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愛情

【37】

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「やっと入ってきてくれた」

 頭からお湯をかぶって、水滴が滴っている彼。
 前髪を全て上げている彼がこちらを振り返ろうとするが、途中まで見えた横顔に鼓動が大きく跳ね、慌ててこっちを見ないように声をかけた。

 何度もお互いの家に泊まり合って、濡れた髪を拭きながら脱衣場から出てくる彼の姿を見てきた。
 けれど、その度にいつもと雰囲気の違いを感じて、思わず目を逸らしてしまうほど彼は色気を放っている。それをこんなに近くで感じたら、鼓動が速くならないわけがない。

「恥ずかしがってるの?  俺、もう頭洗い終わっちゃったよ」

「は、恥ずかしいよ……。じゃあ、背中流してあげるから、前向いてて」

「本当?  嬉しい」

 どうしたらこちらを振り向かれないか、精一杯の抵抗でそう言えば、嬉しそうに弾む彼の声。
 体を洗う用のタオルにボディーソープをたっぷり含ませて、泡をもこもこ立ててから彼の背中を洗っていく。こんなに近く、明るいところで彼の背中を見たのは初めてだった。
 綺麗で可愛い彼だけれど、後ろ姿はしっかり男性のもので、適度に鍛えられた筋肉の形がわかる。滑らかな肌の質感に、この綺麗な肌は、若さだけじゃないんだろうななんて思いながらその広い面積を埋めていく。

「気持ちいね。人に洗ってもらうのなんて子供の時以来だなー」

 気持ち良さそうにしている彼の言葉を聞いて、彼も恋人と一緒に入浴するのは初めてなのかなと考えてみる。
 自分が未経験なものを相手が経験済であるのは、なんとなく悲しいものがあって、彼も私との入浴が恋人と初めてのお風呂ならいいのにと思った。

 彼の背中を洗い終わり、さすがに前面まで手を伸ばすわけにはいかず、そのまま彼にタオルを手渡した。

「私も頭洗っちゃうね。シャワー、貸して」

 彼が体を洗い終わってしまう前に、私も洗える場所を洗い、なるべく洗い場にいる時間を減らしたいと考えた。

「はい。どうぞ。まどかさんありがとうね」

「うん」

 彼からシャワーを受け取って頭を洗い始める。腰の辺りまである私の髪は、洗うのにも時間がかかる。
 髪の上で泡立てて、両手で洗う。2度洗ってからトリートメントをつける。その間に、メイク落としと洗顔料を取ってもらい、洗顔した。
 顔と頭を流し、トリートメントがしっかり落ちたのを確認してからシャワーを彼に渡した。彼が体の泡を流している間に浴室に持ち込んだフェイスタオルを頭に巻き付けた。これで後は体を洗うだけ。
 さっと洗って一緒に湯船に浸かってしまえば、そんなに裸体を見られなくて済む。そう考えていたのに、「まどかさん、頭洗い終わった?  じゃあ、こっちきて」と言われてしまった。

「え……?」

「え?  じゃなくて。体洗ってあげるから、こっちおいで」

「い、いい!」

 体を洗ってもらうだなんて、とんでもない。そんなの、丸見えになってしまうじゃないか。

「いいから、いいから」

 彼は躊躇なくくるっと向きを変えて、私と向き合った。
 不意にこちらを向かれたものだから、無防備だった私。首から下をじっと見られて、慌てて手で隠す。
 そんな私の行動を笑いながら「今更でしょ。俺、明るいところでまどかさんの体結構見てるよ」と言われてしまった。

「い、いつ!?」

「んー?  朝、する時とか?  カーテン開けると丸見えだもんね」

「……」

 声にならない悲鳴をあげそうになり、私も彼とは反対側を向く。いくら体を見られたことがあるとはいえ、この状況とはまた違う。
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