鮮明な月

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第十六章 FlashBack2

208.

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自分の通う大学の教授の海外からの客人とはいえ、何も得もないのにリリアの道案内やら観光がてらの仏閣案内までさせられて面倒事を押し付けられた源川仁聖は、最初こそ困惑はしたもののその後は別段不快そうな顔は見せなかった。滑らかな英語を使いこなして機転もきく彼は勅使河原叡の幼友達の息子なのだと勅使河原は教えてくれて、母親はアメリカ人とのこと。両親の知り合いと言うことは子供の頃から知っているのかと問いかけたがそれに関しては勅使河原は苦笑いで、最近大学の中で顔をあわせたばかりとのことだ。それでも幼友達である父親の若い頃と瓜二つで、まるで過去に戻ったような錯覚に陥ると笑う。それでも仁聖には別段なにも対価はないのだというから、随分親切な青年だとリリアは思う。それはまた別な話で兎も角源川仁聖と言う人物は話していても賑やかで爽やかな青年なので、周囲の女性の視線が追いかけてくるのは言う迄もない事。日本のイケメンとやらの基準は知らないリリアにだって、高身長で整った顔立ちで彼は格好いいし、頼まれ事に嫌な様子も見せない親切な好青年。そんな非の打ち所のない優等生な印象だったのにあら?と内心密かに驚いてしまったのは、出逢ってからというものの愛想が良くて賑やかな雰囲気しか見せていなかった源川仁聖があからさまに子供のような不機嫌そうな顔で歩いていたのを見かけたから。どうやら恋人と喧嘩でもしたようだと一緒にいた鈴徳良二が言うのが図星だったらしくて、彼でも喧嘩なんてするんだと妙な関心をしてしまう。その直後に見知らぬ女性に声をかけられた仁聖の表情は、まるで毛虫か蛇でも掴んだ人みたいに不快そうに塗り変わったのには更に驚く。

彼もこんな風に人に反応することがあるのね。

仁聖は基本的にかなり人当たりの良い人物だと思うのだが、目の前でリリアは見知らぬ女性に話しかけられた途端に心底嫌だなと言いたげに顔を曇らせて見せたのだ。声につられ振り返った先にいた自分と大差のない色合いに染めているのだろうアッシュブロンドっぽい色の髪に緩いウェーブをつけている若い女性が、数人の男性を引き連れて自分達三人に歩み寄ってくる。そこでリリアが再びおやと目を細めたのは、リリアにしか分からないものがその目には写ったからだった。歩み寄ってきた彼女と一緒の男性達の視線が仁聖だけだなくリリアにも向けられて、彼らの視線が見合わせられドヨドヨと何か話している。どうやら仁聖や勅使河原と同じキャンパスに彼らもいることがあるらしくて、リリアのことを見たことがある人間ばかりの様子でそれを口にしているのだが日本語の全てを理解するのはリリアにはまだ難しい。

「勅使河原の…………。」
「やべ、超可愛い。」
「マジか、リアルリリア・フラウ。」
「どうすんだよ、俺英語出来ねぇ。」

確かに不躾に見ず知らずの人間から、自分を評されるのは余り気分のいいことではない。が、それも相手によりけりで、仁聖の年若い友人達のキラキラとし瞳で言われた時はそれほど不快でもなかった訳で。兎に角どうやら言葉の端々に聞こえるのは、仁聖の年下の友人達と同じでゲームキャラクターに似ていると言う話らしいのは分かる。母国でも同じテレビゲームは流行っているのだろうが、リリア自身は全くそれに興味がないからまるでピンとこないだけ。この様子だと割合幅広い年代が、同じゲームをしているのかもしれない。

「こんなところで会えるなんて、美乃利すごく嬉しい。」

ところがゲームのキャラに似ているなんて言葉を早口にヒソヒソと話している男性達の様子を女性は気にかけた風でもなく、その顔に作りものめいた微笑みを張り付けてリリア達をわざと無視して仁聖に向かって話しかけている。これがわざとだと分かるのは彼女がちゃんと視線の一端をこちらに向けているのにリリアは気が付いているからで、あえて彼女はリリアをいないものとして無視しているのだ。

意図的、だけど、何か理由があるみたい…………

視線から何故かそう感じてしまうのはそのわざとの行為に見え隠れする意図があるからで、友人との関係からそういうものを読み解く経験が多かったリリアは胸元のペンダントトップにしている鍵をそっと指先に触れさせる。それを読み解く癖がついてしまったのは経験上仕方がないのだけれど、相手の女性が解かれるのを望んでいない可能性だってないわけでない。

「別に会いたくない。俺忙しいから。行こう、鈴徳さん、オフェリア。」

わざとファーストネームでなくミドルネームを仁聖が呼んだのは、先日の年下の友人達の話からリリアと呼ぶとゲームのキャラクターのせいで興奮する可能性のある人間がいて、彼女の取り巻きの人間がそうだと仁聖が判断したからなのだろう。それにしてもワザワザ話しかけてきた人にこんな風に対応していいものかと、リリアが迷うのに仁聖は然り気無くだが確りと手をとって彼女から引きはなそうとするように歩き出す。不機嫌そうな顔をした彼女を肩越しに眺めながら歩き出したリリアは、彼女は何がしたくて仁聖に話しかけたのだろうと思案にくれる。

仁聖と仲良くしたい?友人になりたい?ボーイフレンドになってほしい?

そのどれとも違う気がするのは、彼女の視線が良くある異性への好意を放っていないからだ。何か行動に計算があって目的があるように見えるのだが、それを感じているのか知っているのか仁聖はひどく不機嫌そうに彼女の対応を見据えている。

「待って!」

呼ばれても仁聖が振り返りどころかまるで反応しないのに、彼女は親指の爪を噛りながら鋭く舌打ちをするのがリリアには見えていた。リリアは首を微かに傾げながら手を引く仁聖の方に視線を向けると、仁聖は自分でなくてもいいのに彼女の方がいつまでもつきまとっているのだと呟く。その瞬間パシッと音を立てて反対の手を掴まれたのに、リリアは弾かれたように背後を振り返り目を丸くしていた。

「Weise?!」

リリアの大きな声に驚いたように振り返った仁聖の視界には、何故か大きな影か前のめりに覆い被さるように立ちはだかって金子美乃利達を視界から遮っている。しかも、仁聖と影の間には仁聖より小柄な女性が一人いて相手はその彼女の細い手を掴んでいて、どこか剣呑な雰囲気を醸しているのだ。顔が見えないと一瞬不安になった仁聖が数回瞬きして見直すと、そこにいたのは黒系の服を纏った綺麗な作りものめいた顔立ちをした顔色の悪い青年がリリアのことを見下ろしている。

「Master.Here you are. I was looking for you.」

能面のように作りものめいた顔立ちで抑揚もなくそう言う青年が、何故かジロリとリリアと同じ濃い青の瞳で反対の手をとっている仁聖ではなく横にいる鈴徳良二のことを睨み付けるのが分かってリリアが制止の声を放つ。

「They are very kind to me!There's no way Rio's a bad person!」

親切にしてくれたし、悪い人じゃないとリリアが矢継ぎ早に説得するのに、仁聖は何で手を繋いでいる自分じゃなくて良二なのかとポカンとしているが、良二は良二で参ったなぁと言いたげにリリアのことを探していたと言う青年を見上げる。

「I am Loki's friend.No need to worry.」

ロキと言う人の友人だから心配しなくていいと良二が言うと、青年は二メートルには届かないとは言え仁聖よりも僅かに高い身長でググッと前のめりに良二の顔を暫し覗き込む。まるでそうすれば何か見えると言いたげに良二の顔を覗き込んでいたが、やがて何かに納得したようにリリアの方に向き直りそこでやっと反対の手をとっていた仁聖のことに気が付いた。こんなに存在感を認識されないなんてことには経験がないが、今更とは言えジッと見下ろされたのに仁聖は作りものめいた顔を真っ直ぐに見つめる。まるで何か型をとったお面のような綺麗な顔立ちで、しかも表情も乏しくて、それなのに青い瞳だけが炎のような輝きを放っているのに気が付く。

「Weise.He is just a friend.」

リリアにただの友達と念をおされたのに逆に訝しげにヴァイゼと呼ばれる青年は仁聖の顔を覗き込み、リリアが間に入って彼のことも自分の友人だと説明するけれど、既に最初にヴァイゼはリリアをマスターと呼んでいるから友人と説明するのは少し無理がある。家庭環境には色々ありそうなリリアの事だしヴァイゼもドイツ語名前で、しかも海外まで探しにくるなんていいところのお嬢様なのかと内心では思う。そしてヴァイゼの背中で隠れてはいたが直ぐ傍に金子美乃利がいたのを失念していたのは、正直言うと大失敗だったわけだ。


 
※※※



少し慌てた様子で恭平が碧のドアを押し開けたのに、店内にいた久保田惣一と了が目を丸くして視線を向ける。closeの札をかけていたから客は勿論入ってこないし、既に比護耕作は帰途についていて、宏太と了もそろそろ帰宅しようとしていた矢先だったのだ。密かに走り回っていたのか少し息を荒げた恭平がすみませんと声を絞り出したのに、何事かあったのか?と宏太が問いかける。

「す、すみません、仁聖が来てないかと思って…………。」
「あ?なんだ、喧嘩でもしたか?」

問いかけを否定しようもなくて、そんな感じですと恭平は素直に告げた。部屋に閉じ籠ってしまった仁聖に話しかけるのに少し時間をおこうとして仕事をしていた恭平が、そろそろと思ってドアをノックしてみたのだが室内に仁聖はいなかったのだと言う。勿論準備しておいた夕食にも手をつけていないし、寝室にも家の中には何処にも居なくて、十分程待ってみても埒があかなくて電話を掛けてみたらスマホにも出ないのだ。それで一応思い付く場所は探してみたのだけど、明良達のところにも居ないようだし、外崎宅と佐久間翔悟は留守、慶太郎の独り暮らしの家にも居ない。

「秋晴の家は?」
「一番に行ってみたんですが、居なくて。」

源川秋晴は最近国内の仕事が続いているので暫く自宅で暮らしているが、仁聖は来てないし恭平がこうして探しているのに呑気に目を丸くして

いやぁ、仁聖が拗ねて家出なんて、凄いね!成長だね!

何て言うのだ。家出…………まさか、こうくるとは予想もしてなかった恭平は、そこから慌てて方々探しているのだけど見つからないまま、『茶樹』に顔を出して藤咲のところまで行くつもりだったようだ。closeでも店内に仄かに灯りがついているようだったから試しにドアを押してみたと言う訳のようで、結果として中にいた宏太達に確認も出来た訳で。

「んー、俺も一緒に探してやろうか?信夫さんとこに行くんだろ?あっち、人多いし。」

確かに藤咲の事務所は花街の一角だから駅の南側の商店街より基本的に人気は多いし、夜半前の繁華街には飲食店の客も溢れている筈だ。

「宏太、少しここで待ってろよ、いい?惣一さん。」

ひょいと立ち上がってそう告げる了になんかあったら連絡しろと手を振る宏太と惣一に、恭平は素直に頭を下げてもう一度街中に足を向けていた。



※※※



回り込んできた金子美乃利が仁聖が手をとっていたリリアの手を払いのけた瞬間、何するんだと仁聖は思ったしリリアも驚きはしたのだ。だけど、もっとも反応が早かったのはリリアを探しに来たヴァイゼと言う青年で、不躾に主人の手を払いのけた金子の手を主人の手をとっていない反対の白磁の手で掴んでいた。しかもその手は一瞬老人のようにしわがれた鉤爪に見えて、肌に食い込んだ爪に金子は微かな悲鳴をあげて青年の顔を咄嗟に睨み付けた。

「離してよ!何すんの!!」
「How dare you behave so rudely?」

金子のした行為が不作法だと問い詰めているが、何しろ咄嗟でヒアリングができていないだろう金子は手の痛みにキャンキャンと叫び散らすばかりで全くヴァイゼの問いかけに返答できていない。来日してから割合英語の堪能な人物としか接してこなかったリリアも、彼女の反応に戸惑いながらヴァイゼを止めようとはするがヴァイゼは彼女を睨み付けたままだ。海外生活の長い良二が、呆れたように金切り声で叫ぶ金子に声をかける。

「butlerがいるようなお嬢様の手を叩いたら、駄目だよ、お姉ちゃん。」
「はぁ?!い、いたぃい!離してっ!!」

あ、やっぱり執事とかがついちゃう家系の人なのと言いたげな仁聖に執事(butler)じゃないですとリリアは必死に訂正しているが、執事でなければ用心棒かなとこの状況では内心言いたくなる訳で。しかも家のお嬢様に手を出したら、女でも子供でも容赦ない感じに見えてしまうのは間違いではない気がする。

「Weise!!Don't do that will you?!!」

止めてと強く言われても手を掴むのを止めないヴァイゼに、取り巻き達は前回の鳥飼信哉のこともあるためか妙に遠巻きで手出しもしない。良くある悪役令嬢をギャフンの図にしか見えない光景に、仁聖はこんな騒動に巻き込まれるくらいならこっちに来ないで家で素直に恭平に謝れば良かったと内心思い始めていた。

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