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七章 パルラの悩み
28話
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【おもな登場人物】
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
カラン、と彼の胸元で何かが鳴った。彼が首から提げている黄金のロケットだろう。
そうだ、あのロケットも、彼が特別だと示す何かなのではないか?
何が? 異端の思想が? 愚かな振る舞いが? 行きすぎた覚悟が?
──私はいま、彼のことを理解し、同時に分からなくなったのだわ。
パルラは泣きたいような気持ちになった。ミィラスの行いは、彼自身の信念に従っている。それがドリード神の信徒として誇れることかどうか、彼女には分からない。だが、教団の立場から見れば、彼は立派な異端者であろう。魔物が解放されたときでも、ヴァインの街を出たときでもなく、この瞬間に、彼は正道を外れたのだ。
もし神がそれをお望みなのだとしたら?
誰も神の意志など知らないのに。
きっと「道を踏み外した」「異端である」と言って、ミィラスを咎める者がいるだろう。教団の神職が、同僚の聖典楽師たちが、塔長が、司祭長が、市井の信徒さえも。
自分は咎めるだろうか。
もしかしたら咎めるかもしれない。この手でミィラスを指さし、石を投げて糾弾する時が来るのかも。
まさか自分はそんなことをしない、と自信を持って言えない自分がいる。
多くの凡庸な人間と同じく、善悪の判断は自分の中にある社会規範によってしかできない。
パルラは辛かった。ミィラスは仲間のために命を投げ出すことができ、恐ろしい魔物を執念深く追う覚悟がある。たとえ信仰を疑おうとも、また誰に疑われようとも、どこまでもドリード神の忠実なしもべであろうとする。そのことを誹る自分は、なんて醜いのだろうか。彼に助けられたくせに。
ミィラスの原動力が罪の意識であることは、パルラも知っている。彼の本質はただの優しい青年なのだ。争いを好まず、規律や礼節を重んじ、慈悲がある。その彼を、恐ろしい道へと進ませるためには、彼の心もまた恐ろしく変貌しなければならないのか? そうではなく、本当に恐ろしいのは自分や周りなのでは?
彼は決意してしまっているに違いない。己が過ちを犯しているのであれば、その過ちごと全うしようと。過ちであることに、誰も疑いを抱かないまま。
「……」
私が彼の側にいることは、何か意味があるのかしら。
パルラは自分へ問う。
私は彼に対して、掛けられる言葉はある?
私はミィラスと話がしたいのよ──パルラはそっと心に呟く。
なんでもいいわ、どんな話題でも。とりとめの無いことでも良い、むしろ、それが良い。
だってそうしないと、どんどん遠くに行ってしまう。たとえミィラスが聖人でも狂人でも構わない。最愛の兄マクールが死んだ遠因が彼であったとしても、もう関係ない。
脳裏の端に、盗賊たちに暴行されるミィラスの姿がちらついた。
あのときから、なんとなく分かっていたわ、とパルラは思う。
自分とミィラスでは、持っている器が違うのだ。もとより自分の度量が大きくないことは知っている。だが、ミィラスは『大きい』というよりも『底が抜けている』と表す方がしっくりくる気がする。
本来ならば、才能ある聖典楽師として、正しく人生を過ごしたであろう彼が、あえて違う道を行くのであれば、パルラに止める術があろうはずもない。
けれど、とパルラは心の中できつく噛みしめた。
──私がしっかりしていないと、彼はあっさり死んでしまう気がする。
──殉教なんてさせない。
パルラはぐっと拳を握りしめた。
彼女は悟り、決意した。
──ミィラスが正しいかなんて関係ないわ。それでも私はこの人を守る。
一度思いを固めたら、少し気分が楽になった。パルラはふうと息を吐き出して、隣にいるテルを見た。
テルはやや面食らった表情でミィラスを見ていたが、それだけだった。
彼はこの国の者ではなく、ドリード神の信徒でもない。ミィラスが異端者だとして、彼に関係あるだろうか? そういう意味では、ここにいるのが彼で良かった。
そのとき、遠くのほうで音が鳴った。
風でも獣の声でもない。明らかに楽器だ──これは竪琴ではないか?
パルラはうっすら悪寒を感じた。大聖堂では、聖典楽師たちの音楽をずっと耳にしてきた。かすかに聞こえてくる音色は、〝聖典の詩〟とともに彼らが奏でるそれにそっくりだ。だがパルラには、その音楽がどこか薄ら寒く、あざ笑うような淫靡な音律に聞こえたのだった。
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊
カラン、と彼の胸元で何かが鳴った。彼が首から提げている黄金のロケットだろう。
そうだ、あのロケットも、彼が特別だと示す何かなのではないか?
何が? 異端の思想が? 愚かな振る舞いが? 行きすぎた覚悟が?
──私はいま、彼のことを理解し、同時に分からなくなったのだわ。
パルラは泣きたいような気持ちになった。ミィラスの行いは、彼自身の信念に従っている。それがドリード神の信徒として誇れることかどうか、彼女には分からない。だが、教団の立場から見れば、彼は立派な異端者であろう。魔物が解放されたときでも、ヴァインの街を出たときでもなく、この瞬間に、彼は正道を外れたのだ。
もし神がそれをお望みなのだとしたら?
誰も神の意志など知らないのに。
きっと「道を踏み外した」「異端である」と言って、ミィラスを咎める者がいるだろう。教団の神職が、同僚の聖典楽師たちが、塔長が、司祭長が、市井の信徒さえも。
自分は咎めるだろうか。
もしかしたら咎めるかもしれない。この手でミィラスを指さし、石を投げて糾弾する時が来るのかも。
まさか自分はそんなことをしない、と自信を持って言えない自分がいる。
多くの凡庸な人間と同じく、善悪の判断は自分の中にある社会規範によってしかできない。
パルラは辛かった。ミィラスは仲間のために命を投げ出すことができ、恐ろしい魔物を執念深く追う覚悟がある。たとえ信仰を疑おうとも、また誰に疑われようとも、どこまでもドリード神の忠実なしもべであろうとする。そのことを誹る自分は、なんて醜いのだろうか。彼に助けられたくせに。
ミィラスの原動力が罪の意識であることは、パルラも知っている。彼の本質はただの優しい青年なのだ。争いを好まず、規律や礼節を重んじ、慈悲がある。その彼を、恐ろしい道へと進ませるためには、彼の心もまた恐ろしく変貌しなければならないのか? そうではなく、本当に恐ろしいのは自分や周りなのでは?
彼は決意してしまっているに違いない。己が過ちを犯しているのであれば、その過ちごと全うしようと。過ちであることに、誰も疑いを抱かないまま。
「……」
私が彼の側にいることは、何か意味があるのかしら。
パルラは自分へ問う。
私は彼に対して、掛けられる言葉はある?
私はミィラスと話がしたいのよ──パルラはそっと心に呟く。
なんでもいいわ、どんな話題でも。とりとめの無いことでも良い、むしろ、それが良い。
だってそうしないと、どんどん遠くに行ってしまう。たとえミィラスが聖人でも狂人でも構わない。最愛の兄マクールが死んだ遠因が彼であったとしても、もう関係ない。
脳裏の端に、盗賊たちに暴行されるミィラスの姿がちらついた。
あのときから、なんとなく分かっていたわ、とパルラは思う。
自分とミィラスでは、持っている器が違うのだ。もとより自分の度量が大きくないことは知っている。だが、ミィラスは『大きい』というよりも『底が抜けている』と表す方がしっくりくる気がする。
本来ならば、才能ある聖典楽師として、正しく人生を過ごしたであろう彼が、あえて違う道を行くのであれば、パルラに止める術があろうはずもない。
けれど、とパルラは心の中できつく噛みしめた。
──私がしっかりしていないと、彼はあっさり死んでしまう気がする。
──殉教なんてさせない。
パルラはぐっと拳を握りしめた。
彼女は悟り、決意した。
──ミィラスが正しいかなんて関係ないわ。それでも私はこの人を守る。
一度思いを固めたら、少し気分が楽になった。パルラはふうと息を吐き出して、隣にいるテルを見た。
テルはやや面食らった表情でミィラスを見ていたが、それだけだった。
彼はこの国の者ではなく、ドリード神の信徒でもない。ミィラスが異端者だとして、彼に関係あるだろうか? そういう意味では、ここにいるのが彼で良かった。
そのとき、遠くのほうで音が鳴った。
風でも獣の声でもない。明らかに楽器だ──これは竪琴ではないか?
パルラはうっすら悪寒を感じた。大聖堂では、聖典楽師たちの音楽をずっと耳にしてきた。かすかに聞こえてくる音色は、〝聖典の詩〟とともに彼らが奏でるそれにそっくりだ。だがパルラには、その音楽がどこか薄ら寒く、あざ笑うような淫靡な音律に聞こえたのだった。
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