227 / 228
強者の郷【25】
しおりを挟む
「……馬鹿娘でもわかるように説明してください」
恥を忍んで澪はそう言った。楊の言っている意味がわからないのだから仕方がない。
「ふむ。いいだろう。いいかい、煌明が実際に統主としての役目を果たしていないとして、それでも奴は統主だ。何らかの事件や危機があれば煌明の耳には必ず入る。ましてや、己が正室に迎えようとしている姫のことを全く調べもせずに城に迎えると思うか?」
「では……煌明様は朱々様にそういった危険があることを承知で正室に迎え入れたということですか?」
「おそらくね。朱々が城に留まり、好き勝手を続けているということは、本人は気付いていないのだろう」
「それは……煌明様が朱々様のことをとても好きだからですよね? ですが……でしたら何故側室なんかを……」
「それは煌明でなければわからぬが、一つ言えるのは男は同時に何人もの女人を愛せるということさ」
「……八雲様もそうです」
「あれはまた特殊だけどね。煌明が朱々に惚れているのは確かだけれど、今や立場としては統治してもらっている身。肩身の狭い思いをしていることだろうよ。そんなところに無知で無邪気な娘が現れたら、心が癒されるのもわかる気がするよ」
「……空穏と同じようなことを言うのですね」
己にはわからないというふうに、澪は不貞腐れてみせた。歩澄が正室を迎え、澪を側室におくのならば、それは統主としての体裁を守りつつ澪を側におこうと思うからに違いと澪は考えている。ただ、仮に歩澄が己ではなく、同じように他の女人に慕情を抱くことがあれば、側室の意味合いも変わってくる。
それが統主には可能だと言われれば、少からず不安になるのは当然である。
「まあ、皆そう思うさ。だから煌明が側室を娶ろうとしていることも不思議なことではない」
「……少なくとも落様は違うと思いますよ」
「歩澄でなく、伊吹を庇うか」
「ち、違っ……」
「歩澄の事が信じられないのかね。それとも自信がなくなるか?」
「……自信なんて最初からありません。幼い頃、約束をしただけですから。そんな約束も歩澄様は覚えていないでしょうが……」
澪は顔を曇らせたかと思うとふっと笑みを溢した。軽はずみに蒼くんのお嫁さんになる! と言った幼い頃の自分を思い出し、笑えたのだ。
「……刀を取り返したら歩澄から離れていくつもりかね」
「え!?」
思ってもみなかった言葉が飛んできて、澪は驚いたように目を見開いた。
「そんな顔をしている。……安心するといい。歩澄はお前さんを手放したりしないよ」
「……楊様に慰められると変な感じがします」
ぽかんと口を開いたまま呟けば、怪訝な顔で楊が「失礼な娘だね。大体、王の正室は匠閃郷出身の者しかなれないのに、お前さん以外の娘を正室に迎えるわけがないだろうに」と言った。
「え……そうなのですか? 王の正室は匠閃郷出身と決まって?」
「違うよ。その代で変わるんだ。王が自分や正室の出身郷ばかりを贔屓したら民は皆困るだろう? だからそういったことがないように、その代によって娶る正室は出身の郷のみ決められているんだよ。そんなことも知らずに歩澄を王にしようとしていたのか」
とうとう呆れた様子の楊は、薬草の瓶を片付けるため、屋敷の扉の施錠を外しに向かう。
その後を急いで追いかける澪は「や、楊様! それって……」と言いかける。それを遮るように楊は「そういう事だよ。だから今回の王を逃したら、今から四代先までお前さんは王の歩澄の正室にはなれないということさ。その次の王に歩澄がなれたなら、有無を言わさずお前さんは側室に成り下がるしかない。それか歩澄が王を諦めれば、お前さんは正室のままでいられる」と言った。
恥を忍んで澪はそう言った。楊の言っている意味がわからないのだから仕方がない。
「ふむ。いいだろう。いいかい、煌明が実際に統主としての役目を果たしていないとして、それでも奴は統主だ。何らかの事件や危機があれば煌明の耳には必ず入る。ましてや、己が正室に迎えようとしている姫のことを全く調べもせずに城に迎えると思うか?」
「では……煌明様は朱々様にそういった危険があることを承知で正室に迎え入れたということですか?」
「おそらくね。朱々が城に留まり、好き勝手を続けているということは、本人は気付いていないのだろう」
「それは……煌明様が朱々様のことをとても好きだからですよね? ですが……でしたら何故側室なんかを……」
「それは煌明でなければわからぬが、一つ言えるのは男は同時に何人もの女人を愛せるということさ」
「……八雲様もそうです」
「あれはまた特殊だけどね。煌明が朱々に惚れているのは確かだけれど、今や立場としては統治してもらっている身。肩身の狭い思いをしていることだろうよ。そんなところに無知で無邪気な娘が現れたら、心が癒されるのもわかる気がするよ」
「……空穏と同じようなことを言うのですね」
己にはわからないというふうに、澪は不貞腐れてみせた。歩澄が正室を迎え、澪を側室におくのならば、それは統主としての体裁を守りつつ澪を側におこうと思うからに違いと澪は考えている。ただ、仮に歩澄が己ではなく、同じように他の女人に慕情を抱くことがあれば、側室の意味合いも変わってくる。
それが統主には可能だと言われれば、少からず不安になるのは当然である。
「まあ、皆そう思うさ。だから煌明が側室を娶ろうとしていることも不思議なことではない」
「……少なくとも落様は違うと思いますよ」
「歩澄でなく、伊吹を庇うか」
「ち、違っ……」
「歩澄の事が信じられないのかね。それとも自信がなくなるか?」
「……自信なんて最初からありません。幼い頃、約束をしただけですから。そんな約束も歩澄様は覚えていないでしょうが……」
澪は顔を曇らせたかと思うとふっと笑みを溢した。軽はずみに蒼くんのお嫁さんになる! と言った幼い頃の自分を思い出し、笑えたのだ。
「……刀を取り返したら歩澄から離れていくつもりかね」
「え!?」
思ってもみなかった言葉が飛んできて、澪は驚いたように目を見開いた。
「そんな顔をしている。……安心するといい。歩澄はお前さんを手放したりしないよ」
「……楊様に慰められると変な感じがします」
ぽかんと口を開いたまま呟けば、怪訝な顔で楊が「失礼な娘だね。大体、王の正室は匠閃郷出身の者しかなれないのに、お前さん以外の娘を正室に迎えるわけがないだろうに」と言った。
「え……そうなのですか? 王の正室は匠閃郷出身と決まって?」
「違うよ。その代で変わるんだ。王が自分や正室の出身郷ばかりを贔屓したら民は皆困るだろう? だからそういったことがないように、その代によって娶る正室は出身の郷のみ決められているんだよ。そんなことも知らずに歩澄を王にしようとしていたのか」
とうとう呆れた様子の楊は、薬草の瓶を片付けるため、屋敷の扉の施錠を外しに向かう。
その後を急いで追いかける澪は「や、楊様! それって……」と言いかける。それを遮るように楊は「そういう事だよ。だから今回の王を逃したら、今から四代先までお前さんは王の歩澄の正室にはなれないということさ。その次の王に歩澄がなれたなら、有無を言わさずお前さんは側室に成り下がるしかない。それか歩澄が王を諦めれば、お前さんは正室のままでいられる」と言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
198
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる