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SS「クリスマスの小さな猫に、祈りをこめて」
4 猫を好きな子
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その翌年のクリスマスには、女性は店に来なかった。さらに翌年……つまり今年は栗間が独立して店を持ち、あの店からは離れた。もう、あの女性とは会えないだろう。
どうして二度と来なかったのか、理由はわからない。別の店のお菓子を気に入ったのかもしれない。仕事が変わったのかもしれない。引っ越したのかもしれない。栗間のことなど、忘れたのかもしれない。
どんな理由だろうと、栗間が知ることはもうできないのだろうと思った。
だがそれでも、あの瞬間の笑みが、栗間は忘れられなかった。消え入りそうだったか弱い面持ちに一瞬で朱が指し、暗闇に明かりが灯ったかのように希望を宿した笑みが。だから自分の店を持った今でも、あのチョコだけは変わらず作り続けている。
娘のためにと、あの人のような誰かが買い求めるかもしれないから、猫のチョコばかり。
「我ながら、バカだと思うよ……」
誰もいない店の中で、栗間は独り呟く。そう思いながらも、今日も猫のチョコをカゴに補充しているのだった。
幸いなことにご近所ではこのチョコも評判だ。低価格で美味しいと、皆が笑顔で言ってくれる。作り続けたからこその結果だ。
栗間がこのチョコを作り続けた理由となる人物は、あの女性以外にも、もう一人いる。
そのもう一人を思い浮かべた、ちょうどその時――カランとドアベルが鳴った。見ると、遠慮がちな笑みを浮かべた小さな小さな少女が、ちょこんと立っていた。
栗間は、そのかわいらしさに思わずにっこり笑い、告げた。
「いらっしゃいませ、悠ちゃん」
栗間がそう言うと、悠はにっこりと笑い返して、ぺこりとお辞儀をした。その後ろから、大柄な男性が入ってくる。
「こんにちは」
悠の父親・剣だ。栗間は剣と悠、二人に対してぺこりとお辞儀をする。
二人とも開店当初からの常連客だ。この商店街では有名な仲良し親子で、二人が歩いていると道行く人や商店街中の店の者が全員声をかけてしまう。かくいう栗間も、声をかけずにいられないのだが。
だが噂によると、二人は血の繋がった親子ではないらしい。独り身でいた剣が、ある日いきなりこの悠を引き取ったのだとか。
母親はどうしたのか、本当に親類なのか、どういった経緯で独身の剣が引き取ることになったのか……憶測はやまないが、皆、思いは同じだった。
悠が剣と一緒にいて、とても幸せそうだということだ。親元から離れた小さな子どもが、萎縮することなく、心から剣を信頼し、誰よりも慕っている。剣もまた、不器用ながらも悠のことを一番に考えている。
それならば、今のこの二人の関係は、決して悪いものじゃない。きっと、これでいいのだ。
クリスマス前には何やらケンカをしていたようだが、今ではすっかり元通りの仲良しだ。
二人の仲睦まじい姿を見れば、皆、その考えに至るのだった。もちろん、栗間も。
「今日は、何になさいますか?」
「ケーキを4つとプリンをください。それと……」
剣がショーケースを見ながらそう言い、次いで視線を悠に移す。悠はキラキラ目を輝かせながら、一直線に壁際の焼菓子コーナーに向かった。
「これ!」
悠は迷いなく、猫のチョコレートを手に取った。剣も栗間も圧倒されるような勢いに、栗間は思わずクスッと笑った。
「はい、わかりました。悠ちゃんは、本当にこの猫ちゃんが好きですね」
「うん、好き!」
そう満面の笑みで言われれば、ますます嬉しくなる。
剣に視線を送ると、剣もまた、いつもの光景に頬を緩めていた。剣が指定したケーキとプリンも一緒に、レジで会計していると、栗間はどうしてか、ふと聞いてみたくなった。
「どうして……最初から、そんなにこの猫ちゃんを気に入ってくれたんですか?」
悠の答えは予想できた。単に猫が好きだからとか、可愛いからだとか、そういう範疇だろうと。
だが尋ねてから視線を向けると、悠は先ほどよりも更に頬を赤くして、嬉しそうな顔で告げた。
「お母さんが、くれたから!」
どうして二度と来なかったのか、理由はわからない。別の店のお菓子を気に入ったのかもしれない。仕事が変わったのかもしれない。引っ越したのかもしれない。栗間のことなど、忘れたのかもしれない。
どんな理由だろうと、栗間が知ることはもうできないのだろうと思った。
だがそれでも、あの瞬間の笑みが、栗間は忘れられなかった。消え入りそうだったか弱い面持ちに一瞬で朱が指し、暗闇に明かりが灯ったかのように希望を宿した笑みが。だから自分の店を持った今でも、あのチョコだけは変わらず作り続けている。
娘のためにと、あの人のような誰かが買い求めるかもしれないから、猫のチョコばかり。
「我ながら、バカだと思うよ……」
誰もいない店の中で、栗間は独り呟く。そう思いながらも、今日も猫のチョコをカゴに補充しているのだった。
幸いなことにご近所ではこのチョコも評判だ。低価格で美味しいと、皆が笑顔で言ってくれる。作り続けたからこその結果だ。
栗間がこのチョコを作り続けた理由となる人物は、あの女性以外にも、もう一人いる。
そのもう一人を思い浮かべた、ちょうどその時――カランとドアベルが鳴った。見ると、遠慮がちな笑みを浮かべた小さな小さな少女が、ちょこんと立っていた。
栗間は、そのかわいらしさに思わずにっこり笑い、告げた。
「いらっしゃいませ、悠ちゃん」
栗間がそう言うと、悠はにっこりと笑い返して、ぺこりとお辞儀をした。その後ろから、大柄な男性が入ってくる。
「こんにちは」
悠の父親・剣だ。栗間は剣と悠、二人に対してぺこりとお辞儀をする。
二人とも開店当初からの常連客だ。この商店街では有名な仲良し親子で、二人が歩いていると道行く人や商店街中の店の者が全員声をかけてしまう。かくいう栗間も、声をかけずにいられないのだが。
だが噂によると、二人は血の繋がった親子ではないらしい。独り身でいた剣が、ある日いきなりこの悠を引き取ったのだとか。
母親はどうしたのか、本当に親類なのか、どういった経緯で独身の剣が引き取ることになったのか……憶測はやまないが、皆、思いは同じだった。
悠が剣と一緒にいて、とても幸せそうだということだ。親元から離れた小さな子どもが、萎縮することなく、心から剣を信頼し、誰よりも慕っている。剣もまた、不器用ながらも悠のことを一番に考えている。
それならば、今のこの二人の関係は、決して悪いものじゃない。きっと、これでいいのだ。
クリスマス前には何やらケンカをしていたようだが、今ではすっかり元通りの仲良しだ。
二人の仲睦まじい姿を見れば、皆、その考えに至るのだった。もちろん、栗間も。
「今日は、何になさいますか?」
「ケーキを4つとプリンをください。それと……」
剣がショーケースを見ながらそう言い、次いで視線を悠に移す。悠はキラキラ目を輝かせながら、一直線に壁際の焼菓子コーナーに向かった。
「これ!」
悠は迷いなく、猫のチョコレートを手に取った。剣も栗間も圧倒されるような勢いに、栗間は思わずクスッと笑った。
「はい、わかりました。悠ちゃんは、本当にこの猫ちゃんが好きですね」
「うん、好き!」
そう満面の笑みで言われれば、ますます嬉しくなる。
剣に視線を送ると、剣もまた、いつもの光景に頬を緩めていた。剣が指定したケーキとプリンも一緒に、レジで会計していると、栗間はどうしてか、ふと聞いてみたくなった。
「どうして……最初から、そんなにこの猫ちゃんを気に入ってくれたんですか?」
悠の答えは予想できた。単に猫が好きだからとか、可愛いからだとか、そういう範疇だろうと。
だが尋ねてから視線を向けると、悠は先ほどよりも更に頬を赤くして、嬉しそうな顔で告げた。
「お母さんが、くれたから!」
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