【完結:R15】蒼色の一振り

雪村こはる

文字の大きさ
227 / 275

強者の郷【25】

しおりを挟む
「……馬鹿娘でもわかるように説明してください」

 恥を忍んで澪はそう言った。楊の言っている意味がわからないのだから仕方がない。

「ふむ。いいだろう。いいかい、煌明が実際に統主としての役目を果たしていないとして、それでも奴は統主だ。何らかの事件や危機があれば煌明の耳には必ず入る。ましてや、己が正室に迎えようとしている姫のことを全く調べもせずに城に迎えると思うか?」

「では……煌明様は朱々様にそういった危険があることを承知で正室に迎え入れたということですか?」

「おそらくね。朱々が城に留まり、好き勝手を続けているということは、本人は気付いていないのだろう」

「それは……煌明様が朱々様のことをとても好きだからですよね? ですが……でしたら何故側室なんかを……」

「それは煌明でなければわからぬが、一つ言えるのは男は同時に何人もの女人を愛せるということさ」

「……八雲様もそうです」

「あれはまた特殊だけどね。煌明が朱々に惚れているのは確かだけれど、今や立場としては統治してもらっている身。肩身の狭い思いをしていることだろうよ。そんなところに無知で無邪気な娘が現れたら、心が癒されるのもわかる気がするよ」

「……空穏と同じようなことを言うのですね」

 己にはわからないというふうに、澪は不貞腐れてみせた。歩澄が正室を迎え、澪を側室におくのならば、それは統主としての体裁を守りつつ澪を側におこうと思うからに違いと澪は考えている。ただ、仮に歩澄が己ではなく、同じように他の女人に慕情を抱くことがあれば、側室の意味合いも変わってくる。
 それが統主には可能だと言われれば、少からず不安になるのは当然である。

「まあ、皆そう思うさ。だから煌明が側室を娶ろうとしていることも不思議なことではない」

「……少なくとも落様は違うと思いますよ」

「歩澄でなく、伊吹を庇うか」

「ち、違っ……」

「歩澄の事が信じられないのかね。それとも自信がなくなるか?」

「……自信なんて最初からありません。幼い頃、約束をしただけですから。そんな約束も歩澄様は覚えていないでしょうが……」

 澪は顔を曇らせたかと思うとふっと笑みを溢した。軽はずみに蒼くんのお嫁さんになる! と言った幼い頃の自分を思い出し、笑えたのだ。

「……刀を取り返したら歩澄から離れていくつもりかね」

「え!?」

 思ってもみなかった言葉が飛んできて、澪は驚いたように目を見開いた。

「そんな顔をしている。……安心するといい。歩澄はお前さんを手放したりしないよ」

「……楊様に慰められると変な感じがします」

 ぽかんと口を開いたまま呟けば、怪訝な顔で楊が「失礼な娘だね。大体、王の正室は匠閃郷出身の者しかなれないのに、お前さん以外の娘を正室に迎えるわけがないだろうに」と言った。

「え……そうなのですか? 王の正室は匠閃郷出身と決まって?」

「違うよ。その代で変わるんだ。王が自分や正室の出身郷ばかりを贔屓したら民は皆困るだろう? だからそういったことがないように、その代によって娶る正室は出身の郷のみ決められているんだよ。そんなことも知らずに歩澄を王にしようとしていたのか」

 とうとう呆れた様子の楊は、薬草の瓶を片付けるため、屋敷の扉の施錠を外しに向かう。
 その後を急いで追いかける澪は「や、楊様! それって……」と言いかける。それを遮るように楊は「そういう事だよ。だから今回の王を逃したら、今から四代先までお前さんは王の歩澄の正室にはなれないということさ。その次の王に歩澄がなれたなら、有無を言わさずお前さんは側室に成り下がるしかない。それか歩澄が王を諦めれば、お前さんは正室のままでいられる」と言った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

処理中です...