ほら、もう諦めて俺のモノになりなよ

雪村こはる

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諦めること

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「知ってる」

 凪が得意気に言えば、千紘の胸の中はキュンと疼く。「その顔好き」の中にはたくさんの顔がある。笑顔も好きだし、すまし顔も好きだし、呆れた顔も、怒った顔も好きだ。もちろん、本意ではなかったが初めて会った時に泣かせてしまったあの顔も。きっと千紘にしかみせたことのない感じた顔も。
 千紘は、営業中の凪もプライベートの凪も両方好きだった。作り笑顔は自然だったし、プライベートの忖度のない笑顔も好きだ。

 凪と出会い、会う度に新しい表情を見つけられる気がした。知らない凪を知る度にわくわくして、全てを知り尽くしたくなった。

 次はどんな顔を見せてくれるのか、胸を踊らせていると店員がやってきて、千紘の思考を一旦停止させた。
 ワインが運ばれてきて、2つのグラスに注いでくれた。それを凪と乾杯して、口に運ぶ。渋味が口内に広がったが、それがとても心地よかった。

「あ、うま……」

 凪は綺麗な二重の眼を大きくさせて、グラスの中を覗いた。どうやらお気に召したようで、すぐにグラスは空になる。

「あんまり飛ばすとすぐに酔うよ」

 千紘がそう言いながら、グラスにワインを注いだ。美しい赤が、照明によってキラキラと輝いていた。とんでもなくロマンチックで、千紘はこの雰囲気にも酔いそうだった。

「いいよ。酔いたい気分だし」

「酔い潰れたら連れ帰っちゃうかもよ」

 公に誘えない千紘は冗談ぽくそう言った。凪は、そんな千紘の言葉になんとなく安心した。いつもなら無理にでもホテルに誘い、体を貪ろうとするのに、凪の体を気遣う言葉ばかりで内心飽きられたのかもしれない、なんて思っていた。

 食事に誘った割に休みは休めと言うし、千紘が凪を諦める日も近いのかもしれない。そんなふうにも感じた。
 いつか千紘が「もう諦めて俺のモノになったら?」なんて言った。凪が諦めるよりも早く千紘が凪を諦めたら、きっとこの関係は終わる。

 一緒にこうやって食事をするだけの友達ではいられない気がした。
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