に運ぶ速さ。
周りを見ながら動く目。
(……おぼえる)
***
食べ終わるころ、空は少し暗くなっていた。
火はさっきより明るい。
私は火とエルとお父さんとお母さんと、
村の人たちを順番に見る。
(……ここ)
ここで生きてる。
ちゃんと。
***
「りぃ」
エルが近くに来て、しゃがむ。
「さっきの、ありがとう」
私は首をかしげる。
「……?」
「煙のやつ」
思い出して、頷く。
「……みえた」
それだけ。
エルは少し考えてから言った。
「それ、すごいよ」
“すごい”
その言葉は重くなかった。
ちゃんと、今の私の大きさだった。
(……できる)
できないことは、まだたくさんある。
でも。
見る。
気づく。
伝える。
それで、誰かが動く。
***
空になった器を見ながら、私は思う。
(……たべる)
食べるのはひとりじゃない。
作るのもひとりじゃない。
ここには一緒にやる人がいる。
火のそばで。
あったかい余韻の中で。
私は、
次は何を見ようか――
静かに考えていた。
29
あなたにおすすめの小説
【第2部開始】ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
月森かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
公爵令嬢やめて15年、噂の森でスローライフしてたら最強になりました!〜レベルカンストなので冒険に出る準備、なんて思ったけどハプニングだらけ〜
咲月ねむと
ファンタジー
息苦しい貴族社会から逃げ出して15年。
元公爵令嬢の私、リーナは「魔物の森」の奥で、相棒のもふもふフェンリルと気ままなスローライフを満喫していた。
そんなある日、ひょんなことから自分のレベルがカンストしていることに気づいてしまう。
「せっかくだし、冒険に出てみようかしら?」
軽い気持ちで始めた“冒険の準備”は、しかし、初日からハプニングの連続!
金策のために採った薬草は、国宝級の秘薬で鑑定士が気絶。
街でチンピラに絡まれれば、無自覚な威圧で撃退し、
初仕事では天災級の魔法でギルドの備品を物理的に破壊!
気づけばいきなり最高ランクの「Sランク冒険者」に認定され、
ボロボロの城壁を「日曜大工のノリ」で修理したら、神々しすぎる城塞が爆誕してしまった。
本人はいたって平和に、堅実に、お金を稼ぎたいだけなのに、規格外の生活魔法は今日も今日とて大暴走!
ついには帝国の精鋭部隊に追われる亡国の王子様まで保護してしまい、私の「冒険の準備」は、いつの間にか世界の運命を左右する壮大な旅へと変わってしまって……!?
これは、最強の力を持ってしまったおっとり元令嬢が、その力に全く気づかないまま、周囲に勘違いと畏怖と伝説を振りまいていく、勘違いスローライフ・コメディ!
本人はいつでも、至って真面目にお掃除とお料理をしたいだけなんです。信じてください!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
大好きなお姉さまが悪役令嬢?!処刑回避のためにひきこもったら、隣国の王子に狙われているようです?
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
ケアード魔法公爵令嬢セシリアはまだ七歳。十一歳年上の姉、エレノアが大好きだ。
そのエレノアが、学園関係者や魔法貴族らが集まる卒業パーティーで、王太子ジェラルドから婚約破棄を突きつけられる。それを見た瞬間、セシリアには前世の記憶が流れ込んできた。
どうやらこの世界はネットで限定配信されたアニメ、ロマンスファンタジー小説『孤独な王子は救済の聖女によって癒される』略して『こどいや』の世界のようだ。そしてエレノアは、悪役令嬢と呼ばれる役柄。
(このままでは、大好きなお姉さまは処刑されてしまう!)
エレノアの処刑回避のために、姉妹は与えられた領地フェルトンの街にひきこもる。だけどこの街にはさとうきびがあって――。
これは、セシリアが前世(?)の知識を使い、大好きなお姉さまを処刑ルートから回避させて幸せになる物語。
※第二部連載再開しました。
※以前、短編で書いた同タイトル作品の連載版となります(毎週金曜日更新予定)。短編版では省略してしまったイベント、短編版のその後のお話など。
※長編版公開により、短編版は非公開とさせていただきます。たくさんのご感想ありがとうございました!こちらでもお待ちしております。
※ホトラン1位、ありがとうございます。読んでくださるみなさまのおかげです。
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります
ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。
七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!!
初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。
2024年5月 書籍一巻発売
2025年7月 書籍二巻発売
2025年10月 コミカライズ連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる