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10月

閑話33.真見塚孝

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最近の変化に正直ウンザリしているのだ。何故突然こんなにも女子から呼び出されるようになったのか、全くもって孝には理解ができない。別段フェミニストに変わったつもりもないし、香坂のように顔が綺麗な訳でもない。兄の高校時代のように容姿端麗、文武両道なら分からないでもないが、自分はそこまで出来た人間ではないのだ。毎日のように呼び出され毎回同じように上目遣いで見上げられると、孝には正直誰が誰だか同じに見えるし相手の気持ちなんて分からなくなってしまう。最近通う『茶樹』という喫茶店の片隅で、異母兄の前で孝はそんな状況を話す。

「告白ねぇ、文化祭前の時期だしな。」
「笑い事じゃないですよ、食事もまともに出来ないなんておかしいと思いませんか?しかも、今までまともに話したこともないのに。」

不貞腐れて訴える自分の話に、当の容姿端麗で文武両道の青年が苦笑いする。恋心ってのはそんなもんだと笑う信哉には、孝の知りうる限りでは恋人がいた記憶がない。兄のようにあまりにも容姿端麗過ぎると、女性が遠慮してしまうのかもしれないと孝は思う。

「兄さんは告白されたときどうするんですか?」
「ん?ありがとう、気持ちだけ受けとりますと笑顔で言うな。」
「よく言うよ、高校の時は呼び出しスルーしてたくせに。」

背後からかけられた言葉に信哉が視線を上げて、最近知ったのだが信哉の幼馴染みの青年の冷ややかな視線を孝も目を丸くして見つめる。よく知らなかったが案外高校時代の信哉は、人と関わらない人間だったらしい。信哉が幼馴染みに少し構えている気配なのに孝も気がついたが、その前に信哉が悲鳴じみた声を上げた。

「痛い!何だよ!上手くいってるんだろ?!痛いって、雪!」
「お前、自分が天然の人たらしなの忘れてないだろうな?」

どうやら足を踏まれたらしい信哉の普段にない子供のような笑顔に、孝は驚かされると同時に羨ましく思う。信哉にも自分と香坂や宮井達のような友人がいて、楽しく笑える相手がいると実は知らなかったのだ。ひっそり隠れて会うことしかしていなかった孝を、こうやって表だって平気でお茶したりするようにしたのは宮井だった。

そう言えば、この人、宮井の従兄だって言ってたな。

何処と無く香坂に似た容貌の彼は、信哉の幼馴染みで宮井の親戚だ。だが、香坂と似て彼は少し周囲には、一線を引いているように見える。そんな彼でもやはり宮井とだったら、いつの間にか笑顔に変えてしまうのかもしれない。
宮井麻希子は天然の巻き込まれ体質で、しかも周囲を巻き込んで結果として騒動を飲み込んでしまう不思議なパワーの持ち主だ。そう言う人間には自分は巻き込まれないと孝は自負していたのに、彼女は孝のよそ行き顔を容易く看破した。しかも、一見鈍そうに見えて、案外人を見る目も確かだ。
1学期の問題児須藤は暫くそう言う噂には上がらないだろうから兎も角、早紀と宮井は最近噂になりつつあるのだ。実際には本人は知らないが早紀は、他の学校にファンクラブができているらしい。宮井は知らないだろうがその早紀と一緒にいたせいで、白の君の親友は誰だと騒ぎになってから宮井自身の追っかけだっている。最近では地味に他のクラスの男子に、宮井麻希子の恋愛事情を孝に聞きに来る人間もいた。当人はまだ恋愛の気配を匂わせていないのも、周囲がまだ遠巻きに見ている理由だろう。
そう言うわけで、実は正直孝は気が気でないのだ。二人が有名になりすぎて、影では彼女の追っかけまでいるのに。別に告白されるだけならいいかもしれないが、もし彼女が誰かと付き合うということになったら。

やっと今みたいに話せるようになったのに、話ができなくなるのかもしれない。

そう考えるとそんな日が来なければいいと正直考えてしまう自分は、相手の事をどんな風に捉えて考えていると言えばいいのだろう。最近の告白を聞いていて改めて考える孝には、それを表現する言葉がまだ見つからない。でも、楽しそうに笑うようになった彼女が誰かのものになると、考えるのが嫌なのは事実だった。



※※※



土曜日の朝、文化祭実行委員のクラス出し物の一覧が出来上がるのに合わせて生徒会室に顔を出す。生徒会長の毛利はこれが引退前の大仕事なので、ここのところ休みも返上している。生徒会では自分も書記なので顔を合わせる機会は多いが、それにも増して仕事の山積みな生徒会長の顔が必死だ。

「会長、ベニヤの交渉は自分達でいいですよね?」

実行委員会の仕事もあるが生徒会の仕事も兼任の孝は、各クラスへの配布用の手順用紙を確認している。生徒会長は渡した手順に目を通しながら、必要な文面を足していく。

「真見塚、ベニヤの管理と破損禁止の要項を足してくれ。」

はいと答えて素直に作業にかかった途端、作業を中断する羽目になった。またもや生徒会室にまで女子生徒が来て、孝を呼び出したのだ。正直スルーしたいと考えたが、態々ここまで休みの日にまで来られると断りにくい。しかも、生徒会長の前で無下に断ることも出来ないのに、孝は溜め息混じりにたちあがった。文化祭間近で休みの土曜なのに思ったより校内は人気があって、彼女が中庭まで行くというのに内心ウンザリが舞い戻る。

どうせ断るんだから、生徒会室の前でもいいのに。

今振り返ったらそう顔に出てると分かっているが、彼女は振り返りもしない。確か5組の女子な筈だが名前すら知らないのに、相手はこんな風に孝の事を影から観察している。それは正直気持ちのよいものではないんだが、それが恋と言われると孝にも返答のしようがない。しかも、今日来るか来ないかは殆ど運なのだから、孝の自宅から追いかけてきている可能性もない訳じゃない。

それってどうなんだ?

乙女のはにかみを漂わせる仕草は、孝は本当はあまり好きではない。自然体で話せる方がずっと楽だし、相手の本当の気持ちも分かりやすいのだ。ここのところの告白に来る女子の仕草は、何故か皆判で捺したように同じなのは何故だろう。

「あの、真見塚君。私、あなたの事が好きです!付き合ってください!」

仕草どころか正直告白の台詞まで判で押したようで、孝は思わず溜め息をつきそうになって必死で飲み込む。女の子らしいと自分でも思ってやっているんだろうなという仕草は、早紀や宮井や須藤にはない。その方がずっと好感度が上がるのにと考える孝に、相手は返事を待ち構えている。

「ごめん。」

それでも一応少しは考えたふりをしてから孝が頭を下げたのに、彼女は一瞬呆気にとられた顔になったけど気を取り直したようにもう一度ウルウルして見せる。まさか相手が仕切り直して来るとは孝も思わなかった。これは今までにない展開だ。

「誰か好きな子がいるの?」

断られたのにそれでも必死に食い下がった彼女に、孝は何と答えたらいいのかと俯く。好きか嫌いかと言われれば、好ましいと感じている相手はいる。だけどその子に告白をするのかと問われると、孝にもまだ分からないのだ。

「好きな子がいないんだったら、お友達からでも…。」

改めて更に食い下がった彼女に、孝は流石に困惑を隠しきれなくなった。食い下がってくるのは始めてだが実際には彼女が同級生というのは分かっても、名前もどんな女の子なのかも分からない。それで相手に言われて形だけのお友達になって、孝は彼女と早紀や宮井や須藤と同じように話せるとは全く思えないのだ。それを良しと出来る程の感覚は持ち合わせていないし、彼女が求める対応は孝には出来ない。それに、孝には好ましいと考えている相手がいるのだから、表現できるのは1つだけだった。

「好きな人がいるから……ごめん。」

え?と彼女の顔が唖然としたのに孝は目を丸くする。何故、彼女は孝も同じように、誰かを好きだという可能性を考えないのだろう。そう考えると不思議でしかたがない。まるで、彼女は孝が嘘をついているかのように疑いの光を瞳に浮かべたのに気がついて、孝は初めて彼女は好きになれないなと感じた。

「誰が好きなの?」

まだ食い下がってくるのは何だか不快だった。納得するまでこの押し問答が続くのかと思うとウンザリもする。どうして孝は人を好きにならないと考えるのか、相手の思考過程が孝の理解の範囲を越えているのだ。

「同じクラスの子なんだ。悪いけど。」

彼女には名前は教えたくないと孝は考えていた。食い下がろうとしても、もう孝にとっては拒否するしか出来ない。それを押し通そうと心に決めた瞬間、視界の隅に木立の向こう側でコソコソしている頭が見えた。

全く、どうしてこう巻き込まれ体質なんだ。

頭はどうみても宮井の少し日に透ける茶色に見える髪の毛と、もっと茶色の髪は須藤に違いない。どこから聞かれているのか分からないが、どうみても巻き込まれに来たとしか思えず溜め息が溢れる。お陰で目の前の彼女は溜め息をウンザリされたととったのか、反対側に駆け抜けて姿を消した。それには気がつかない2人は、孝にばれているとも知らず頭を付き合わせている。

「もしかしたら八幡とか久保ってことだってあるでしょ。」

そうヒソヒソと須藤が言っているのが聞こえて、孝は溜め息混じりに2人の背後に腕を組んで歩み寄った。これて隠れているつもりなのだから、正直ハリセンでもあったら思い切り叩きたいところだ。

「どこから聞いてた?宮井、須藤。」
「え?」

誤魔化したいのか孝の声に目が泳いでいる宮井と須藤に、冷静に見えるように願いながら問い詰める。

「話をどこから聞いてたんだ?」

宮井の瞳が何か別なことを考えているのが、その視線から分かるが須藤の方が首を傾げながら最初から?と呟く。全く何でこういう巻き込まれ方をするのかと呆れて、溜め息がこぼれてしまう。

「まあ、いいけど。」

名前を告げた訳でもなければ、誰と断定出来ているわけでもない様子の2人にそう言いながら生徒会室に戻る孝は安堵の吐息を溢す。少なくとも自分にはまだ恋だと自覚するには早すぎて、好意ではあるけれど好きだというと難しい。そう心の中で呟きながら、孝はユックリと中庭を抜けて歩いていた。





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