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得るものと失うもの

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「俺、兄ちゃんには言った。俺が凪にしたこと……」

 千紘は小さな声で言った。本当は誰にも知られたくなかったことだ。そう後ろめたいのも、悪いことだとわかっているからに他ならない。

「言ったの……? よく言えたな……」

 凪は唖然とした。仲の良い兄弟にそんなことを言えば、悲しませることはわかっていたはず。常識のある人間なら、それでも千紘は間違っていないとは言えないだろう。

「だって、凪のこと誤解されたままなのは嫌だったから……。俺が一方的に凪のこと好きになって、追いかけ回したのにまた凪に嫌な思いさせた」

「……うん」

「もうそういうことしたくない。……俺は、本当は凪のこと守りたい。傷付けたいわけじゃなくて……いっぱい喜ぶことしてあげたいし、笑った顔見たいし……」

 千紘の声のトーンとスピードから、これは本音だろうなと凪は感じ取ることができた。でも、凪もそんなことをあえて言われなくても言動からそれが伝わってきたから今日千紘と会う決意をしたのだ。

「わかってるよ。散々言われたし、今では本気でそう思ってるんだろうなって感じるし」

「本当?」

「うん」

「……俺、凪のためなら何でもするよ。兄ちゃんにも、俺がそのくらい本気だって知ってほしかった。それに、凪は全然悪くないのにそれでも家にきてくれたんだって」

「そう……」

「兄ちゃんには怒られた」

「怒られた?」

「うん……。理由が何であれ、無理やり傷付けるのはダメだって。それは、俺が今までされてきたのと同じだって」

「……」

 凪は千紘の言葉に応えなかった。千紘が今まで傷付けられてきた内容に関しては、凪は想像するしかないし、深く聞く気もない。
 ただ、今まで傷付けられてきた千紘と、千紘が傷付けた凪が同じように見えたのだとしたら、千草が凪に謝りたいと言っていた意味もわかる気がした。

「2人の関係性も知らずに勝手に凪を傷付けたのは俺も同じだから、機会があるなら俺も謝るって兄ちゃんが……」

「うん」

「だから、俺にも凪が許してくれるまで償わなきゃダメだって」

「さっきも言ったけど、俺はどんなに償われても許す気はないよ」

「うん……」

「でも、それ以外のいいところは俺も認めていこうとは思ってる……」

 許せないものは許せない。けれど、受け入れたいところがあるのも事実だった。
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