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諦めること

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「なーに、じっと見つめて。美しい顔が酒のあてになるの?」

 千紘はイタズラに笑う。凪はふっと頬を緩め「自分で言うなよ。まあ、悔しいけどお前のその顔は好きだわ」と言った。
 初めて聞いた凪からの好きに、千紘は息が止まりそうになった。このところ凪は予想外の言葉を口にする。

 あんなに警戒して、何度も嫌いだと言ったのに。連絡だって何度無視されたかわからないし、一度目は連絡先を消されもした。
 何かと理由をつけて会うことを拒まれてきたし、触れることなんて以ての外だった。
 しかし今日は遅くなってもいいなら、なんて言いながら来てくれたし、千紘の顔は好きだとまで言った。

 千紘は少しづつではあるが、凪の変化に戸惑う。嬉しいはずなのに、これは凪の本心なのかと一瞬疑ってしまう。
 既にもうこんなにも好きなのに、思わせぶりな態度で翻弄されたら離れられなくなってしまう。そう頭を過るが、離れられないのはとっくの前からで、きっとこの先凪に冷めることもない気がした。
 それならいっその事、このままズブズブと沼にハマってしまいたくなった。思わせぶりでも嘘でもいい。後で傷付いてもいい。今この瞬間を素直に幸せだと感じたかった。

 疲れているなら癒しになりたかった。体が心配だから、ゆっくり休めて欲しかった。それは本心なのに、どうしてもこのまま帰したくなくなった。
 もっと会いたい欲が高まっていく。仕事に対してストイックで、凪が好きでやっていることだとはわかっている。
 それでも「そんなに嫌なら辞めちゃえばいいのに」そんな言葉が頭に浮かんだ自分に嫌悪する。

 冗談で言っていた頃とは違う。休みを取りたいと言った凪はおそらく本気で悩んでいて、苦痛を感じている。そんな弱味に漬け込むような卑怯なことはしたくなかったし、できたら凪の意思で辞めてほしかった。

 今夜はこのまま一緒にいたい。そうワガママを言ってしまいたくなる。一緒にいて嬉しいのも、癒されるのも、幸せなのも自分ばかりなのに、凪がそれを望んでいるはずがないとわかっていても口走ってしまいそうになる。
 千紘はそれをぐっと堪えて「俺も凪の顔好き」と言って笑った。
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