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35話「いっぱい意見、たのしい作戦」
しおりを挟む台所には、まだ少しだけ甘い匂いが残っている。
片づけきれなかった器と、
試したあとが残る、小さな色の跡。
私たちはテーブルを囲んで座っていた。
「……売る、か」
お父さんがゆっくり言う。
しばらく、みんなでテーブルを見る。
沈黙はいやじゃなかった。
お父さんが腕を組んで言う。
「売るってなると、話は変わるな」
私は、その言葉を頭の中で転がす。
(……うる)
「かたち」
ぽつりと、私が言う。
みんなが私を見る。
「……そろってないと、だめ」
エルがすぐに頷いた。
「確かに。ぐにゃっとしてると、びっくりするかも」
私は昨日のを思い出す。
(……ゆがみ)
「味もね」
お母さんが続ける。
「当たり外れがあると、悲しくなるでしょう?」
私は、緑のやつを思い出す。
「……ぬま」
私は思い出して、少し顔をしかめる。
「……にがい」
エルが笑った。
「あれは冒険しすぎた」
一瞬、みんなが黙ってから笑った。
「冒険は家用だな」
「毎回同じにするのは大事ね」
「売るなら安心する味だな」
「練習だね」
みんなそれぞれ頷いた。
「いっぱい作って、いっぱい失敗して」
私は、こくんと頷く。
(……れんしゅう)
しばらくして、お母さんが言った。
「それと、渡し方ね」
「渡し方?」
エルが首をかしげる。
お母さんは、クッキーをそっと持ち上げる。
「そのまま手渡し、じゃないでしょう?」
私は、はっとする。
(……つつむ)
「……ぬの」
「そう」
お母さんの声が明るくなる。
「布で包んで、何枚かまとめて」
「いいね」
エルが身を乗り出す。
「おすそ分けみたいで」
「……ひも」
私が言うと、お母さんが頷いた。
「リボンね」
「それ、かわいい!」
エルが声を上げる。
「布はシンプルでさ、リボンで遊ぶとか」
「色も選べるといいな」
「……あか」
「青もいい」
「俺は黄色」
言葉が、ぽんぽん出る。
テーブルの上が、少し賑やかになる。
お父さんが腕を組む。
「数はどうする?」
「いっぱいは無理だよね」
エルが言う。
「……すこし」
私が言うと、
お母さんがやさしく笑った。
「最初はそれでいいと思う」
「一つに、何枚?」
エルが指を折る。
「三枚?」
「……よんまい」
「四枚か」
お父さんが頷く。
「切りがいいな」
私は、ふと考える。
(……もって、あるく)
「……もてる」
「持てる?」
エルが聞く。
私は、両手で包む真似をした。
「……ちいさく」
「小さい包みか」
「子どもでも持てるね」
お母さんが言う。
お父さんは、少し笑って言った。
「じゃあ、持ちやすい大きさにしないとな」
「売るなら台がいるかしら?」
お母さんの言葉にお父さんは、少し考える。
「庭に出すなら、簡単な机でいいな」
「お店みたいに?」
エルの目が少し光る。
「屋台も、いいよね」
「かわいいのがいい」
私は言う。
お母さんが笑う。
「考えること、いっぱいね」
私はテーブルの端を見る。
そこに、転がっている丸いもの。
(……ころころ)
「……うごくと、べんり」
みんなが、きょとんとする。
「動く?」
エルが聞く。
私は、手でころころする真似をした。
「……タイヤ」
一瞬、静かになってから。
お父さんが、声を出して笑った。
「なるほどな」
「持ち運びできたら、楽だ」
「お祭りの時もいいかも!」
エルが言う。
お父さんは、腕をまくった。
「作るか」
私は、目を見開く。
「……つくる?」
「おう」
お父さんは、にっと笑う。
「簡単なやつからな」
お母さんは、少しだけ真面目な顔で言った。
「でも、急がないこと」
「売るなら、ちゃんと準備しましょう」
「名前、いるかな?」
「いる!」
「……なまえ」
「看板とか?」
「絵、描く?」
私は少し考える。
(……え)
描くのは、まだ難しい。
でも。
(……かんがえたい)
お父さんが、ぐっと背伸びをした。
「まあ、やるなら段階だな」
「いきなり売らなくてもいい」
「練習して、包んで、考えて」
お母さんが、私を見る。
「楽しいと思う?」
私は、少しだけ考えてから、頷いた。
「……たのしい」
エルが、にっと笑う。
「じゃあ、やろう」
まだ、決まってないことばかり。
でも。
話すのは、楽しい。
考えるのは、楽しい。
テーブルの上の甘い焼き物が、
少し先の未来を、静かに待っているみたいだった。
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