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三皿目 鉄壁のカツに勝て!
トンちゃんの戦い
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ごくごく、とトンちゃんの喉が鳴る。ジョッキに入っていた麦茶は、わずか数秒で消えていった。食べかけのカツ丼は、まだ半分以上残っている。
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
水分をとればそれだけ満腹になりやすい。これが好きな料理を注文しただけであれば特に困らないが、今は時間制限のある挑戦の最中だ。水分を一気にとるのは、失敗のリスクが高くなる。
そう、心配したのだが……
「大丈夫、ありがとうね。いっつもこれくらい飲むから平気やで」
そう言って、トンちゃんはジョッキを返してきた。
「おかわり、もろていい? お茶の分は後で払うから」
ニコニコしながらそう言うトンちゃんだったが、そのまま動きを止めていた。その様子を、正面に座っている辰巳が見ている。見ていない風を装っているが、チラチラのぞき見しているのがバレバレなのだった。
トンちゃんは気付かないふりをしつつ、お茶のおかわりを待っているようだ。その様子が、陽菜もなにかひっかかる。
「お代はいい(と思う)んですけど、もしかして……食べるの辛いですか?」
「え?」
トンちゃんは驚いて肩をふるわせていた。
(やっぱり)
薄々、そんな気がしていた。
食べ始めた頃は陽菜も驚くほどハイペースだった。だというのに、陽菜が厨房に戻ったわずかな間に手が止まってしまっている。急にカツを頬張るのをやめ、水や味の薄いキャベツにばかり手を伸ばしている。
「カツが、辛いんですか? 脂っこいとか? いつもと味が違うとか?」
「味……うん、味はなんか違うね。調理方法、変えたん?」
「えーと、食材が……いつもよりだいぶ良いお肉を……」
「ああ、だからかぁ。めっちゃ美味しいもん。いつもの何倍も!」
その言葉は本心なのだろう。トンちゃんの瞳は輝いていた。
金さんの料理が褒められると陽菜も嬉しい。だけど今は、それが確信となった。
「じゃあ、なんで手が止まってるんですか?」
「え……」
トンちゃんは、咄嗟に何も言葉を返さなかった。ますます、確信した。
「ちょっと口が疲れてん。ずっと大口で食べとったから」
それは確かに、あるかもしれない。だけど先ほどからトンちゃんの手が、箸を避けているように見えていた。視線も、同様である。
味や食べ応えに問題がないなら、見せない表情だと、陽菜は思う。
「もしかして、具合が悪いんじゃ……? 少なくとも胃がトンカツをこんなにいっぱい受け付けない状態なんじゃないですか?」
「ホンマに大丈夫やから。陽菜ちゃん、優しいなぁ」
ごまかしに入った。ますます怪しい。
「あの……美味しいものを食べるのは嬉しいですけど、でもそれは、食べた人が具合を悪くするんだったら意味がないと思うんです」
「意味がないて、そんな……」
苦笑いを返すトンちゃんに、陽菜は毅然と告げた。
「意味ないです。ご飯を食べるのは、お腹いっぱいになって、気持ちもあったかくなって、栄養も取れる……これ以上ない嬉しいことです。だけど今の状態は、正反対です。食べきれるか分からないし、苦しそうだし、なにより身体に良くないです」
陽菜がそう言う間にも、トンちゃんは何度も箸を握り直そうとする。そして「でも」と呟いていた。
「でも……でも、うちがこの挑戦をやらんと、あきちゃんの試合が……連勝続きやのに……!」
トンちゃんは、陽菜の言葉を頑なに固辞しようとする。だけど、彼女の顔色は先ほどよりも良くない。血の気が引いて、土気色だ。
「あの、本当に、もう……!」
辞めた方が、と言おうとした。だが、できなかった。トンちゃんが陽菜の腕を強く掴んで迫った。何度打ちのめされても立ち上がる、リングの上の戦士のような瞳だった。
「あかんよ。あかん……うちが、絶対に……」
「おい、いい加減に……!」
たまりかねたように辰巳が叫ぶ。だが、それすらも、途切れた。
辰巳の叫び声が届くより前に、トンちゃんは意識を失ったのだった。
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
水分をとればそれだけ満腹になりやすい。これが好きな料理を注文しただけであれば特に困らないが、今は時間制限のある挑戦の最中だ。水分を一気にとるのは、失敗のリスクが高くなる。
そう、心配したのだが……
「大丈夫、ありがとうね。いっつもこれくらい飲むから平気やで」
そう言って、トンちゃんはジョッキを返してきた。
「おかわり、もろていい? お茶の分は後で払うから」
ニコニコしながらそう言うトンちゃんだったが、そのまま動きを止めていた。その様子を、正面に座っている辰巳が見ている。見ていない風を装っているが、チラチラのぞき見しているのがバレバレなのだった。
トンちゃんは気付かないふりをしつつ、お茶のおかわりを待っているようだ。その様子が、陽菜もなにかひっかかる。
「お代はいい(と思う)んですけど、もしかして……食べるの辛いですか?」
「え?」
トンちゃんは驚いて肩をふるわせていた。
(やっぱり)
薄々、そんな気がしていた。
食べ始めた頃は陽菜も驚くほどハイペースだった。だというのに、陽菜が厨房に戻ったわずかな間に手が止まってしまっている。急にカツを頬張るのをやめ、水や味の薄いキャベツにばかり手を伸ばしている。
「カツが、辛いんですか? 脂っこいとか? いつもと味が違うとか?」
「味……うん、味はなんか違うね。調理方法、変えたん?」
「えーと、食材が……いつもよりだいぶ良いお肉を……」
「ああ、だからかぁ。めっちゃ美味しいもん。いつもの何倍も!」
その言葉は本心なのだろう。トンちゃんの瞳は輝いていた。
金さんの料理が褒められると陽菜も嬉しい。だけど今は、それが確信となった。
「じゃあ、なんで手が止まってるんですか?」
「え……」
トンちゃんは、咄嗟に何も言葉を返さなかった。ますます、確信した。
「ちょっと口が疲れてん。ずっと大口で食べとったから」
それは確かに、あるかもしれない。だけど先ほどからトンちゃんの手が、箸を避けているように見えていた。視線も、同様である。
味や食べ応えに問題がないなら、見せない表情だと、陽菜は思う。
「もしかして、具合が悪いんじゃ……? 少なくとも胃がトンカツをこんなにいっぱい受け付けない状態なんじゃないですか?」
「ホンマに大丈夫やから。陽菜ちゃん、優しいなぁ」
ごまかしに入った。ますます怪しい。
「あの……美味しいものを食べるのは嬉しいですけど、でもそれは、食べた人が具合を悪くするんだったら意味がないと思うんです」
「意味がないて、そんな……」
苦笑いを返すトンちゃんに、陽菜は毅然と告げた。
「意味ないです。ご飯を食べるのは、お腹いっぱいになって、気持ちもあったかくなって、栄養も取れる……これ以上ない嬉しいことです。だけど今の状態は、正反対です。食べきれるか分からないし、苦しそうだし、なにより身体に良くないです」
陽菜がそう言う間にも、トンちゃんは何度も箸を握り直そうとする。そして「でも」と呟いていた。
「でも……でも、うちがこの挑戦をやらんと、あきちゃんの試合が……連勝続きやのに……!」
トンちゃんは、陽菜の言葉を頑なに固辞しようとする。だけど、彼女の顔色は先ほどよりも良くない。血の気が引いて、土気色だ。
「あの、本当に、もう……!」
辞めた方が、と言おうとした。だが、できなかった。トンちゃんが陽菜の腕を強く掴んで迫った。何度打ちのめされても立ち上がる、リングの上の戦士のような瞳だった。
「あかんよ。あかん……うちが、絶対に……」
「おい、いい加減に……!」
たまりかねたように辰巳が叫ぶ。だが、それすらも、途切れた。
辰巳の叫び声が届くより前に、トンちゃんは意識を失ったのだった。
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