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諦めること

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 千紘は軽く頭を下げて「こんなの、泣く……」と言いながら服の袖で目元を擦った。

「泣くようなことじゃない」

「泣くようなことだよ。……俺、ほんとに凪のこと好きなんだよ」

「……わかってる」

 わかっていても、凪にはその気持ちがずっしりと重たくのしかかって息苦しかった。今までは好きだと言われても呆れたり、笑ったりできたのに、今はそれがとても重たく感じた。
 いっその事体目的だったのなら、何も言わずに消えてしまえるのに……凪はそう思いながら千紘の頭から手を離す。

「連絡はする……」

 凪がポツリと言った。

「……明日は?」

「とりあえず、連絡する」

「……明日?」

「……明日か、明後日か……もっとむこうか」

 それは凪にもわからなかった。けれど、今は明日の夜は千紘に会いに行こうだなんて気持ちにはなれなかった。でも明日になったら気持ちは変わるかもしれない。変わらないかもしれない。

 それでも連絡もせずに勝手に消えることだけはやめようと思えた。出会いが最悪だったにしろ、また会ってもいいと思えた相手だ。一緒に住むのも悪くないかも……なんて一瞬でも思えた相手だ。
 休職することだし、仕事の疲れが癒えたら色んな考えが変わるかもしれない。冷静な頭で考えたら、本当の答えがでるかもしれない。
 だからそれまでは、軽はずみな発言は避けようと考えた。

「……明日会いたかった」

「それもわかってる」

「今日、凪から誘ってくれたの嬉しかった」

「うん」

「……好き」

「また連絡する」

 千紘の言葉は、凪に打ち消された。何かを言おうとした千紘に、凪はすっと背を向けた。千紘も、もうかまうなと言っている背中をこれ以上追いかけ回すこともできなかった。

 いつになるかはわからない。しかし、凪はまた連絡すると言ったのだ。千紘は張り裂けそうな胸を押さえて、じっとただその時を待つしかなかった。
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