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28話「さくさくになるまで」
しおりを挟む台所。
私は椅子にのぼって見る。
(……また)
今日もやる。
朝からやる気満々だった私はエルが来ると、私はすぐに台所に引っ張って行く。
この前はかたい焼き物になってしまった。
でも、楽しかったこと。
それがまだ胸に残っている。
今度はもっと、ちゃんと。
木の台の上には、小麦粉とバターと砂糖。
その横に、この家にあるものがいくつか並んでいた。
木のコップ。
小さな皿。
「これも使うの?」
エルが不思議そうに聞く。
私はこくん、と頷いた。
「……かた、やってみる」
エルは並んだ道具を見てから、少し考える。
「たしかに丸めて手でつぶすよりキレイになりそう」
その様子を見ていたお母さんが、くすっと笑う。
「色んな形を作るのも面白かったわね」
前の時に作った色々の形を思い出して、私も思わず笑った。
(おもしろかった)
エルも思い出したのか、楽しそうに笑った。
「今日も色々試してみよっか。楽しくなりそう!」
私もお母さんもエルの言葉に頷いた。
***
しばらくみんなで台の上を囲んでいた。
丸めたり、押したり、ひっくり返してみたり。
思ったよりも手は粉だらけになる。
その様子を、少し離れたところから見ていたお父さんが首をかしげた。
「なんだか楽しそうなことしてるな」
そう言いながら近づいてくる。
私は手を止めて顔を上げる。
(……おとうさん)
エルが事情を説明するみたいに言った。
「甘い焼きものを作ってるんです。でも、形をどうするか悩んでて」
お父さんは台の上をひと通り見てから、ふむ、と唸る。
「なるほどな」
それから近くにあった鍋を手に取って、底を確かめた。
「これ、押すのに使えそうじゃないか?」
お母さんがすぐに頷く。
「平たいし、大きさも揃えやすいわね」
「だろ?」
お父さんはちょっと得意そうだ。
私は鍋の底を使って、生地をそっと押した。
ぺたん。
エルが身を乗り出した。
「お、さっきより揃ってる」
その言葉に私はもう一度天板の上を見る。
(……ほんとだ)
胸の奥が少しだけ弾んだ。
――でも。
焼き上がったそれは、やっぱりかちかちだった。
お父さんがひとつ持ち上げて言う。
「……硬いな」
エルも正直に頷く。
「うん、結構」
お母さんは、割れた断面を見て首をかしげていた。
私は、生地の表面を見る。
つるつるしていない。
指で触ったところが、
そのまま残っている。
(……いっぱい……さわった)
胸の奥で、小さく何かが引っかかる。
「……さわると……かたく、なる?」
私がぽつりと言うと、エルは一瞬きょとんとしてから生地を見た。
「じゃあ、もしかして」
言葉を選ぶみたいに、少し間を置いてから。
「触りすぎないほうが、いいのかも?」
お母さんもその会話を受け取るように続けた。
「まとめるだけにして、少し休ませるのもいいかもしれないわね」
お父さんは腕を組んで頷く。
「力を入れすぎない、ってことか」
私は三人の声を聞きながら、もう一度生地を見る。
(……つぎ……やりかた、かえる)
さっきより、少し先が見えた気がした。
お父さんは腕を組んで頷いた。
「失敗した分だけ、次が分かるな」
私は、三人の顔を見た。
(……わかってきた)
まだ、完成じゃない。
でも、確かに前より近づいている。
私は、ぎゅっと粉のついた手を握った。
***
それからも、何度も作った。
同じ形にそろえたり、少しだけ大きくしてみたり。
何回も、何日も。
失敗もいっぱいした。
カチカチがいっぱいになった。
真っ黒にコゲコゲな時もあった。
それから―――
丸めて、そっと押して、並べて。
(……さわりすぎない)
それを、ちゃんと覚えていた。
焼きあがる匂いが、台所に広がるとエルが先に気づいて振り向く。
「できた?」
私は、天板を見てからこくんと頷く。
(……だいじょうぶ)
前みたいに、かちかちじゃなかった。
さくっと割れて、口に入れるとほろっと崩れる。
クッキー
(……これ)
何度作っても、
同じ感じになる。
それが、少しうれしかった。
***
クッキーだけじゃなくて、スープもまた作った。
前より、野菜を切る音がそろってきた。
(……まえより、はやい)
煮る時間も焦がさないようにちゃんと待てる。
(……まつ)
ごはんも少しずつ。
混ぜるだけだったのが、
盛るのも、できる。
体も毎日動かした。
立つ。
しゃがむ。
歩く。
前より息が切れない。
(……つづけてる)
まだまだエルにスピードを合わせてもらってるだろうけど、並んで歩いてももたつくことがなくなってきた。
それを何度も褒めてもらった。
いつの間にか、家の中での私の役目も増えた。
机をふく。
スプーンを並べる。
コップやフォークも用意できる。
ご飯の入ったお皿を運ぶのは……まだ、難しい。
――でも、
「助かるわ」
そう言われると、胸の奥があたたかくなる。
ちょっと高いところも見えるようになった。
手も、前よりしっかりしている。
(……できる)
――そして、
いつの間にか、私は三つになっていた。
外の風が少しだけにぎやかになる。
人の声が遠くで増えていく。
またお祭りの季節がやってきていた。
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