鮮明な月

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間章 ちょっと合間の話3

間話65.不可解なこと

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依然として自分の生活圏に三浦の存在がチラホラしたりしている状況を考えれば、『穏やか』さとは縁を切っているような現状。客観的にはそんな状況ではあるが、それぞれにしてみると案外平常の生活を穏やかに過ごしていたりする。
当然といってはなんだが榊恭平と源川仁聖も穏やかに日常を過ごしていて、恭平は鳥飼信哉と定期的に古武術の鍛練を始めたというし、仁聖の方もモデルとして街中で顔を見る回数がまた一際増えた。
結城晴と狭山明良も変わりなく二人での暮らしは安定している様子だし、晴は暫く続いた精神的な落ち込みからも回復して狭山家・結城家と着々と交流を深めている。

二月か………………

まだ中旬になるところとは言え南からは次第に春の便りも舞い込み始める時期になりつつあるのだが、それと同時に宏太の心にはふと1年前の事が過る。その瞳が冬の冷たい夜風の中で何を見つめて、そして自分に何を求めていたのかと今更のように思いもするのだが、あれ以降は三浦の気配は跡絶えたまま。実際には晴と三浦が呑気にお茶をした後、恐らく三浦がやったと思われる事件は起きていた。表だったニュースにはなっていないが、宏太にはホテル関係に情報網を持つ相園良臣経由で情報が入ってきているのだ。

『でもさぁ、今回のちょっとおかしーんだよなぁ。』
「おかしい?何がだよ、相園。」
『あのさぁ、今回のさぁ…………。』

その先の言葉を聞いた宏太は、それは確かに妙だなと眉を潜めていた。だが、相園の情報によると犯人は間違いなく三浦和希と警察には判断されているようだ。確かに犯行現場に居たとおぼしき人間の行動は三浦のするものと同一だとは言えるが、ほんのすこし違和感がある。誰かと共にその犯行現場を訪れ犯行後は一人で消えるというのは、大概の三浦の常套手段だ。そして基本的に犯行の結果被害者の遺体の損壊が激しいのが三浦の犯行の特徴なのだが、相園の情報では普段の三浦ならしていたことを一つしていないと言う。

「切り落とさねえ…………?」

勿論全てやっていないのではなく幾つかの要素の1つだけをしていないのだから、偶々やらなかったのかもしれない。何しろ過去に三浦は上原杏奈という女の前で会社員を殺した際、時間がなくて通常の行動をせずに頭部だけを潰して逃げたことがある。それに高校生の被害者の時も時間がなかったのか、四肢の切断に至らないで逃走していた。だが、全てやりおえるの前に一つだけ残して、その他全てはしていったというのは違和感がないわけではない。

『理由があんのかねー?後1個ならやっちまいそうだろ?普通。』

それでも相園の情報の後も警察の風間祥太からは依頼もなく、そしてその後は新たな情報も今のところ網にかからない。

『兎も角、今兄貴は無理だし深追いしようもないってこと。トノも宜しく。』
「分かってる。それじゃあな。」
『おお、今度うちの改装案の相談のってくれや。』

その情報を最も周囲から入手し総括出来そうな立場にいる久保田惣一が、目下妻のお産間近でそんなことに構っていられない状態だったりする。お陰で下手なことを惣一の耳にいれるなと、相園だけでなく宮直行や浅木真治からも宏太は直に釘を刺される始末だ。

「あぁ?…………で?なんで俺に電話してんだ?」

そんな状況の最中、電話口で外崎宏太が呆れ声を出したのは、半分パニックとしか思えない惣一からの電話が突然にかかってきたからだった。真昼のパニック電話を仕事場で受けて宏太が呆れ返った声をあげたのに、何事かと晴と外崎了もキョトンとしている。それにしても普段は冷静沈着で穏やかなイメージしかない惣一なのだが、妻の松理とお腹の子供に関しての対応は完璧なポンコツぶりが露見し続けていたりもするのだった。

『だ、だってね?宏太!痛いって言うんだよ?!どうしたらいい?!』
「アホか?!俺が分かるか!病院連れてけ!!」
『病院?!』

既に松理も臨月の状態なのだから腹の痛みと言われれば陣痛の可能性もあるわけで、そうなったら産婦人科に行くしかないだろと宏太に怒鳴られてもパニック状態の惣一は中々情報処理が結び付かない。そろそろ時期なんだろうがといわれてやっと対応策に繋がってきた有り様の惣一に、電話を置いた後の宏太も何なんだと呆れ顔である。

「………………松理姐さん、産まれそうなのか?宏太。」
「わからん、腹が痛いって言うからそうかもしれん。」

だからと言って同性婚状態の男達しかいない外崎邸に電話をかけてきても対応策なんか出るわけあるかと呆れ顔の宏太に、確かにと言うしかない了も晴も苦笑いするしかない。

因みに久保田家の第一子は、それから三日ほど後に無事出産となったのだ。
そして先に出産を迎えていた鳥飼梨央は、こちらは暫く前に産後の経過も問題なく退院となっていた。産まれた双子も自然分娩で産まれたとは思えない穏やかさで共に鳥飼邸に帰宅している。当然双子の出産の後鳥飼邸にはワラワラと人が集まっているわけだが、産後に親族でもない人が出入りが多すぎるのもなんだと控えていた外崎宏太に、直接梨央から電話が来たのは梨央の退院後二週間経ってからだった。(産後だしなんて気を使う隙のないほど元気な梨央に『出産祝いくらい、お前が直に持ってこい!』と電話で開口一番に怒鳴られたらしいが、実際のところ出産祝いは既に贈っていたりする。結局は梨央としても宏太に直に赤ん坊と会わせたいらしいのだと気がついていない辺りが、そこはヤッパリ宏太だなと了は思う。)流石の宏太も梨央に口では勝てず、電話の後にリビングでグッタリしていたのは言うまでもない。

「かぁわいいなぁ!!」

そんな訳で新居である鳥飼邸まで宏太が足を運ぶのに、まだ歩き慣れない道のりだからと了も同行してきた訳なのだった。駅の北西部の竹林を再開発した広大な敷地に真新しい邸宅。そしてその後ろには古武術と合気道の道場を経てる予定で、既に建物が建てられつつある鳥飼邸に了も呆気にとられたのは言うまでもない。(何なの?アイツ資産家なの?と宏太に呆れ顔で了が呟くと、鳥飼家は元々駅の南側に広大な土地を所有していて、現在その土地にはマンションが数棟建っていて鳥飼信哉はマンションのオーナーでもあるなんてとんでもない話をされてしまった。梨央は玉の輿だなと宏太は笑うが、結婚して即決で土地や新居を建て始めたそうだから大袈裟でもないのだろう。それにしても鳥飼信哉といい外崎宏太といい、この土地にはこういうとんでもないことを当然に出来てしまう人間が何人いるんだかと了が内心呆れたのは言うまでもない。)
広々としたリビングダイニングキッチン、片方には見事な小上がり。了としても我が自宅を差し置いて言うことではないが、途轍もない御邸宅としかいいようがない。そんな小上がりには目下双子の日中の生活スペースと布団が敷かれていて、ユッタリ母親も寛げるよう整えられた空間。そこで小さな布団の上でフニャフニャと何かを双子同士で話している風に見える様子を、了は興味津々で覗き込みデレている。普通の単胎の場合よりは少し長めの生後10日目で自宅退院した双子は、そろそろ生後1ヶ月になろうと言うところ。期間の割には目鼻立ちも確りしていて途轍もなく可愛い。

「家の天使達、可愛いだろ?」
「すっごい可愛い!本当、産まれたばっかかよー?可愛すぎんだろ!」
「ふふ、まぁなぁー。旦那が超イケメンだからな。」

惚気混じりなのに口調は相変わらずの『漢』の梨央に、了も苦笑いするしかない。家の中には何故か四倉家の舎弟・津田宗治が家政婦のようにやってくるというが、それ以外にも訪問者はひっきりなしなのには正直驚く。何せ宏太と了が来た際には槙山忠志がいて、その前には真見塚夫妻も来ていたらしいし、居る内にも四倉藤路が顔を出して梨央に追い返されている始末だ。これで今日は静かな方と言うから…………。
やっと落ち着いた信哉が宏太と長閑にソファーに並んで座り会話をしているのを、双子を眺めながら了は梨央と一緒に少し微笑ましく眺める。道場の再興に伴って榊恭平を引き込んだだけでなく、信哉は宏太にも時々鍛練の指南に来て欲しいと申し入れていた。

馬鹿言うな、目しいの障害者に何が出来るってんだ

宏太はその場で食い気味に即答したのだけれど、あんたのそんな障害になってないでしょうがと信哉は折れる気配もない。そういうところは母親ゆずりで『澪』そっくりだと宏太も梨央も苦笑いしているのだけれど、了としてはそれほど宏太は嫌がっていないように感じてもいる。

多分…………ちょこちょこ、手伝ってやったりするだろうな…………宏太は…………

実際には妻の梨央と宏太は同級生で信哉の母親の澪の同級生でもあるから、こうしてみていると何処と無く親子というか兄弟というか…………所謂家族みたいにも見える気が了にはするのだ。その信哉から頼まれたら……というより頼まれなくても、多分今の宏太なら出来る事なら手伝ってやりそうだなと思う。

「………………残念だな、…………見せられないのは。」

ポツリと梨央が了にだけ聞こえるようにそっと呟くのに了も同じことは思うけれど、それを後悔しても現実は変わらない。それでもこんな風に誰かと穏やかに過ごしている宏太の傍に居られるのに、了は改めて幸せだなとも感じるのだった。



※※※



「仁聖。聞いたか?」

その声に視線を上げた源川仁聖は、目の前の佐久間翔悟の戸惑いに満ちた顔に頷いて見せる。目下キャンパス内で一騒ぎ起きている事件があって、それに微妙にだが二人ともニアミスしているからでもあった。

「本当に行方不明なの?入院って話してただろ?この間は。」

というのも建築学部には教授で、平岡正顕という六十代の男性教授がいた。その教授が1ヶ月ほど前から消息不明となっているのだ。それが何故大学キャンパス内で騒動になっているかと言えば、どうやら平岡教授が最後に見かけられたのがキャンパス内だと巷の噂になってるからだった。

「あの足だもんな…………歩いてりゃ誰か彼か見つけるだろうしなぁ……。」

平岡教授は今年になって直ぐ第三講義室の教壇の階段で転倒し片足を骨折して、松葉杖にギプス姿でキャンパス内を歩いていたのを皆に見かけられていた。そして自分でも転倒した理由が気になっていたのか、第三講義室の設計図を片手に講義室にいたところに二人は出くわしたのだ。何しろその第三講義室は建築学部の昔の教授が設計していて、教材の一つとして当時の設計図が今も教授の手元にある。そして密かに『講義潰しの魔の講義室』なんて呼ばれる程、室内での『講師』の怪我の多い曰く付きの部屋でもあったのだ。

平岡教授、もしかしてそれここの図面?
あ、ああ、佐久間と源川か。
足平気ですか?手術しないの?

案外キレイに折れたのでギプス固定だけになったと呑気に話す平岡教授の足を眺め、二人はここってそんなに転ぶの?と不思議そうに問いかけたのだ。すると演壇から降りる階段の踏み板が数センチずつ幅が異なるのだと、平岡教授は苦い顔で説明してくれた。

何でそんな設計したの?教授がしたんでしょ?

流石に過去に設計された当時はまだバリアフリーや安全性は求められていなかったのではないかとも思うけれども、学問として教鞭をとっていた人間がしたには確かにお粗末な設計と言えなくもないなと平岡教授は苦笑いで話す。

………あれ………何かここ、空間ない?
…………あ、ほんとだ、何か空間ありそう。

そうして横から平岡教授の手元の平面図をスマホ片手に覗き込んでいた二人は、奇妙な空間のような設計の空白を見つけてしまったのだ。しかもこれまで設計図は何度も見ていたのに何故気かつかなかったのかと、当の平岡教授も首を捻りながら演壇を眺めていた。
そうしてそれが二人が平岡教授と会話を交わした最後になってしまったのだ。
講義室で仁聖達が別れてから数人が挨拶は交わしたというけれど、平岡教授と最後に纏まった会話を交わしたのは仁聖と翔悟の二人だったらしい。
翌日から突然休講になってしまった平岡教授は、最初は足の骨がずれてしまったので手術のため入院したと誰かが言っていた。恐らくは行方不明のことは隠していて、理由として適当になりそうな話を誰かがしたのだろうと今は思う。それでもそれが長くなればなるほど別な噂がたち、そしてワザワザ平岡教授と何を話したと二人が呼び出されたとなれば、自ずと答えは見えてしまう。

平岡教授はあの日から行方不明になっていて、しかも大学の構内から消えた。

平岡教授の教授室にはキチンと設計図が戻されて保管庫に鍵をかけられていたらしいから、二人と話した後設計図を片付けに戻ったのは事実だ。その際に廊下で何人かと擦れ違って挨拶をしてもいるが、誰もが教授は何処か心ここにあらずだったと答えたらしい。そして二人は平岡教授との会話の内容を大学側に包み隠さず説明したけれど、あの後第三講義室に何か調査が入ったような話しは聞いていない。

「なんか…………気持ち悪いなぁ…………。」

溜め息混じりに呟く翔悟は何故か演壇の下の空間に気がついてから余り演壇に近づかないでいて、そして仁聖も何処と無く不可解な気分の悪さを感じずにはいられない。
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