14 / 26
第一章 桜舞う
九
しおりを挟む
夜の闇と見まがう暗い色の着物を纏っている。それなのに、空を舞う桜が鮮やかで、まるで雪のようで……綾の目には、その人の立ち姿が神秘的に映って仕方がない。
あまりにも艶やかで、綾は我知らず呟いていた。
「きれい――」
すると、男性の肩がピクンと跳ねた。
綾もまた、ハッと気付く。
この木戸の向こうは離れだ。だとしたら、そこに佇む男性と言えば、一人しかいない。
顔を合わせて良いものか迷っていると、男性の方が、ゆるやかに振り返った。
鼻筋の通った、整った面立ちだった。
その人の切れ長の瞳は、緩く弧を描いており、柔らかな印象だった。
繊細そうな人――綾は、そう思った。
その人は、はじめは驚いた様子だったが、やがて花が綻ぶように、ふわりと微笑んだ。
「うん。綺麗やな」
何か返事をしようとして、失敗した。うまく声が出ない。
ふと見ると、その人は腕に猫を抱いていた。その人の髪と同じくらい深い黒い毛並みだった。
猫は一瞬だけ、その金色の瞳を綾に向けるも、すぐに心地よさそうに喉を鳴らして目を閉じた。
その人もまた、穏やかな笑みを猫に向けている。
綾は、今なら聞けそうな気がした。
「あ、あの……」
「うん?」
落ち着いた深い色の瞳が、綾を映す。縫い止められて、動けなくなる前に、聞かねば。
「あなたは、もしや宗……」
その名を口にしようとした、その時だった。黒猫が急に、男性の腕からぴょんと跳ねた。そして、トコトコと歩いたかと思うと、今度は綾の腕に目掛けてぴょんと飛び跳ねる。
「……え? 猫さん、どうして……?」
困惑する綾をよそに、男性はクスクス笑った。
「珍しい。君のことが気に入ったんやな」
「え? 私は何も……」
「普段は誰にも近寄らへんのやで。君のこと、よう知りたいんとちゃうか?」
そう言われても……と閉口する。
黒猫は綾の腕に収まるや、身体を丸めた。心地よさそうではあるが、興味を示しているようには見えない。
それでも男性は、微笑ましいという様子でクスクス笑った。
「良かったら、今晩、一緒に寝たってくれへんか?」
「この子と……ですか? でも、いいのですか? あなたの猫さんなのでは?」
綾の問いに、男性は首を横に振る。
「別に、俺が飼うとるわけやないよ。まぁ、よく一緒におるのは確かやけど」
「でしたら、私などが連れて行くわけには……」
「その子が、君と一緒がええみたいやから」
真綿のような声で、その人は言う。その面持ちが儚げで、どこか寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
だがそれを尋ねる前に、男性は踵を返した。
「あの!」
綾が咄嗟に声をかけると、ピタリと止まった。
「明日……明日、必ずそちらにお返しします」
そう言うと、男性は戸惑った顔をして、次いで、優しく微笑んだ。
あまりにも艶やかで、綾は我知らず呟いていた。
「きれい――」
すると、男性の肩がピクンと跳ねた。
綾もまた、ハッと気付く。
この木戸の向こうは離れだ。だとしたら、そこに佇む男性と言えば、一人しかいない。
顔を合わせて良いものか迷っていると、男性の方が、ゆるやかに振り返った。
鼻筋の通った、整った面立ちだった。
その人の切れ長の瞳は、緩く弧を描いており、柔らかな印象だった。
繊細そうな人――綾は、そう思った。
その人は、はじめは驚いた様子だったが、やがて花が綻ぶように、ふわりと微笑んだ。
「うん。綺麗やな」
何か返事をしようとして、失敗した。うまく声が出ない。
ふと見ると、その人は腕に猫を抱いていた。その人の髪と同じくらい深い黒い毛並みだった。
猫は一瞬だけ、その金色の瞳を綾に向けるも、すぐに心地よさそうに喉を鳴らして目を閉じた。
その人もまた、穏やかな笑みを猫に向けている。
綾は、今なら聞けそうな気がした。
「あ、あの……」
「うん?」
落ち着いた深い色の瞳が、綾を映す。縫い止められて、動けなくなる前に、聞かねば。
「あなたは、もしや宗……」
その名を口にしようとした、その時だった。黒猫が急に、男性の腕からぴょんと跳ねた。そして、トコトコと歩いたかと思うと、今度は綾の腕に目掛けてぴょんと飛び跳ねる。
「……え? 猫さん、どうして……?」
困惑する綾をよそに、男性はクスクス笑った。
「珍しい。君のことが気に入ったんやな」
「え? 私は何も……」
「普段は誰にも近寄らへんのやで。君のこと、よう知りたいんとちゃうか?」
そう言われても……と閉口する。
黒猫は綾の腕に収まるや、身体を丸めた。心地よさそうではあるが、興味を示しているようには見えない。
それでも男性は、微笑ましいという様子でクスクス笑った。
「良かったら、今晩、一緒に寝たってくれへんか?」
「この子と……ですか? でも、いいのですか? あなたの猫さんなのでは?」
綾の問いに、男性は首を横に振る。
「別に、俺が飼うとるわけやないよ。まぁ、よく一緒におるのは確かやけど」
「でしたら、私などが連れて行くわけには……」
「その子が、君と一緒がええみたいやから」
真綿のような声で、その人は言う。その面持ちが儚げで、どこか寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
だがそれを尋ねる前に、男性は踵を返した。
「あの!」
綾が咄嗟に声をかけると、ピタリと止まった。
「明日……明日、必ずそちらにお返しします」
そう言うと、男性は戸惑った顔をして、次いで、優しく微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる