鬼嫁はんとばけもん旦那~大正異能夫婦(めおと)喜譚~

真鳥カノ

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第一章 桜舞う

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 夜の闇と見まがう暗い色の着物を纏っている。それなのに、空を舞う桜が鮮やかで、まるで雪のようで……綾の目には、その人の立ち姿が神秘的に映って仕方がない。
 あまりにも艶やかで、綾は我知らず呟いていた。
「きれい――」
 すると、男性の肩がピクンと跳ねた。
 綾もまた、ハッと気付く。
 この木戸の向こうは離れだ。だとしたら、そこに佇む男性と言えば、一人しかいない。
 顔を合わせて良いものか迷っていると、男性の方が、ゆるやかに振り返った。
 鼻筋の通った、整った面立ちだった。
 その人の切れ長の瞳は、緩く弧を描いており、柔らかな印象だった。
 繊細そうな人――綾は、そう思った。
 その人は、はじめは驚いた様子だったが、やがて花が綻ぶように、ふわりと微笑んだ。
「うん。綺麗やな」
 何か返事をしようとして、失敗した。うまく声が出ない。
 ふと見ると、その人は腕に猫を抱いていた。その人の髪と同じくらい深い黒い毛並みだった。
 猫は一瞬だけ、その金色の瞳を綾に向けるも、すぐに心地よさそうに喉を鳴らして目を閉じた。
 その人もまた、穏やかな笑みを猫に向けている。
 綾は、今なら聞けそうな気がした。
「あ、あの……」
「うん?」
 落ち着いた深い色の瞳が、綾を映す。縫い止められて、動けなくなる前に、聞かねば。
「あなたは、もしや宗……」
 その名を口にしようとした、その時だった。黒猫が急に、男性の腕からぴょんと跳ねた。そして、トコトコと歩いたかと思うと、今度は綾の腕に目掛けてぴょんと飛び跳ねる。
「……え? 猫さん、どうして……?」
 困惑する綾をよそに、男性はクスクス笑った。
「珍しい。君のことが気に入ったんやな」
「え? 私は何も……」
「普段は誰にも近寄らへんのやで。君のこと、よう知りたいんとちゃうか?」
 そう言われても……と閉口する。
 黒猫は綾の腕に収まるや、身体を丸めた。心地よさそうではあるが、興味を示しているようには見えない。
 それでも男性は、微笑ましいという様子でクスクス笑った。
「良かったら、今晩、一緒に寝たってくれへんか?」
「この子と……ですか? でも、いいのですか? あなたの猫さんなのでは?」
 綾の問いに、男性は首を横に振る。
「別に、俺が飼うとるわけやないよ。まぁ、よく一緒におるのは確かやけど」
「でしたら、私などが連れて行くわけには……」
「その子が、君と一緒がええみたいやから」
 真綿のような声で、その人は言う。その面持ちが儚げで、どこか寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。
 だがそれを尋ねる前に、男性は踵を返した。
「あの!」
 綾が咄嗟に声をかけると、ピタリと止まった。
「明日……明日、必ずそちらにお返しします」
 そう言うと、男性は戸惑った顔をして、次いで、優しく微笑んだ。
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