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壱章 愛宕山の天狗様
十二
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太郎坊は、またうーんと唸って、言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。
「僕らは参拝者の警護が役目だって言ったよね」
「え? はい」
「警護をするなら、こう……モニター室で監視カメラを全台見張ってる人と、お客さんの中に混ざって見張る人と両方いれば安全だと思わない?」
「……はい?」
いきなり何の話かわからなくなったが、藍はとりあえず頷いた。
「つまりね、僕は今日非番だったけど、当番の人もいたわけ。で、木を隠すなら森っていうでしょ?」
「は……はい?」
「あんまりはっきり言っちゃうわけにはいかないんだけど……まぁ要するに、当番の人っていうのは、参拝者に紛れてるんだよ。中堅~ベテラン登山者風に変装してるんだ。それでね、藍とお母さんは今日、そんな人と会話をしなかった?」
「ベテラン登山者風……あ!」
そんな人に、会った。最初の休憩所で出会った、すごく親切で聞き上手な、登山者だ。人の好さそうな笑みで、母の店に来てくれると言った、あの男性だ。
思い出した様子の藍を見ながら、太郎坊は懐から一枚の小さな紙を取り出して、ひらひら見せた。
「そ、それ……!」
「ダメだよ。知らない人にあんなに個人情報漏らしちゃ」
手に持っていたのは、『小料理屋 ゆう』のショップカード。あの時、男性に渡したものだ。
「それはただのお店の情報で……ああ、でも……ううぅ……」
お店の紹介をするだけでなく、自分たちの情報も色々と話していた記憶が蘇って来た。
あわあわ言うばかりで声にならない藍を、にんまりしながら眺めていた。
自分でもしゃべり過ぎたと思っていただけに、ぐうの音も出ない。現に今、怪しいと思っていた人にすべて筒抜けだったのだ。
どういうわけか知られていたのではなく、自分からペラペラしゃべっていたとは、不覚だった。
「あ、あの……!」
「うん?」
諸々の謎は解けた。だからこそ、言っておかねばならないことがあった。藍が最も承服できない言葉について、だ。
「すごく申し訳ないんですけど、私はあなたの許嫁なんかじゃありません」
太郎坊が瞬きする間にも、藍は一気に思っていることを述べた。
「い、許嫁だったのは千年前の人で、仮に万が一、私が本当に生まれ変わりだとしても、私とは関係ない話だと思うんです。だから……」
「うん」
意外にも、太郎坊はじっとその言葉を聞いていた。そして取り乱すことなく、ふんわりと微笑んで言った。
「言ったでしょ。僕も全部トントン拍子に進むとは思ってないって。これからだよ。情報収集も、外堀を埋めるのも、陥落させるのも、ね……ふふふ」
「なっ!?」
聞き捨てならない言葉だったが、太郎坊は微笑みで反論を封じた。そして、おもむろに藍の背後を指さした。
「それじゃ行こうか」
「い、行くってどこへですか?」
藍は自分でも知らず、間の抜けた声になってしまった。
その声に、太郎坊が可笑しそうにくすくす笑った。
「お母さんのところ」
「へ?」
さらに素っ頓狂な声が出た。すると、その時太郎坊のものではない別の声が聞こえてきた。
「藍ちゃん!」
母・優子の声だ。悲鳴に近い叫び声だった。
「お母さん!」
声のする方に走っていくと、涙を浮かべた母の姿が見えた。今度はちゃんと近寄って、抱き合うことができたのだった。
「良かった! 無事? けがはない?」
「うん、無事だよ。あの人に助けてもらって……」
そう言って太郎坊を紹介しようと振り返った。だが、母と共に首をかしげることになる。
先ほどまで太郎坊が立っていた場所には、誰一人いなかったからだ。
「あの人って?」
「えぇと……」
何と説明すればいいか、わからなかった。ただの登山客ではない、天狗というにわかには信じられない存在を、どう説明すればいいのやら。
だがふと掌に視線を落とすと、太郎坊が巻いてくれた白い布がしっかりと在った。夢ではなかった。それだけは言える。
母は藍が口をつぐんだ様子と、掌の手当の跡を見て、そっと手を握った。
「親切な人が、助けてくださったのね」
「……うん、そう。とっても親切な人がいたの」
母が静かに頷くと、後ろを着いてきていたらしい大人の男性たちも近寄って来た。皆、しっかりした登山装備をしている。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「……平気です」
藍は母と捜索隊の人々に囲まれて、早々に山を降りていった。家に帰るまでも、帰ってからもずっと、今のこの様子も太郎坊はどこかで見ているのだろうかと、気になっていた。
そしてもう一つーーあの時、太郎坊が神通力で瞬間移動する直前に渡された鈴を、返しそびれていたと、気に病んでいたのだった。
「僕らは参拝者の警護が役目だって言ったよね」
「え? はい」
「警護をするなら、こう……モニター室で監視カメラを全台見張ってる人と、お客さんの中に混ざって見張る人と両方いれば安全だと思わない?」
「……はい?」
いきなり何の話かわからなくなったが、藍はとりあえず頷いた。
「つまりね、僕は今日非番だったけど、当番の人もいたわけ。で、木を隠すなら森っていうでしょ?」
「は……はい?」
「あんまりはっきり言っちゃうわけにはいかないんだけど……まぁ要するに、当番の人っていうのは、参拝者に紛れてるんだよ。中堅~ベテラン登山者風に変装してるんだ。それでね、藍とお母さんは今日、そんな人と会話をしなかった?」
「ベテラン登山者風……あ!」
そんな人に、会った。最初の休憩所で出会った、すごく親切で聞き上手な、登山者だ。人の好さそうな笑みで、母の店に来てくれると言った、あの男性だ。
思い出した様子の藍を見ながら、太郎坊は懐から一枚の小さな紙を取り出して、ひらひら見せた。
「そ、それ……!」
「ダメだよ。知らない人にあんなに個人情報漏らしちゃ」
手に持っていたのは、『小料理屋 ゆう』のショップカード。あの時、男性に渡したものだ。
「それはただのお店の情報で……ああ、でも……ううぅ……」
お店の紹介をするだけでなく、自分たちの情報も色々と話していた記憶が蘇って来た。
あわあわ言うばかりで声にならない藍を、にんまりしながら眺めていた。
自分でもしゃべり過ぎたと思っていただけに、ぐうの音も出ない。現に今、怪しいと思っていた人にすべて筒抜けだったのだ。
どういうわけか知られていたのではなく、自分からペラペラしゃべっていたとは、不覚だった。
「あ、あの……!」
「うん?」
諸々の謎は解けた。だからこそ、言っておかねばならないことがあった。藍が最も承服できない言葉について、だ。
「すごく申し訳ないんですけど、私はあなたの許嫁なんかじゃありません」
太郎坊が瞬きする間にも、藍は一気に思っていることを述べた。
「い、許嫁だったのは千年前の人で、仮に万が一、私が本当に生まれ変わりだとしても、私とは関係ない話だと思うんです。だから……」
「うん」
意外にも、太郎坊はじっとその言葉を聞いていた。そして取り乱すことなく、ふんわりと微笑んで言った。
「言ったでしょ。僕も全部トントン拍子に進むとは思ってないって。これからだよ。情報収集も、外堀を埋めるのも、陥落させるのも、ね……ふふふ」
「なっ!?」
聞き捨てならない言葉だったが、太郎坊は微笑みで反論を封じた。そして、おもむろに藍の背後を指さした。
「それじゃ行こうか」
「い、行くってどこへですか?」
藍は自分でも知らず、間の抜けた声になってしまった。
その声に、太郎坊が可笑しそうにくすくす笑った。
「お母さんのところ」
「へ?」
さらに素っ頓狂な声が出た。すると、その時太郎坊のものではない別の声が聞こえてきた。
「藍ちゃん!」
母・優子の声だ。悲鳴に近い叫び声だった。
「お母さん!」
声のする方に走っていくと、涙を浮かべた母の姿が見えた。今度はちゃんと近寄って、抱き合うことができたのだった。
「良かった! 無事? けがはない?」
「うん、無事だよ。あの人に助けてもらって……」
そう言って太郎坊を紹介しようと振り返った。だが、母と共に首をかしげることになる。
先ほどまで太郎坊が立っていた場所には、誰一人いなかったからだ。
「あの人って?」
「えぇと……」
何と説明すればいいか、わからなかった。ただの登山客ではない、天狗というにわかには信じられない存在を、どう説明すればいいのやら。
だがふと掌に視線を落とすと、太郎坊が巻いてくれた白い布がしっかりと在った。夢ではなかった。それだけは言える。
母は藍が口をつぐんだ様子と、掌の手当の跡を見て、そっと手を握った。
「親切な人が、助けてくださったのね」
「……うん、そう。とっても親切な人がいたの」
母が静かに頷くと、後ろを着いてきていたらしい大人の男性たちも近寄って来た。皆、しっかりした登山装備をしている。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「……平気です」
藍は母と捜索隊の人々に囲まれて、早々に山を降りていった。家に帰るまでも、帰ってからもずっと、今のこの様子も太郎坊はどこかで見ているのだろうかと、気になっていた。
そしてもう一つーーあの時、太郎坊が神通力で瞬間移動する直前に渡された鈴を、返しそびれていたと、気に病んでいたのだった。
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