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得るものと失うもの

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『人として好き』は凪にとって都合のいい言葉だった。
 好きだと言ってしまえば恋愛対象と勘違いされてしまうし、嫌いだというのは倫理的に気が引ける。全く興味がなくても、本当のことを言えば冷たく映るし、善人や気遣いのできる人間は『人として好き』の分類に入った。

 職場仲間や友人にはそういう類の人間は多かった。セラピストになってから、他のセラピストと関わることはほとんどなくて、ひたすら1人で働いていた。
 誰かと関わらなくていいことはとても気が楽だった。ただでさえ初めて会う客には慎重になるのだ。
 スタッフ間でのやり取りにまで気を使っていられないのが正直なところだった。

 1人の時間は大切で、1人でいるのは好きだ。けれど、他人と話すのは嫌いじゃなくて、時々は人の声が恋しくなることもある。
 今がまさにそうだった。この2週間誰とも口を利いていなかったから、風夏の声になんとなく安心する。

 適度に他人とは関わった方がいいのだと実感した。そして、風夏が言うように人として好きの分類に入る人間であれば、今後積極的に関わっていくのも悪くないと思えたのだ。

「最近はあんまり人と会ってなかったから、そういうのもなかった気がする」

「まあ、凪は友達多いイメージないしね」

「おい……」

「狭く深くって感じ。でも凪からはあまり誘わない。私と付き合ってた時も、私ばっかりデートに誘ってた」

「でも断らなかっただろ」

「断らなかったけど、凪からも誘ってほしかったよ」

 そう言われれば、そりゃそうだよな……なんて思ったりもする。今の凪にとって、女性を喜ばせることなど朝飯前だ。
 どんな言葉を貰ったら嬉しいか、どうされたら喜ぶか、仕事を通して本能的に悟った。

 しかし、当時の凪は恋愛に対しても不器用で、ある意味本当の凪だった。

「それは……ごめん。でも、いやだったら誘われても行かなかった」

「それはそうね。でも、もうちょっと相手に歩み寄ってあげることも大事だと思う」

「まあ……今後の参考にする」

 凪が困ったように笑えば、風夏も同じように笑った。風夏は満足したのか、「じゃあ、そろそろ行くね」なんて話を切り上げた。
 元カノと会ったら気まずいんじゃないかと考えたこともあったが、そうでもなかった。

 むしろ、セラピストになる前の自分を思い出すきっかけになったような気がした。
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