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この気持ちの正体

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「今日も王子の顔、最高だったな~」

 シャワーを浴びて、自室のベッドに寝転がる。
 目を閉じると、王子の笑った顔やめんどくさそうな顔、不機嫌な顔、怒った顔が浮かぶ。……基本機嫌悪いな、王子。

 それから、ベリルと喋ったこと。ベリルの好きな人、誰なんだろ。俺が知ってる人かな。

「かわいいって……好きな相手には思う……かあ」

 待てよ……? 俺は今日イーディス王子のこと、かわいいって思って……ということは、だ。
 
「……あ」

 繋がった。俺、王子のこと……好き、なんだ。

 顔が好きだっただけなのに、王子の内面を知って、内面まで好きになってる。出会って二日なのに、どんどん、時間を追うごとに。うわあ……意識したら恥ずかしくなってきた! 顔熱い! ごろんと寝返りをうって、枕を握りしめる。

 明日からどんな顔して会えばいいんだろ。

 あ……でも、イーディス王子は、BLゲームの登場人物で、攻略対象だ。それは間違いない。主人公でもない従者なんかが王子のことを好きになるなんて、ダメなやつじゃないか……?

 それで、王子は……俺じゃない、誰かと結ばれる……

 今度は胸がぎゅっと締め付けられる感覚。誤魔化そうと再び寝返りをうつ。間違えて同じ方向に転がってしまい、呆気なく背中から床に落ちた。

「ってぇ……」

 王子の顔を近くで見つめられれば、それだけでよかったはずなのに。情けない。

 強打した背中よりも、心臓のほうが痛かった。





 次の日。今朝は王子をちゃんと起こすことに成功した。好きだって気づいたのに、ベッドに引きずり込まれたらもう心臓の終わりだと思った。

 微睡む王子の破壊力は抜群で、朝から脳が蕩けそうになった。が、イーディス王子は知らない誰かと結ばれるんだ……という悲しくて虚しい想いを呼び起こして自分を叱咤して冷静になった。頑張った、俺。

 朝食を食べ終えた王子は執務をこなしていた。その隣で昨日と変わらず補佐をする。王子の顔をちら、と見るたびに意識してないのに、ため息が自然と出てしまう。

「はあ……」
「ため息をつくな。こっちまで憂鬱になる」

 こちらをじっと見つめる瞳。めちゃくちゃ綺麗。しかも座ってるから上目遣いになってて、やばい……いやいや、ダメだ! 考えないようにしないと!

「申し訳ございません。気をつけます……はあ……」
「言ったそばから……」

 王子はムスッとした表情で、重そうな椅子を引き、立ち上がって俺の頬を鷲掴んだ。

「え、なななにを」
「ほら、お前の大好きな俺の顔を見ろ」

 王子の素晴らしき顔面が、だんだんと距離を詰める。心拍数が、やばい! はちきれる!綺麗!美!

「はわ……天使……!」
「もっと讃えろ」
「神様、仏様、教祖様!」
「はは。そうだろう。ほとけ……というのはよくわからんが」

 満足した王子は俺から手を離し、座り直す。

 近すぎて死ぬかと思った……息止めてた。ああ、あれだけ近かったんだから王子の周りの空気吸っとけばよかった……何考えてんだ俺。
 ぜぇぜぇと息をして爆上がった心臓を落ち着かせる。いや、落ち着かんわ! 顔近すぎ! 逆に悪魔!(?)

「王子……! 俺が王子の顔が好きだって知ってるのに見せつけて……供給過多で死んでしまいます!」
「顔を見ただけで死ぬわけないだろ。馬鹿か」
「いやわりとありますよ! 推しの供給のこと舐めちゃダメですよ、やばいですからね!?」

 王子は足を組み、してやったり、と悪魔的な笑みを浮かべた。これは確信犯だ。天使よりの中身悪魔だ!


「さて、次は薔薇が見たくなった。お前もついて来い」
「え、薔薇って……」

 再び立ち上がった王子は、背の高さよりもっと大きな窓に近づく。その向こうには綺麗に整えられた庭園が見える。
 今日は朝から執務をしているから余裕があるのかな……? ついて来い、と言われれば従者である俺は行くしか選択肢がない。

「あちらの庭園ですか。わかりました……って」

 廊下に出るため扉に向かおうとしたとき、ガチャ、とその窓を開ける音が聞こえた。慌てて振り返ると、やわらかい風が吹き込んできた。

 王子は、窓のすぐ近くの柱に繋がれた、太めのロープを握っている。

「は 王子!? 何を!?」
「? 庭園に行こうとしている」

 当たり前だが? みたいなかわいい顔して……! 当たり前じゃないんですけど!?

「いやいやいや!? そこ窓ですが!? ここ2階なんですよ!? 落ちたら危ないですからはやくよけてください!」

 どこからそのロープ用意したんだよ! もしかして柱の影とカーテンで隠してたのか!?

「これがいちばんの近道だ」
「ええっ ちょ、待っ……」

 そのまま王子は俺の静止も聞かず、慣れた様子でロープを下に投げ、それを伝ってするすると降りてしまった。

 自由すぎる……! 開いた窓から下を覗き込むと、

「早く来ないと置いていくぞ」

 王子は俺を見上げ、ニヤリと笑った。

 城はとんでもなく広い。正規のルートで王子のところまで辿り着くのは走っても10分はかかるだろう。その間王子を1人にさせてしまう。敷地内だとしても心配だ……俺にはここを使う選択肢しかなかった。
 それをわかって王子は意地悪に笑っているんだ。

「ああ……もう! わかりました!」
「落ちたら受け止めてやる」
「そんなこと王子にさせられません!」

 王子に見られながらという緊張感はあったが、どうにか降りることはできた。切り揃った芝生の感触が気持ちいい。
 俺が足をつけたのを確認してから王子は庭園に向けて歩き出した。その後ろ姿を追って、隣に並んだ。

「こんなことして……怒られますよ」
「お前も共犯だ」

 年相応に、イタズラな笑みを浮かべた王子の横顔は、愛らしく、光のように眩しかった。
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