12 / 26
第一章 桜舞う
七
しおりを挟む
「わてにも、ちゃんと考えがあってのことだす。あんさん……異能がおありなんやて?」
「は、はい……」
「今、見せてもろても?」
そう言うと、志乃は女中に目配せをした。女中はすぐにろうそくの載ったお盆を運んできた。
綾の異能がどういうものか、知っているのだ。
ここで、この場を飛び出すこともできるかもしれない。だが、それをさせない気迫が、志乃にはあった。
綾は諦めて、手のひらを唇に近づけた。ふわりと花びらのような小さな火を作り、小さく息を吹きかける。努めて、優しく。
すると、お盆の上に立てていたろうそくに、ぽつりと、火が灯った。火は、芯に宿って煌々と周囲を照らしている。
「確かに」
志乃はしっかりと頷き、すぐにろうそくを吹き消した。
綾は、なんだか拍子抜けしていた。藤堂家では、ほんの少し火の粉を出してしまっただけで父が狼狽え、そして怒り狂っていた。
それに対して、目の前の志乃の、なんと悠然としたことか。
「異能を見たら怯えるか、好奇の目で見ると……そう思てましたんか?」
「は、はい……申し訳ございません」
「謝ることなんか、あれへん。今の世の中、そういうもんやさかいな。ホンマに生きづらいことや」
その物言いに、ふわりと思い至るところがあった。
「あの……もしや、奥様も……?」
「なんや、ご両親から聞いてはらへんの? この辰巳家かて、武家の血筋なんでっせ。異能の一つや二つ、あっても不思議やあれへん」
「いえ、二つの異能を持つ人はいないかと……」
「とにかく。うちでは異能なんて珍しいもんでもなんでもないよって。気にせんでよろしい」
志乃の言葉を咀嚼するのに、少しばかり時間がかかった。
「……え? 珍しくない? 異能者が、ですか?」
「そうや。わてもそうやし、うちの次男坊もそうや。奉公人にも何人かおりまっせ。それに……」
志乃の視線が、ふいに綾から外れる。今いる客間の外を見つめているようだった。
その視線を追うと、青々とした木々と、そこに点々と咲く花々が見えた。その更に奥――小さな木戸で仕切られた先に、建物が見えた。
「あそこにおる、あんさんの夫の宗一郎。あの子も、異能を持ってます」
「……氷の異能を、お持ちとか」
「なんや、知ってるんやないの。そら許嫁のことは知ってはるわな」
なぜか、宗一郎の噂だけは聞こえていたのだ。辰巳家の『氷の跡取り』『シベリア帰りの氷結人間』と。それが彼の生まれ持った氷の異能を揶揄してのものだということも、有名だった。
「氷の男に、炎の嫁……帳尻の合う話やと思いまへんか?」
「帳尻だなんて……」
「ああ、そんな呼び方は嫌やろな。お似合いの二人やと、わては思います」
言い方を変えたところで、意図は変わらない。それに対する綾の戸惑いも。
首を傾げている綾の目の前で、志乃がパンと手を叩いた。
「ほれ、難しい顔せんと。ようは、あんさんはこのまま、うちに来たらよろしい。そういうこっちゃ」
『そういうこっちゃ』とは、どういうことか……そう言いたかったけれど、綾には言えなかった……。
だけど、疑問は消えないどころか、膨らむばかりだ。
(どうして奥様は、こんなにもよくしてくださるのかしら……?)
そして、もう一つ。
(どうして私を、嫁として迎え入れてくださったのかしら?)
「は、はい……」
「今、見せてもろても?」
そう言うと、志乃は女中に目配せをした。女中はすぐにろうそくの載ったお盆を運んできた。
綾の異能がどういうものか、知っているのだ。
ここで、この場を飛び出すこともできるかもしれない。だが、それをさせない気迫が、志乃にはあった。
綾は諦めて、手のひらを唇に近づけた。ふわりと花びらのような小さな火を作り、小さく息を吹きかける。努めて、優しく。
すると、お盆の上に立てていたろうそくに、ぽつりと、火が灯った。火は、芯に宿って煌々と周囲を照らしている。
「確かに」
志乃はしっかりと頷き、すぐにろうそくを吹き消した。
綾は、なんだか拍子抜けしていた。藤堂家では、ほんの少し火の粉を出してしまっただけで父が狼狽え、そして怒り狂っていた。
それに対して、目の前の志乃の、なんと悠然としたことか。
「異能を見たら怯えるか、好奇の目で見ると……そう思てましたんか?」
「は、はい……申し訳ございません」
「謝ることなんか、あれへん。今の世の中、そういうもんやさかいな。ホンマに生きづらいことや」
その物言いに、ふわりと思い至るところがあった。
「あの……もしや、奥様も……?」
「なんや、ご両親から聞いてはらへんの? この辰巳家かて、武家の血筋なんでっせ。異能の一つや二つ、あっても不思議やあれへん」
「いえ、二つの異能を持つ人はいないかと……」
「とにかく。うちでは異能なんて珍しいもんでもなんでもないよって。気にせんでよろしい」
志乃の言葉を咀嚼するのに、少しばかり時間がかかった。
「……え? 珍しくない? 異能者が、ですか?」
「そうや。わてもそうやし、うちの次男坊もそうや。奉公人にも何人かおりまっせ。それに……」
志乃の視線が、ふいに綾から外れる。今いる客間の外を見つめているようだった。
その視線を追うと、青々とした木々と、そこに点々と咲く花々が見えた。その更に奥――小さな木戸で仕切られた先に、建物が見えた。
「あそこにおる、あんさんの夫の宗一郎。あの子も、異能を持ってます」
「……氷の異能を、お持ちとか」
「なんや、知ってるんやないの。そら許嫁のことは知ってはるわな」
なぜか、宗一郎の噂だけは聞こえていたのだ。辰巳家の『氷の跡取り』『シベリア帰りの氷結人間』と。それが彼の生まれ持った氷の異能を揶揄してのものだということも、有名だった。
「氷の男に、炎の嫁……帳尻の合う話やと思いまへんか?」
「帳尻だなんて……」
「ああ、そんな呼び方は嫌やろな。お似合いの二人やと、わては思います」
言い方を変えたところで、意図は変わらない。それに対する綾の戸惑いも。
首を傾げている綾の目の前で、志乃がパンと手を叩いた。
「ほれ、難しい顔せんと。ようは、あんさんはこのまま、うちに来たらよろしい。そういうこっちゃ」
『そういうこっちゃ』とは、どういうことか……そう言いたかったけれど、綾には言えなかった……。
だけど、疑問は消えないどころか、膨らむばかりだ。
(どうして奥様は、こんなにもよくしてくださるのかしら……?)
そして、もう一つ。
(どうして私を、嫁として迎え入れてくださったのかしら?)
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる