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第六章 亀と兎

万の兵に死の勲章を。

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 ーー…そびえ立つ山々の間を縫うように長い山道を進んだ先に存在するロックガーデン国。
 その国から小山一つ向こうのところにある関門の前におよそ三千の獣人族の軍勢がいた。
 理由はただ一つ、迫りくる人間族の軍勢と戦う為だ。
 発端はロックガーデン国に届いた宣戦布告からだ。
 この国は山々に点在する鉱山から良質の鉱石が取れることで有名であった。
 しかしそこに目をつけた三つの小国が同盟を結び鉱山の利権だけでなくその労力も得る為に戦争を仕掛けてきたのだ。
 しかも身勝手なことに国が準備している間に最初の関門への攻撃が始まってしまうという礼節を欠いた開戦となったのだ。
 その為に二つの関門は二週間と経たずに攻略されてしまった。
 この事態に国王は空を飛べる者数名に友好国であるアースデイ国と〔大地の守り人〕への救援要請を託した。
 だが時は無情にも過ぎていきこの時を迎えてしまったのであった。

「よいか!ここを突破されれば後はお前達の大切な人々がいる場所しかない!ならばどうするか!簡単だ!ここで敵を食い止めるのだ!我々が最後の砦だと思え!」

 関門の高台から熊の獣人の将軍級が兵士達を激励すれば一致団結の咆哮が谷に響き渡る。
 意気込みを耳にしながらも激励してみせた本人は不安感を拭い去れなかった。
 偵察隊の報告では敵の兵力は自分らの数倍。さらにはほとんどが人間族の開発した簡易魔法装置を装備しているとのこと。
 対してこちらは投石器など遠距離の攻撃も用意しているし敵の装備の為の対策として防御壁を出せる者もいるが果たして防ぎきれるかどうか。

(おお我らが獣神じゅうしんガロウよ。願わくは我らに加護を与えてくだされ。)

 曇り空に顔を向けて将軍は祈る。すると山道を見張っていた者から声があがった。
 まだ双眼鏡で小さく見える程度だが敵軍を確認したのだ。
 ついに来たかと将軍は思えば防御魔法を準備させる。まずは敵の魔法による一斉射撃を防いでからこちらは弓矢の一斉発射からの騎馬隊による突撃を仕掛けるというのが作戦であった。

「はっ!?将軍!大変です!味方の兵です!」
「何っ!?」

 しかし敵軍の一手によってその作戦に支障が生まれる。
 偵察の言葉に嘘ではと将軍は奪い取るように双眼鏡を持って確認した。
 すると徐々にはっきり見えてきた敵軍の先頭には鎧を失った獣人族が手錠を着け粗悪な木の盾のみを持たされた格好で横並びに歩かされていた。
 見えた光景に将軍は激怒する。あれでは放った矢に一番被害を受けるのは捕まった味方だからだ。
 捕虜を最前線に立たせ矢面にさせこちらの攻撃を無効しようとする人間族の卑怯さに関門の石を叩いた。
 だがこれくらいで彼らが怯むつもりはない。
 人間族はこれまでにも様々な場所で非道な作戦を使ってきたことは聞き及んでいるからだ。
 捕虜を盾に使って進軍するなどもはやに分類されるだろう。
 だからこそ獣人族の誇りの為にも捕虜達は覚悟しているはずだ。
 防衛側が躊躇わず攻撃してくれることを。
 だから将軍は双眼鏡を下ろすと片手を挙げて攻撃準備の指示を送る。敵軍が射程に深く入ってから第一弾を放つよう将軍はタイミングを待つ。

「…はっ!?ま、待ってください!捕虜の後ろに女性と子どもがいます!」

 しかし三脚付きの望遠鏡で見ていた者からとんでもない情報が飛んできた。
 なんと捕虜の何人かの後ろに鎖で繋がれた女性や子どもがいるというのだ。
 しかも獣人族だけでなくエルフやドワーフのいずれも力無き者ばかりをだ。
 将軍だけでなく聞こえてしまった兵士達も唖然とした。人間族は戦に確実に勝ちたいが為にここまでの愚行をするのかと。そして何故二つ目の関門があっさり攻略されてしまったのかを理解した。
 最初の関門が襲撃された報告が国に届いてからすぐに二つ目の関門に兵を送ったのだが短期間で攻略されたことに敵の簡易魔法装置の数であると決めつけていたがそれは半分違った。
 獣人族にとって子どもは宝という風習がある。子どもは親関係なく大人が命懸けで守らなければならないというのが文化として根付いている種族が今遠くの光景を見聞きしてしまえば確実に動揺が生まれ隙を作ってしまったのが簡単に攻略された最大の理由だろう。

「ど、どうしますか将軍!このまま攻撃しますか!?」

 副官の意見に将軍は挙げた片手を震わせる。国の為に情を捨てるか、子どもの為に中止するべきかで将軍の心は揺れ迷ってしまった。
 その間にも敵軍は迫ってきておりもう先頭は射程距離に入っていた。

「…私達も責を負います将軍!」
「戦いましょう!今ではなく未来の為に!」

 苦悩する将軍に周りの者達が先に覚悟を決めたのか言葉を投げかける。
 その鼓舞に将軍も覚悟を決めぐっと挙げた手を握りしめると目を見開いて口を動かした。

「弓隊!第一射!よおい…!」

 次の瞬間、関門の左端にあたるところで大爆発が起きた。
 爆音に驚いて獣人族側が視線を集中させる中、舞い上がった土煙の中にうっすらと大小の人影を確認した者が報せる。
 すると土煙がまるで意思を持ったかのように動いて人間族の軍へと向かっていった。
 そのおかげか煙の中から見えたあるものに双眼鏡を使っていた者から喜びの声があがった。

「しょ、将軍!救援です!〔大地の守り人〕の旗が見えます!」
「な、何ぃ!?」

 報告に将軍が双眼鏡を使えばあの三色の旗が揺らめいていたのが確認できた。
 救援に喜ぶよりも将軍はどうやってここまでこれたのかに驚く。馬が使えない険しい山々をしかも人間族の軍に見つからずなんて抜け道でも無ければあり得ない。
 なんて考えていれば土煙からボフンッ!と飛び出て一直線に関門の上へとそれはやってきて着地してみせる。

「あ、あなたは!エルフェン様ですか!?」

 将軍達の前に現れたのは獣人族の間でも高名なエルフェンと漆黒の鎧を纏った大男であった。
 名前を当ててきた相手にエルフェンは頷いてから口を開く。

「〔大地の守り人〕です。これより私達が敵を食い止め、いやします。なのであなた方にはやってもらいたいことがありますので聞いてくださいますか?」
「おお、もちろんです!我々に出来ることならなんなりと!」

 エルフェンの要請に将軍は二つ返事で了承する。
 かの英雄の指揮となればこの戦いに勝機があるとその場にいた者達は思った。

「では、これから話すことは本当のことなので落ち着いて聞いてください。」

 しかしエルフェンの次から出た話に彼らは盛大に驚いてみせることとなった。


***


  一方三国の連合軍は余裕綽々で進行を続けていた。
 最初の強襲から上手くいった獣人族を使った盾に敵側が勝手に隙を生んでこちらは簡易魔法装置による多段攻撃を続けることで二つの関門を容易に攻略出来たからだ。
 このまま見えている最後の関門もそんなに時間を掛けずに攻め落とせると兵士達は思っていた。

「なあ、ロックガーデン国を取ったら向こうの女好きにしていいよな?」
「もちろんだ。抱き心地のいいのがゴロゴロいるはずだぜ。」
「いいな、なんなら集めてでも始めるか!」
「おいおいお前、それは本の中の魔族がすることだろうが。ハハハハハ!」

 軍の後列にいた兵士達はもう勝ったつもりで談笑を始めるほど警戒が緩んでしまっていた。
 その時、岩山から反響して爆発音が聞こえてきたことで兵士達の視線が前方に向けられる。
 すると関門の左の方から土煙のようなものが上がっているのが後列にも確認できた。

「なんだ?前列の奴らがもう攻撃したのか?」
「いやそれにしては早すぎるだろう?」

 足を止める指示がないので兵士達は進みながら憶測を立てるもそれから少しして変化が起きた。
 曇り空の下、サーッと後列のところにまで突如としてが発生したのだ。
 自分達のところまできた濃霧のせいで後列からは関門が見えなくなっていた。
 これには相手も考えてきたなと兵士達は思わされた。
 濃霧によって視界を遮られれば正確に魔法を放つことは出来ないし連携も取りづらくなる。そして明らかに不自然に発生したこの霧は敵の魔法と見ていいだろう。
 しかしそれでもこちらが有利であることに変わりはない。

「くそやってくれるものだ。探知班!敵に動きはあるか!」

 後列を担当する上官が声を出して聞いてくるのに他とは違って荷馬車を使っている三人の兵士が大きめの簡易魔法装置を操作し始める。
 装置にある目盛りの付いた円形のガラス窓が兵士の操作で淡く光ると沢山の青と赤、そしてオレンジの点を表示してみせるレーダーが起動した。
 青は味方で赤は敵、そしてオレンジは捕虜を示している。
 すると関門の左端、土煙が上がっていたところに集まる赤い点が動き出す。

「敵に動きあり!数は……三つ?」

 見えた赤い点の数に探知班は疑問符をつけて言う。
 三つの赤い点は三方向に分かれて前線に向かっていた。
 その内の一つが高速に動き前線の青い点と接触した…はずだった。

「こ、これは!?一つだけ真っ直ぐにこちらへと突き抜けてきます!おそらく鳥型だと思われます!」

 探知班の報告に上官はならばと兵士達に上へ向けて魔法を放つよう指示する。指示を受けた者達は簡易魔法装置を起動させて姿は見えない相手へと攻撃を始めた。
 鳥型の獣人族ならばこれだけの魔法攻撃を回避するのは至難の技だから何をしようとしても意味がないと上官は思った。
 しかし探知班のレーダーには赤い点が消失することなくこちらへと向かい続ける。というか攻撃を避けるような動きもなく真っ直ぐに進んでいるのが見えて彼らは冷や汗をかく。
 あれだけの魔法を防ぎながら空を飛べる獣人族がいたのかと探知班は思っていたが実際は違うのだ。
 それに気づいたのは赤い点がレーダーのほぼ真ん中で止まった時だった。
 探知班はレーダーを見て真上を見ようとしたが霧のせいで目視できなかったが一つの仮説が浮かんだ。
 この相手は放たれた魔法を防ぎながら飛んできたのではなく、で飛んできたのではないかと……


***


 ーー…期待に応えようと張り切るあまり雲を突き抜けて飛んでしまいましたがまあいいとしましょう。
 飛んでいく中、下の方でいくつかの魔法がちらほら見えましたが射程を考えて撃たないと意味ないですよ。

(さてと、どう料理してあげましょうか?)

 この前みたいに雷属性を使いたいところですが、それだと爆風で霧を消してしまいかねません。
 となれば火属性も風属性も止めた方がいいですね。
 旦那様が言うには霧が今回の作戦の重要な仕掛けなのですから。

(そうですわ。派手さに欠けるでしょうけどこれでいきましょう。)

 これなら霧があまり減らすことなく攻撃できるだろうと閃き私は氷属性の魔方陣を複数展開する。それらを下にある雲と接合させれば魔力を注ぎ入れ形を作り上げる。
 敵はきっとこれを見たら泡食らうことだろう。ロックガーデン国内ではまず起きない現象を目の当たりにすることでしょうから。

「ちょっと準備に手間取りましたが、これでお先に五千はいただきです。」

 しっかり形を成したところでいよいよ攻撃開始の合図といたしましょう。

「さあ降り注げ、【氷龍ひょうりゅうの息吹き】。」

 龍魔法を発動させれば雲から雨ではなく雹を降らせてみせた。
 下にいる兵士の何人がこれに気づくでしょうかね。彼らの生涯でこんな天気を体験できるなんて滅多にないでしょうから。
 雹と言っても大きさはこの世界にあるココナッツと呼ばれる木の実くらい。それを雨のように上空から降らしたら、楽しいことになるでしょう。
 この初撃で軽く千は討ち取れるでしょうし、開戦の合図となりましょう。





「これは、敵の魔法を感知!上から攻撃がきます!」
「よし!障壁班は防御魔法を上へ展開せよ!」

 探知班の報告に上官は別の班に呼び掛け同じように装置を使って魔法防御の障壁をドーム状に展開させる。
 たかがヒト一人が放つ魔法ならばこれだけで間に合うとその場にいる者達は思った。
 それが間違いだと気づいた時にはもう遅かった。
 突然探知班と障壁班の操作していた簡易魔法装置から甲高い音が鳴る。この音は装置の警鐘を指していた。

「っ!?わああっ!?」

 次の瞬間、点在する障壁班の装置が突如として次々と爆発し近くにいた者達を荷車ごと吹き飛ばす。近くで目撃した上官は何が起きたのかと思い尋ねようとしたが言葉を遮られた。
 いや、が正しい。
 ガキィンッ!という音がしてから大きく凹ませた兜を被った上官が首を直角に曲げて馬から落ちたのを周辺にいた兵士が見てしまう。
 短い悲鳴が上がる中で一人の兵士の足に何かが当たったので彼が下を見るとそこには抱えなければならないほどの氷塊ひょうかいがあった。
 これが今上官を殺したものなのだろうか。もしこれが敵の魔法ならばと息を荒くしてその兵士は霧で見えない上に顔を向けた直後、肩に受けた衝撃に地面へと倒された。
 隣で倒れた者に別の者が驚いて声を掛けようとしたが降ってきた氷塊が当たって脚を折られた。
 そうして見えない状態で降り注がれる氷塊によって兵士達は次々と手足を折られ、頭や首を砕かれて倒されていく。
 こんなにも広範囲で強力な魔法をしかも単体で扱える存在がロックガーデン国にいたのかと連合軍の後列に混乱が起きていた。
 しかしこれで終わりではないことを連合軍は知ることなる。それは前線でもうすぐ起きようとしていた。



 レーダーに出た二体の内、ミケラは雲から濃霧へと降り注ぐ氷の礫を眺めながら走り続けていた。

「ミケラ!見とれてないで作戦通りにやるんだよ!」
「ふにゃ!?はい!頑張ります!」

 隣を走る先輩エイムに言われたミケラは元気よく返事をしてから共に霧の中へと入っていった。
 先を走るエイムがまず出くわすのは前線で盾役を強いられていた獣人族と繋がっていた子どもだ。

「うわっ!?なんだお前は!人間か!」
「ううん、あんな連中と一緒にしないでよ。助けに来たんだ。〔大地の守り人〕って言えばわかるってマスターは言ってたけど。」

 驚く獣人の男にエイムは返すと男に繋がっている子どもを抱えるよう指示する。男はエイムから出た〔大地の守り人〕の名前を信じて繋がっていたエルフの女の子を抱える。

「オッケー。そのままでいてね?」

 エイムは準備が出来たと判断すれば息を吸う動作をすると口先から大きな泡を出してみせた。
 泡は子どもを抱える獣人に触れると割れることなく中へと入れてみせ地面から足を離れさせた。
 口から泡を切り離したエイムは軽く触って丈夫さを確かめればよしと頷いてからミケラに呼び掛ける。
 すぐに返事と共に現れたミケラは泡に入っている二人を見て声を漏らす。

「ほわあ、まん丸なこれをいいんですね?」
「うん、ちゃんと加減してやれば大丈夫だし、向こうも作戦通りに対応してくれるからやっちゃって。」

 エイムの言葉に了解しました!とミケラは返せば少し距離を取ってから泡へと駆け出して足を振り上げると

「飛ぉんでけみゃあ~!」

 なんと二人入った泡を豪快に蹴ってシュートしてみせた。
 蹴りを受けた泡は少し変形してから高々と飛んで放物線を描く。向かっていく先は関門であり泡は地面に向かって落ちていく。
 そこへ出番がやってきたと動く者達がいた。

「来ましたね。さあ私達の活躍を大魔将軍様にお見せいたしましょう。」

 ラオブが片手を前に出して横一列に並ぶ数体の同族に指示すれば一斉に地面へ土属性の魔法陣を展開させる。

『土よ土よ。その地を軟らかくさせよ【スポンジアース】!』

 ラオブ達が魔法を唱えれば地面が一度波打つような動きをしてみせた。
 そのほぼ真ん中へと泡が落下した瞬間、なんと地面が軽く凹んでからポヨヨンと弾いてみせたのだ。
 弾かれた泡はその先に同じく並ぶバオムとトレント族の巨体が受け止めてみせ地面に落ちる。
 ここまででも悲鳴をあげる子どもと顔を強ばらせる男性にも身体に影響はなかった。

「よし皆!運ぶぞぉ!」
『チュチュウ!!』

 さらにトーポが配下のラット族に号令を出すと二体が泡に駆け寄り持ち上げると高速に関門の堅牢な扉の前へと運んでみせる。
 その間にも霧の中から次々と同じ状態の泡が飛び出して来ては三種族の連携で移送されていった。
 これこそ大魔将軍が考えた作戦の一つである救出のシナリオだ。
 プルパ率いるヒト族魔法チームが発動させた濃霧で敵の視界を奪い、ゾドラが後方を攻撃することで敵の混乱を誘発させている間にエイムとミケラによる突拍子もないと言われ兼ねない救助で関門に向けて飛ばしラオブ達が移送する。
 救助するのが人間族以外だし話に聞いた通りだから見た目で判断しやすいのでエイムとミケラは順調に捕虜達を打ち出せるし人間族に出くわしたら容赦なく討ち取った。
 作業を続けていくと残りの捕虜達も状況を理解して声を掛け合い始め繋がっている子どもを抱えて救助を待ってくれたのでより円滑に進むことが出来た。

「……これで一応最後かな?」
「わっかりましたぁ!」

 最後の一組の打ち出しを終えるとエイムは濃霧の中で周りを見る動作を始める。エイムも【生命探知レーダー】が使えさらには魔力を種族ごとに色で判断できるので軽く見回しても人間族しかいないことを確認する。話の通り前線に捕虜を集めてしまった人間族にとっては失敗と言えるだろう。
 一通り【生命探知レーダー】で見回してからエイムは黒い笑みを浮かべた。

「うふふ、それじゃあミケラ。目の前の敵は…?」
「はい!一人残らず殲滅いたしますみゃ!」
「その通り!ミケラには五十人倒したら一点ずつ点数が加算されますから百点目指して頑張りましょう!」

 先輩風を吹かせて言うエイムは手の平からミニマムの分身を出せばミケラの頭に飛び移らせて髪の中に紛れ込ませた。
 ミニマムエイムを受け取ったミケラは言われたことに元気よく返事してから手甲を装着し引き金を引いて鋭利な爪を出してみせた。

「大魔将軍様に褒められるよう、ミケラ!頑張ります!」

 名乗りと共にミケラは敵兵士へと突撃していく。それを見送ったエイムは敵側の方に高々とジャンプして一度濃霧から出てまた入ってから敵前列の右側に着地する。

「な、なんだ!?」
「こ、子ども…?」

 突然現れたエイムを見た敵兵士は容姿に何故こんなところにという考えを生んでしまった。
 その僅かな間でエイムは腕を左右に広げ手の平に火属性と風属性を出して合わせ雷属性の魔方陣を展開させれば雷撃を浴びせながらくるりと回ってみせる。一番近くで受けた兵士から伝染するようにして他の者達も雷撃を受けてしまいエイムは一回の攻撃で軽く数十人を討ち取ってみせた。

「あははは!そんな安物のギラギラを着けているからビリビリされるんだよ?でも心配しないで。も、ちゃんとしてあげるから!」

 無邪気な笑みを浮かべて言うエイムは魔法と手足の形状変化による物理で制圧を開始した。


***


 霧の中から泡が飛び出るのが無くなり閃光が見え始めた。
 ということはどうやら救助は済んだらしい。さすが教えたことに忠実な二体である。

「全員の救助を確認した。門を少し開けよ。さらに話した通りに動きなさい。」
「わ、わかりました!」

 我の指示に獣人の将軍は素直に従って関門を開ける指示を出す。門が開く音がすると我は関門の内側へと一度降りる。話は通ってあるので空から降りてきた我を見て獣人族の兵士達は恐れはするも武器を向けることはなかった。
 腕を広げた成人男性二人分くらいまで門が開くと玉転がしの要領で救助された捕虜達がラット族によって運ばれていく全員が入ってから我は最初に運ばれた捕虜を包む泡に触れる。
 すると泡は次々小さな破裂音と共に割れてみせた。
 我が割ったわけでなく触れてからエイムに連絡して解除を求めたのだ。結果、我が割ってみせたかのような演出を彼らに与えることで信頼感を得る、という作戦である。
 泡から解放された捕虜を救護班の者達が駆け寄って保護の作業に入ってくれた。
 それを軽く見届けてから我は次に移った。

「さて、用意はいいなお前達?」
「チチチ!もちろんです大魔将軍様!しかとお役目をさせていただきます!」

 先頭に立つトーポの返事を聞いて頷いてみせれば片手を振って行動開始の合図を送ると再び関門の上に戻ることにした。
 合図を見てトーポを率いる二十体のラット族は一斉に駆け出す。向かった先にあるのは本来投石器用に準備されていた予備の岩。それを中くらいものは一体で、大きなものは二体がかりで運搬を開始する。
 門を出たラット族はすぐに左へと曲がってラオブ達が待つ方に向かった。
 その間に後方から別のラット族が合流する。
 実は連れてきたラット族は総勢四十名で半分に分けて投石器の岩を運搬してもらうことにしていた。
 ちなみにもしこの場に投石器が確認されなかった場合には我が近くの岩山を砕いて運搬させる予備案もあった。だって岩に関してこの場所は不足しないだろうからな。

「チュチュ、持ってきたぞバオム!」
「ウオオ…任せロォ…!」

 運んできた岩をラット族から受け取ったバオム達トレント族は岩を持つ手を後ろに大きく振りかぶる。それを確認して動いたのはエルフェン。弓を手に光属性の魔法矢マジックアローを構える。

「照らせ!【照明弾フラッシュアロー】!」

 エルフェンの指から放たれたそれは真っ直ぐに濃霧が届かない上を飛ぶと途中で破裂し光の玉となって滞空した。
 【照明弾フラッシュアロー】はその名の通り明かりを作る為の初級スキルであり本来は洞窟や暗い建物内を冒険する時などに使われる。なので屋外のしかも日中に使うことはほぼない。

「合図ダぁ…あれにムカって、投げろぉ…!」

 しかし今回は違う。続け様にエルフェンが放った三発の【照明弾フラッシュアロー】は横並びに滞空するのを確認したバオム達は各々照準を合わせてから岩を軽々と投げてみせた。
 さらに続けてラオブらティムバー族も自身の前に魔方陣を展開させ針状の中型魔法弾を斜め上に発射する。
 さっきとは逆に泡でなく岩と針が放物線を描いて【照明弾フラッシュアロー】の下を通り過ぎるようにして濃霧へと消えていった。
 それがどのような結果になるかは想像する必要もない。いくら向こうに防御魔法があろうとも投石器よりも遠くにしかも断続的ではなく次々と落ちてくる岩を針と一緒に受けては簡易魔法装置頼りならば簡単に崩れることだろう。
 ちなみに目印である【照明弾フラッシュアロー】の位置は濃霧の範囲内のほぼ中心に置くよう事前にエルフェンには指示していた。
 つまり全体をまとめて見れば敵軍後方をゾドラが、前線をエイムとミケラが、中心をラオブ達がと魔族のみで攻撃する形に成り立っていた。
 しかし別にエルフェン以外の面子を魔族だけにしてはいない。

「皆の者!霧だけでなく我々も加勢するのじゃ!」

 ラオブ達の後ろにいたプルパの掛け声で〔大地の守り人〕から参戦した魔法使い達は見とれていたところから我に帰ってそれぞれ魔法を発射したりその場に岩を生成してみせたりと援護に加わった。
 敵軍にとってまさかこんなにも攻勢に来られるとは思っていなかったことだろう。霧で視界が遮られ至るところで阿鼻叫喚の大混乱となっては指揮系統も儘ならなくなっているはずだ。
 だがこれで済ませるつもりはない。プルパ側も予定通り攻撃に転じたのであれば風が止まないこの地形ではいずれ濃霧も流される。
 だからそのタイミングで最高のだめ押しを決めてやるのだ。
 あと下の者達だけで仕事を終わらせるようでは上司として良くないと思うし。

「さあて、用意はいいかエルフェンよ?」
「ぅ…やるのか大魔将軍?お前の配下を巻き込まないか?」
「ハハハ、心配してくれるのは嬉しいがちゃんと連絡して退かせるから大丈夫だ。」

 問いかけへの返事に笑って返してやればエルフェンは一度ため息をついてから意を決した表情に変わってやろうと言ってくれた。
 この濃霧が半分ほど去ってしまった時ぐらいには我らのも準備できることだろうからド派手な幕引きとして敵軍を完膚なきまで殲滅してみせようぞ。
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