鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話27.『五十嵐ハル』と彼氏

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「なんでさ?…………最近楽しそうに、『五十嵐ハル』してるの?」

それを問いかけた狭山明良にも十分に納得できる返答が結城晴から帰ってくるかどうかは分からないけれど、腕の中で先程までの強すぎた快感に未だにホヤンと蕩けた顔をしたままの晴は一緒に湯船に浸かりながら、ん?と首を傾げて見せる。
明良としては最近『五十嵐ハル』をする時には、晴が事前にちゃんと連絡をいれるようになったこの大きな変化は凄く好ましいと思っているのだ。前回のような酔っぱらいに絡まれて無理矢理物陰に連れ込まれるようなことを未然に防げるし、それ以外でも危険なことから晴を守る事も出来る。だからこうしてちゃんと教えてくれるのには申し分ないのだけれど、何故最近の晴は嬉しそうにワクワクした顔で『五十嵐ハル』をしているのか気になってもいるのだ。とは言え晴が可愛い女の子の格好が好きと普段も興味があるのでもないのは知っているし、仕事でなければ全く女装に興味もないし街中を歩く可愛い格好の女の子に興味がある風でもない。

「…………ふぇ?…………楽しそう?」

チャプチャプと湯を揺らしながらトロンとした瞳で繰り返す晴には、それには全く気がついていなかった様子で明良の言葉の意味を考え込んだ様子だ。女装姿は確かに格段に可愛いのだけれど、こんな風に明良に甘えている晴は何よりも可愛くて天使みたいに愛しい。湯船で抱き締めているのが同じ性別で男同士だというのに、余りの可愛らしさに思わずギュッと抱き締めてしまう。その最中に晴はふと思い付いたみたいに、まだホワホワした様子で口を開く。

「俺…………そうか…………そうかも。」
「何?」

明良の声に腕の中でエヘヘと可愛く笑った晴があのねと甘えるような声を出しながら、明良の身体に身を預けてチャプチャプと湯の中で足をバタつかせる。子供のようなその笑顔で甘えきった仕草をして見せる天使のような晴に、明良は微笑みながら何?と更に問いかけながら答えの先を促す。最早スッカリ甘えたになっている晴がこうしてすり寄ってきてくれて、それが幸せでない筈がない。

「えっとね、女装が…………楽しい訳じゃなくてね、俺。」

想定外の返答。ならなんで『五十嵐ハル』を続けているのと真面目に明良は問いただしたい。好きでもないのに、なんでまたいつまでもこんな風に繰り返し女装に勤しむのか。それこそ本気でスリルとサスペンスなのだとしたら、まぁそこは晴とはこんなタイプなのだからと改めて納得するしか後は方法がないのだろう。

「………………格好いい明良が見れるの…………好きなの。」

はい?と問い返したくなる突然な晴の発言に、明良が戸惑いながら晴のことを改めて眺める。すると明良の腕の中に抱き止められたままの晴は胸の前で人差し指をチョイチョイとあわせながら、説明が難しいといいたげにポツポツと言葉を繋ぐ。その仕草が途轍もなく可愛いなんて、ここで明良が改めて言うまでもない。

「えっと、ね、助けにきてくれるとか…………見守ってくれてたりとか…………。」

それはつまり『五十嵐ハル』を助けに行く明良の事?そう問いかけると晴は、そうだよとヘラッと嬉しそうに微笑んで恥ずかしそうにはにかんでみせる。何それ、なんでそんなとこにはにかんで可愛いの?そう言いたいけれど、晴が理由として伝えたいのは

『五十嵐ハル』の前に颯爽と現れて、悪漢から助け出してくれる狭山明良が格好いいから。

そんな聞いたことのない理由で晴はワクワクした顔で見ていたのと呆気にとられるけれど、よくよく考え直してみるとその言葉は途轍もなく可愛すぎる。だって明良が来てくれるのとか明良が騎士のように守っているのを見るのが好きだなんて。まさかの自分のしている女装ではなく、明良が来てくれるのを見たいから。そんな理由でワクワクした顔をしてるとは、微塵も思っていなかった明良は悶絶してしまいそうになりながら思わず顔を覆う。

「あきら、すっごく格好いいよ…………だから、見れると、…………俺、うれしーの。」

まるで夢見心地にヘロンと笑いながら、晴がそんなことを言う。えええ、そんな可愛いのありなのと叫びだしたくなるくらい可愛くて、しかも嬉しそうに恥ずかしそうにエヘと笑うなんて明良にしてみたら可愛いにもほどがある。そんな理由をそんな顔で言うなんて狡いにもほどがあるし、そんなこと思ってあのワクワク顔だなんて知ったらこれからそれを見る度に明良はどんな反応をしたらいいのか。だって、あの晴のワクワクが明良のことを『格好いいなぁ』なんて見てるんだって言うことが分かるから、明良だってこれからあの視線の時は意識してしまいそう。

「明良?」

真っ赤になって顔を覆ったままだった明良に、晴が不思議そうに首を傾げて大丈夫?と問いかけてくる。可愛い晴に自分が格好いいなんて思って見つめられてるなんて聞かされて冷静でなんかいられないし、それをこんな風に伝えられるなんてのも想定外過ぎて恥ずかしいのに嬉しい。

晴にそんな風に特別にして貰えてるなんて…………ヤバい、嬉しい…………

そりゃぁ少し顔は良かったし勉強だって運動だってそこそこいいから、明良だってモテていなかった訳じゃない。ガールフレンド的な彼女だっていたし、成人してからは彼女との性行為だってなかった訳でもないのだ。それでも常に相手からは冷静だとか冷淡だとかいわれていたし、こんな風に相手に言われた一言で嬉しくなるなんて事もなかった。
逆上せちゃった?大丈夫?と心配してくる晴の甘えた口調に、収まった筈の欲望がムクムクと膨らんできてしまう。沢山晴の中に無理矢理に捩じ込んで、散々突き上げ掻き回した上に、溢れるくらいに注ぎ込んで収まった筈の欲望。それなのにこんな風に晴がモジモジと頬を赤らめて、途轍もなく可愛らしい事ばかりいうから。

「明良、大じょーぶ?」
「大丈夫。嬉しい……だけ。」
「うれし?何が?」

不思議そうに言いながら晴がチャプリと音を立てて身を翻そうとするけれど、浴槽がそれほど大きくないここではそう上手く反転までは行かない。外崎邸のあのホテル張りの浴槽なら兎も角、二人の同姓中のマンションは元は明良が一人で暮らしていたマンション。一人で暮らすにはユッタリとした風呂場でも、ここに二人ではいるには少し手狭なのは事実だ。それを思うと明良は思わず微笑みながら、晴の身体をもう一度確りと抱き締めなおしてしまう。

「晴、もう少ししたら引っ越そうか?」
「ん?なんで?」
「二人でもう少し手足伸ばせるお風呂のある部屋がいいかなぁ?」

えー、これでもう十分だよ?なんて晴が呑気に笑うけれど、基本は独り暮らし用のマンションに二人で暮らしているのは事実だし。幾ら元々晴がモノの殆どない暮らしを基本にするミニマリストだったとは言えここで暮らすうち、少しずつ晴の持ち物も増えてきている。別段ミニマリストが悪いと言うわけではなくて、明良としたらというだけの話だ。以前からあったスーツ等の服とかだけでなく茶碗や箸みたいな食器とか晴専用の日用品が明良のものとは別に少しずつとは言え増えていくのも、明良にしてみれば少し嬉しいことだったりするのだ。

「俺の?…………そなの?」
「うん、晴の専用って…………増えてくのが、俺は嬉しい。」

互いに喜ぶ面が違うのを知るのも楽しい。そう幸せそうに晴を抱き締めて囁く明良に、晴がニコニコしながら俺もだよと笑いかけてくる。こうして二人で過ごせること自体にこんな風に色々と幸せを見いだせるのが、本当にお互いにとって幸せな時間だったりするのだ

「ねぇじゃ今度さ、一緒に…………。」

そんな風に甘えた声で言う晴を、明良は改めて宝物のように強く確りと抱き締めていたのだった。



※※※



それを見つけたのは、今回は本当に偶々で花街の系列塾の講義をした後の帰り道だった。冬期講習の期間で進学校が多いこの近郊では、授業が増えて臨時でアルバイト講師の久世博久もヘルプとして講義を受け持っている。秋頃から地区統括をしている八幡征爾に声をかけられるようになって、ここら辺近郊で一番大きな花街の塾に呼び出されることが増えて、本来のバイト先である塾の室長である小早川圭からは将来有望株ってことだなとも言われた。

八幡さんはこの業界に顔が利くし、教師になってからも仲良くしとくといいぞ?久世。

小早川も八幡とは大学時代のバイト講師の時からの付き合いで、他には教師になってバイトを辞めた人間も多く交流がまだあるのだそうだ。なので何かと教育関係の情報が耳に入ってくるそうだし、文学部の教育学科に進路を変更する博久にとっては今後有益になるかもしれないとのこと。そんなわけで最近では花街に来る機会も以前とは違う意味で増えたのだ。
その帰り道、目に入ったのはあの時の溺愛彼氏。
スラリと背筋の延びた相変わらず仕立てのいいスーツを纏って、颯爽とした空気の中佇む黒髪の青年を見つけて内心『五十嵐ハル』がいるのではと心の中で期待してしまったのは言うまでもない。未練がましいとは博久も思うけれど、ほんの一寸前のあの恋心は簡単には忘れられるものではなくて。一目だけでも彼女を見たいなんて、その青年が誰かを待ち佇んでいるのを遠目に監視してしまったのだった。

え?

その青年に駆け寄ってきたのは、あの清楚なOLといった感じの女性とは全く違う。所謂ゴスロリに近いようなヒラヒラとヒダの多めな系統の服装の女性だったのに、博久はポカーンとしてしまっていた。しかも駆け寄った栗毛の彼女野手を握っていたかと思うと、人前だというのに抱き寄せキスまでしたのだ。

えええええええ?!

『五十嵐ハル』は猫っけの黒髪の人だった。だけど目の前の男はどう見てもあの時自分に彼女との仲睦まじさを見せつけ抱き寄せキスして見せた男なのに、相手があの清楚な可愛いハルじゃない。

ハルちゃんじゃない!!

それは途轍もない衝撃だった。あんなに花街の中を寄り添って幸せそうに歩いていたのに、今この男は別な女を抱き寄せてキスして仲睦まじく駅から離れて歩き出そうとしている。しかも思わず眺めていたら、相手を連れて物陰に入り込んだのだ。

あ、あ、あの男っ二股?!

咄嗟に物陰に入り込んだ二人の背中を追って行くと、確かこういうのを壁ドンとか言うんじゃなかったろうか。視界の先には物陰に連れ込まれて女性を壁に押し付け押さえ込む、あの若い男の背中が見える。そしてこんな人目のある場所だというのに、覆い被さり乱暴に唇を奪う様子。

「ん、ふ…………くふ………、………ぅ…………。」

軽いキスではなくて、かなりディープなやつ。聞かなくてもここまで微かに聞こえる濡れた音を聴けば分かるけれど、こんな場所で、しかも以前とは違う女性とだなんてと博久の胸の奥は苛立ちで膨れ上がりそうだ。

ハルちゃんのこと、遊びなのかよ?!

目の前には夜の帳の中、不埒な行動に出るあの男の背中。女の方も抵抗もしなくて為すがままなのは、こういうことになれているからなのか、この男がそういうことに抵抗させない魅力があるからなのか。どちらにしたってここで不埒なことをしている男の相手は、あの清楚なハルではない。

「ぁ……きら、…………好きぃ。」

切れ切れに聞こえてくる微かな声に、男は更に彼女のことを抱き寄せて耳元に顔を寄せて何かを囁きかけているようだ。男の方の声は更に低くて聞き取れないが、擽ったそうに女性の方が見悶えている。

「や、耳、やだ、擽った…………。」

耳に何かしらの行為をしているのだとは分かるけれど、ここは街中、外!しかも相手!!と出来ることなら叫びだしたい。可哀相なハルにこの姿を見せて…………でも、ハルが泣いてしまったら博久はどうしたらいいだろう。

「や、やぁ……んんっ、あんっ、耳、や、ぁきら、ダメぇ。」
「可愛い声だして。人がくるから、ね?我慢してて。」

そんなことに戸惑っていたら、この男と来たらこんな場所で更にとんでもない行動に出始めていた。女性のスカートの下に手を突っ込んで、なんとその中を探り始めたのだ。

「んっ、ぁき、らっ、やんっ!」

こいつ!絶対ハルちゃんを弄んで、二股してて絶対に駄目なやつ!!怒りに満ちていくけれど、ここで制止したくても既に覗いていたという事実があって、制止するには遅すぎる。それでもこれが浮気なのか、ハルの方が浮気なのかは兎も角。

「……、……ら…………ちぃいこ……しよ?」

街の通りからそれ程離れてもいないのに、男は彼女の脚を抱えてフワリとしたスカートの下に身体を押し込め、息を荒げて微かにカチャカチャと重なる男自身の服を乱す音。こんな冷えきった夜の街の物陰で、しかもこんな格好でどこまでやる気だよと怒鳴り付けたくなるけれど、二人の吐息が真綿のように周囲に飛び散る。どう見たってこの二人が完全に親密な関係なのは聞かなくても言われなくても分かるけれど、それならハルは?あの時男のコートを着込んで並んで歩いていたのは、もしかしてこんなことをあの男に強要されて服をよごしてしまったのだとしたら?それって…………


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