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23話「はじめてのピクニック」
しおりを挟むエルの調子が戻ってきたのは、
風が少しやわらかくなった頃だった。
「もう大丈夫」
そう言って笑うエルの顔は、
前よりもちゃんと楽そうだった。
無理をしていない。
それが私にも分かる。
***
家の前のベンチ。
いつもの場所で二人、並んで座る。
「この前のさ」
エルが言った。
「約束、覚えてる?魔法、見せるってやつ」
(……まほう)
胸の奥が、きゅっと鳴る。
「花畑がいいかなって思ってさ。
りぃにあげた花もそこで摘んだんだ」
家の前の広場や市場以外のところにはあまり行ったことがない。
でも、広場からちょっと行ったくらいにあるって聞いたことがある。
(だいじょうぶ)
私はこくん、と頷いた。
花畑。
(そと……)
その言葉からひとつ、思いつく。
(……たべる……いっしょ)
火を使わない。
切って、のせて、はさむ。
前世の記憶が、
おそるおそる顔を出す。
(……さんどいっち)
「……える」
「ん?」
「……おべんと」
「おべんと?」
そういえば、お祭りみたいに
野外で料理してみんなで食べたりするけど、お弁当文化ってないんだっけ?
きっと、ピクニックって言ってもわからない。
「りぃ?」
「……」
(……せつめい……)
私はどう説明しようかと思ったけど、とりあえずやりたいことを言ってみることにした。
「そとで、たべる」
「外で……?」
きょとんとするエルを前に、私は外でピクニックしたい気持ちでこくんと頷いた。
エルは目を丸くしてから、
すぐに嬉しそうに笑った。
「それ、いい。すごくいい!」
(よかった)
きっと楽しくなる、とわくわくしながら行く日を決めた。
***
台所。
私は台に手をついて、お母さんを見上げる。
「……んと、」
「ん?」
(……つたえる)
言葉を探す。
「ぱん、……きる……はさむ」
お母さんは、黙って聞いている。
「……やく、しない。……ひ、つかわない」
ひとつひとつ身振り手振りしてみる。
お母さんはじっ、と見て静かに頷いた。
「……えると……そとで、たべる」
一生懸命、短い言葉をつなぐ。
お母さんは少し考えてから、
やさしく頷いた。
「パンに、具を挟むのね。
外で食べる用のお料理」
私は、何度も頷く。
「……うん」
(つたわった)
お母さんは早速準備をするために動いてくれた。
「じゃあ、何を挟む?
りぃ、決めていいわよ」
(……きめる)
胸がどきっとする。
前世の記憶をそっと引き寄せる。
野菜、たまご
(……にくは、むずかしい)
「……たまご、やさい……ちいさく」
お母さんは、にこっと笑った。
「卵は私が焼こうか。
りぃは切るところをやってみる?」
私はこくん、と大きく頷いた。
まな板。
包丁は重たい。
でも、両手でしっかり持つ。
お母さんも手を添えてくれた。
(……ゆっくり)
きゅっ。
きゅっ。
野菜の音。
形は、そろっていない。
大きさも、ばらばら。
でも。
(……こわれてない)
「上手よ。急がなくていいの」
背中からお母さんの声が応援してくれる。
ゆっくりゆっくり野菜を切ってから包丁を置く。
ふぅ、と大きく息が出た。
「切れたね。お母さん、卵焼くからちょっと待っててね」
私はこくんと、頷いて一息ついた。
***
お母さんが焼いてくれたたまごと一緒に切った野菜が並ぶ。
いよいよ、サンドタイムだ。
パンに軽くバターを塗る。
白くて、やわらかい。
つぶしてしまわないように慎重に塗ってから、一枚、また一枚と具をのせる。
(……のせすぎ。……すこし)
指先で、そっと調整する。
力が入りすぎないように。
(……えると……たべる)
ぎゅっと挟む。
少し、はみ出る。
でも。
(……いい)
布で包んで、小さくまとめる。
それを籠にそっと入れる。
***
花畑。
風が花々を揺らしている。
エルはそこで立ち止まり、
手をかざした。
淡い光。
花の色が少しだけ深くなる。
(……きれい)
「派手じゃないけどね。
こういうのが好きなんだ」
私は花びらに触れる。
(……あったかい)
***
「それで」
エルが、籠を見る。
「これがりぃが言ってた“オベント”?」
私は籠を開いた。
包みをひとつエルに差し出す。
「……これ」
エルは目を見開いた。
「へえ、外で食べるためにこんな感じにしたんだ」
エルは包みを受け取って開くと、ひょいっとサンドイッチをつまんで口に入れた。
「……うまい」
その一言で胸の奥がじんわりする。
(……よかった)
あたたかい気持ちになりながら、
私もぱくっと、サンドイッチを頬張った。
「今度さ」
エルが言った。
「一緒に作ろう。
切るところも、挟むところも」
私はすぐに頷いた。
(……いっしょ)
前世の料理。
この世界の台所。
(……できるかも)
エルとなら。
***
花畑で風に吹かれながら、
並んで食べる。
魔法。
お弁当。
静かな時間。
できないことはまだ多い。
でも。
(……ふえてる)
できること。
守りたい人のためにがんばれること。
私はもう一口サンドイッチを食べながらそう思った。
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