西翼の鴉~神は沈黙したもう~

雨丹 釉

文字の大きさ
28 / 48
七章 パルラの悩み

28話

しおりを挟む
【おもな登場人物】
《ミィラス》
聖ドリード教団で若くして聖典楽師となった、孔雀色の瞳が印象的な青年
《パルラ》
聖ドリード教団に所属する踊り子で、快活で強気な女性
《テル》 
旅の剣士で、風雅な印象の風来坊




 カラン、と彼の胸元で何かが鳴った。彼が首から提げている黄金のロケットだろう。

 そうだ、あのロケットも、彼が特別だと示す何かなのではないか?
 何が? 異端の思想が? 愚かな振る舞いが? 行きすぎた覚悟が?

 ──私はいま、彼のことを理解し、同時に分からなくなったのだわ。

 パルラは泣きたいような気持ちになった。ミィラスの行いは、彼自身の信念に従っている。それがドリード神の信徒として誇れることかどうか、彼女には分からない。だが、教団の立場から見れば、彼は立派な異端者であろう。魔物が解放されたときでも、ヴァインの街を出たときでもなく、この瞬間に、彼は正道を外れたのだ。

 もし神がそれをお望みなのだとしたら?
 誰も神の意志など知らないのに。

 きっと「道を踏み外した」「異端である」と言って、ミィラスを咎める者がいるだろう。教団の神職が、同僚の聖典楽師たちが、塔長が、司祭長が、市井の信徒さえも。
 自分は咎めるだろうか。
 もしかしたら咎めるかもしれない。この手でミィラスを指さし、石を投げて糾弾する時が来るのかも。
 まさか自分はそんなことをしない、と自信を持って言えない自分がいる。
 多くの凡庸な人間と同じく、善悪の判断は自分の中にある社会規範によってしかできない。
 パルラは辛かった。ミィラスは仲間のために命を投げ出すことができ、恐ろしい魔物を執念深く追う覚悟がある。たとえ信仰を疑おうとも、また誰に疑われようとも、どこまでもドリード神の忠実なしもべであろうとする。そのことを誹る自分は、なんて醜いのだろうか。彼に助けられたくせに。

 ミィラスの原動力が罪の意識であることは、パルラも知っている。彼の本質はただの優しい青年なのだ。争いを好まず、規律や礼節を重んじ、慈悲がある。その彼を、恐ろしい道へと進ませるためには、彼の心もまた恐ろしく変貌しなければならないのか? そうではなく、本当に恐ろしいのは自分や周りなのでは? 
 彼は決意してしまっているに違いない。己が過ちを犯しているのであれば、その過ちごと全うしようと。過ちであることに、誰も疑いを抱かないまま。

「……」

 私が彼の側にいることは、何か意味があるのかしら。
  パルラは自分へ問う。
 私は彼に対して、掛けられる言葉はある? 
 私はミィラスと話がしたいのよ──パルラはそっと心に呟く。
 なんでもいいわ、どんな話題でも。とりとめの無いことでも良い、むしろ、それが良い。
 だってそうしないと、どんどん遠くに行ってしまう。たとえミィラスが聖人でも狂人でも構わない。最愛の兄マクールが死んだ遠因が彼であったとしても、もう関係ない。

 脳裏の端に、盗賊たちに暴行されるミィラスの姿がちらついた。
 あのときから、なんとなく分かっていたわ、とパルラは思う。
 自分とミィラスでは、持っている器が違うのだ。もとより自分の度量が大きくないことは知っている。だが、ミィラスは『大きい』というよりも『底が抜けている』と表す方がしっくりくる気がする。
 本来ならば、才能ある聖典楽師として、正しく人生を過ごしたであろう彼が、あえて違う道を行くのであれば、パルラに止める術があろうはずもない。
 けれど、とパルラは心の中できつく噛みしめた。

 ──私がしっかりしていないと、彼はあっさり死んでしまう気がする。
 ──殉教なんてさせない。

 パルラはぐっと拳を握りしめた。
 彼女は悟り、決意した。

 ──ミィラスが正しいかなんて関係ないわ。それでも私はこの人を守る。

 一度思いを固めたら、少し気分が楽になった。パルラはふうと息を吐き出して、隣にいるテルを見た。
 テルはやや面食らった表情でミィラスを見ていたが、それだけだった。
 彼はこの国の者ではなく、ドリード神の信徒でもない。ミィラスが異端者だとして、彼に関係あるだろうか? そういう意味では、ここにいるのが彼で良かった。

 そのとき、遠くのほうで音が鳴った。
 風でも獣の声でもない。明らかに楽器だ──これは竪琴ではないか?
 パルラはうっすら悪寒を感じた。大聖堂では、聖典楽師たちの音楽をずっと耳にしてきた。かすかに聞こえてくる音色は、〝聖典の詩〟とともに彼らが奏でるそれにそっくりだ。だがパルラには、その音楽がどこか薄ら寒く、あざ笑うような淫靡な音律に聞こえたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...