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SS「天狗と狐と付喪神~出会いには油揚げを添えて~」
次々に並ぶ皿
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「どうぞ。油揚げと三つ葉のお吸い物です」
小ぶりな汁椀が、銀と銅の前に置かれた。蓋をとると、出汁の香りがほんのり香ってくる。そこにちょこんと添えられた柚が、スッキリした香りを挿す。
「香りだけでも十分美味しいですね」
「香りと味がたっぷりとしみこんで、油揚げが更に美味いですぞ」
双子が、ずずずっと音を立ててすまし汁をすする。口に含んだ後、ぽかぽか温まったような顔で息をつく。
「美味そうだな」
二人の様子を、伊三次はただぼーっと眺めていた。双子に供された椀は、伊三次の方には出されていない。「これは、二人のための料理だ」ときっぱり言われてしまったためだ。
「別に同じもんを食わせろとは言わんが……俺も何か食わせてくれねえか?」
「うーん、今日はこの二人の貸し切りになりましたからねぇ」
「……この二人の分の支払いは俺がするんだが?」
「じゃあ、会席が最後まで終われば、ということで」
そう言って、剣は先ほどの突き出しをもう一皿、伊三次の前に置いた。
「あんた……客を差別するのか?」
「食を疎かにする者の前では許されると、俺は思ってますよ」
とんでもない屁理屈だが……剣の鋭い視線の前では反論できなかった。あやかしである双子は、野菜や肉をとらなかったからといって、特に飢え死にするわけでもないのだ。そう思って疎かにしていたのは確かなので、今、こんな状況になっている。
(恐ろしくはないが……厄介なのに出くわしちまったな)
ため息交じりにそんなことを思っていると、再び双子のもとに皿が置かれた。汁椀から間を置かずに出てきたと思ったら、今度はえらく簡素だ。
美しく短冊のように切りそろえられた、煮ても焼いてもいない油揚げに、ポン酢醤油とわさびが添えられている。
「……これは?」
きょとんとして尋ねる銀に、剣は温かな笑みで答えた。
「見ての通り、油揚げのさっぱりポン酢添えだ。向付と思ってくれ」
向付とは、会席料理で言うところのお造り……お刺身などを指す。店によって様々手を懲らせたものではあるのだが……さすがに、銀も銅も、こっそり伊三次も、目をぱちくりさせていた。
だが剣がわくわくして二人を見つめるので、おそるそおる箸を向けた。
「……美味です」
「美味……ですな」
「良かった。煮たり焼いたり和えたりしないものでも、美味いだろう?」
双子が、コクリと頷く。意図がよくわからないようだが、美味しいのは確かなようで、パクパク食べ進めている。
そして二人が食べている間に、剣は、今度は何かを焼いていた。ジュワッと烈しい音が静かだった店内に響く。同時に、こんがりと肉が焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。
双子の瞳がらんらんと輝き、ポン酢添えを食べ終わるのとほぼ同時に、剣は次の皿を差し出した。そこに載っていたのは……
「……油揚げ?」
「その通り。食べてみてくれ」
会席料理の順番で言うなら、これは『煮物』。確かに丸く切り分けられたふっくらした油揚げからは、美味しそうな出汁と醤油の合わさった香りがする。いなり寿司のように袋詰めになっているわけでもないようだが、中に何かが詰まっている。
「……肉が詰まっておりますな」
「肉の旨味と汁の味が沁みて、非常に美味です」
双子が一口かじる度、じゅわっと煮汁がこぼれ落ちている。こんがりとした焼き目が付いた断面と、煮汁を吸ってずっしりした油揚げがジューシーな肉に見える。
「一度焼いて旨味を閉じ込めてから煮込んだんだ。洋食風に言うなら、ロールキャベツならぬロール油揚げといったところかな」
「ははは……左様ですな」
香りと、音と、色……どれをとっても美味しそうだ。だが、伊三次には双子たちのもう一つの感情が見え始めていた。すなわち『戸惑い』だ。伊三次も、うすうす感じ始めていたことだ。
そんな双子たちの戸惑いなど目もくれず、剣は新たな皿を差し出す。
「さぁ、次は焼き物だぞ。『油揚げと小松菜の甘味噌炒め』だ。焼き物とはちょっと違うが、煮物とは違った濃いめの味付けで油揚げをたんと食べてくれ」
「あ……ありがたく……!」
銀が、ひきつった笑みを見せた。銅は、言葉も出ないようだ。
そんな二人がちらちらと伊三次に視線を送った。二人の言いたいことがなんとなく伝わった伊三次は、剣に向けて挙手して尋ねた。
「あ~……一つ聞きたいんだが……この会席料理のコンセプトっつうか……主題は?」
すると剣は、どんと胸を張って答えた。
「もちろん、『油揚げをこれまで食べた中で一番美味しく食べられる会食料理』だ」
小ぶりな汁椀が、銀と銅の前に置かれた。蓋をとると、出汁の香りがほんのり香ってくる。そこにちょこんと添えられた柚が、スッキリした香りを挿す。
「香りだけでも十分美味しいですね」
「香りと味がたっぷりとしみこんで、油揚げが更に美味いですぞ」
双子が、ずずずっと音を立ててすまし汁をすする。口に含んだ後、ぽかぽか温まったような顔で息をつく。
「美味そうだな」
二人の様子を、伊三次はただぼーっと眺めていた。双子に供された椀は、伊三次の方には出されていない。「これは、二人のための料理だ」ときっぱり言われてしまったためだ。
「別に同じもんを食わせろとは言わんが……俺も何か食わせてくれねえか?」
「うーん、今日はこの二人の貸し切りになりましたからねぇ」
「……この二人の分の支払いは俺がするんだが?」
「じゃあ、会席が最後まで終われば、ということで」
そう言って、剣は先ほどの突き出しをもう一皿、伊三次の前に置いた。
「あんた……客を差別するのか?」
「食を疎かにする者の前では許されると、俺は思ってますよ」
とんでもない屁理屈だが……剣の鋭い視線の前では反論できなかった。あやかしである双子は、野菜や肉をとらなかったからといって、特に飢え死にするわけでもないのだ。そう思って疎かにしていたのは確かなので、今、こんな状況になっている。
(恐ろしくはないが……厄介なのに出くわしちまったな)
ため息交じりにそんなことを思っていると、再び双子のもとに皿が置かれた。汁椀から間を置かずに出てきたと思ったら、今度はえらく簡素だ。
美しく短冊のように切りそろえられた、煮ても焼いてもいない油揚げに、ポン酢醤油とわさびが添えられている。
「……これは?」
きょとんとして尋ねる銀に、剣は温かな笑みで答えた。
「見ての通り、油揚げのさっぱりポン酢添えだ。向付と思ってくれ」
向付とは、会席料理で言うところのお造り……お刺身などを指す。店によって様々手を懲らせたものではあるのだが……さすがに、銀も銅も、こっそり伊三次も、目をぱちくりさせていた。
だが剣がわくわくして二人を見つめるので、おそるそおる箸を向けた。
「……美味です」
「美味……ですな」
「良かった。煮たり焼いたり和えたりしないものでも、美味いだろう?」
双子が、コクリと頷く。意図がよくわからないようだが、美味しいのは確かなようで、パクパク食べ進めている。
そして二人が食べている間に、剣は、今度は何かを焼いていた。ジュワッと烈しい音が静かだった店内に響く。同時に、こんがりと肉が焼ける香ばしい匂いが漂い始めた。
双子の瞳がらんらんと輝き、ポン酢添えを食べ終わるのとほぼ同時に、剣は次の皿を差し出した。そこに載っていたのは……
「……油揚げ?」
「その通り。食べてみてくれ」
会席料理の順番で言うなら、これは『煮物』。確かに丸く切り分けられたふっくらした油揚げからは、美味しそうな出汁と醤油の合わさった香りがする。いなり寿司のように袋詰めになっているわけでもないようだが、中に何かが詰まっている。
「……肉が詰まっておりますな」
「肉の旨味と汁の味が沁みて、非常に美味です」
双子が一口かじる度、じゅわっと煮汁がこぼれ落ちている。こんがりとした焼き目が付いた断面と、煮汁を吸ってずっしりした油揚げがジューシーな肉に見える。
「一度焼いて旨味を閉じ込めてから煮込んだんだ。洋食風に言うなら、ロールキャベツならぬロール油揚げといったところかな」
「ははは……左様ですな」
香りと、音と、色……どれをとっても美味しそうだ。だが、伊三次には双子たちのもう一つの感情が見え始めていた。すなわち『戸惑い』だ。伊三次も、うすうす感じ始めていたことだ。
そんな双子たちの戸惑いなど目もくれず、剣は新たな皿を差し出す。
「さぁ、次は焼き物だぞ。『油揚げと小松菜の甘味噌炒め』だ。焼き物とはちょっと違うが、煮物とは違った濃いめの味付けで油揚げをたんと食べてくれ」
「あ……ありがたく……!」
銀が、ひきつった笑みを見せた。銅は、言葉も出ないようだ。
そんな二人がちらちらと伊三次に視線を送った。二人の言いたいことがなんとなく伝わった伊三次は、剣に向けて挙手して尋ねた。
「あ~……一つ聞きたいんだが……この会席料理のコンセプトっつうか……主題は?」
すると剣は、どんと胸を張って答えた。
「もちろん、『油揚げをこれまで食べた中で一番美味しく食べられる会食料理』だ」
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