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嫌いなアイツ

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「な、なに普通に美容師みたいなこと言ってんだ!」

 凪は、あの日のことなどまるでなかったかのように自然と仕事をこなそうとする千紘に苛立ちが募る。

「え? 俺、美容師だけど」

 キョトンとした顔でパチパチと瞬きする千紘は、反対に不思議そうに首を傾げた。

「俺は許さないからな!」

「ねー。アカウントブロックされちゃったし」

「するって言ったろ!」

「予約断られちゃうし」

「出禁にされてんだよ、お前」

 小声で凪は噛み付くが、飄々とした様子の千紘。そんな姿を見て、凪はやっぱり予約の連絡してきてたのかとゾッとした。

「残念。でもまた会えたからいいや」

 千紘はふふっと嬉しそうに笑う。調子が狂うと凪は頭を抱えた。なんでよりによってコイツが担当に……そう考えところでふと思った。

 まさか、米山さんを外したのはわざとなんじゃ……。認められて本店に行くんじゃなくて、俺の担当を変わるために……。

 考えたくもない仮説が頭を巡る。嬉しそうな千紘を見ていたらそれが正解のような気がした。

「なぁ……米山さんが本店行くのって……」

「ああ、追い出した。アイツ邪魔だから」

 急に冷めた口調になった千紘。一瞬鏡に映った冷たい瞳が光って見えて、凪は息を呑んだ。

「じゃ、邪魔って……。米山さん喜んでたぞ」

「よかったね。念願叶って。俺も、嬉しい」

 凪の顔を覗き込むようにして千紘は後ろからひょこっと顔を出した。その顔はもう子供のように無邪気だった。

「っ……お前なっ! 俺はお前が担当とか認めねぇから! 担当変えてもらう!」

「ああ、無理。うち忙しいから」

「どの美容師もお前より暇なんだろ」

「凪のためなら調整するって言っといたんだけど。あのクソ、言わなかったの?」

 綺麗な笑顔とは異なり、時折汚い言葉が飛んでくる。明らかに米山に対して敵意を見せる千紘に、凪は顔を引きつらせた。

「き、聞いたよ! ちゃんと聞いた! 担当変われないなら店変える」

「……は? それはダメだよ」

 凪の耳元で地鳴りがするような低い声が聞こえた。

 こっわっ……! 瞬時に凪の防衛本能が働く。コイツはヤバいと体の奥底から叫び声が聞こえる。

「きゃ、客の自由だろ……どこの美容院に通うかなんて」

「そうだね。まあ……いいけど」

「……?」

 意外とすぐに納得した千紘に、凪は呆気に取られた。しかし、千紘が取り出したスマートフォンをささっと操作しているところを目で追い、画面を上に向けて顔の前に差し出された瞬間に声にならないほどの恐怖が襲う。

 お互い裸で写るツーショット写真。凪は眠っているが、凪であることはよくわかる。散乱したティッシュペーパーの山と赤く染った凪の頬。誰がどう見ても情事後ので、凪は目を見開いて瞳を揺らした。
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