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3月

閑話69.志賀早紀

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校内が何故かヒッソリと静まり返っているような気がする。勿論1つの学年が居ないのだから、物理的にも反響音とかは少なくとも3割減少で間違いではないんだろうけれど。

去年もこうだったのかしら?

毎年同じことの筈なのに、今年に限って寂しく感じるなんてありだろうか。今年は部活とかではなく、ただの友人の延長のような関わりのある先輩がいたからかもしれない。早紀にとってそれは産まれて初めての経験で、他人の卒業式で抱き合って泣くなんて去年までだったら信じられないことだ。そんなことを考えながら廊下を歩いていると、中庭を眺める窓にボンヤリ外を眺める宮井麻希子の姿が見えた。

麻希ちゃん…何見てるのかしら……

いつもニコニコで元気印の麻希子が、1人物憂げな顔で中庭を見つめている。中庭はこの間の全校清掃の最中に園芸部の植えた春の花のネモフィラやビオラが、穏やかな風と光に揺れていた。綺麗な花を咲かせている影には毎日交代で、園芸部が休みなしで献身的に世話をしているから。
以前の志賀早紀ならそんなことを知っても、自分には関係ないからと気にもとめなかった。こんな風に誰かの献身を感じれるようになったのは新しい友達のお陰で、その新しい友達の前に自分を連れ出したのは目の前の麻希子だ。

志賀さんってこんなに話しやすい人だなんて知らなかったよ。

クラスメイトの久保や八幡達からそう言われた。クラスの中で戯れたり皆で笑ったり、自分にもそういうことが出来るなんて早紀自身も知らなかった。この間なんて教室の真ん中で皆で、壁ドンやら指チュウやら実演して大笑いする中に自分の姿もあったのだ。

そうなるために、麻希ちゃんがそっと寄り添ってくれてたのよね

いつも皆を巻き込むようにして笑う麻希子に、早紀は本当に感謝している。それはもう一人の親友になった須藤香苗もきっと同じだと思う。去年の終わりに出た鳥飼澪の新刊の中には『幸せは時に裏側に献身が存在していても、知らずに過ごすこともある。同時に不幸の中にも密かに犠牲があり、それに後から気がつくこともある。自分がここにいるということは、何かがそっと寄り添ってあるのだと思うのだ。』そう、書いていた。
確かに虐められた事は嫌なことだったけど、早紀が逃げ出さずにここに居るのは麻希子の存在が大きい。同時に麻希子は同じように虐められても全く逃げ出そうとしないのに、凄く驚いてしまう。

私は自殺なんか考えてしまったけど、麻希ちゃんは負けもしない。

そんな風になりたいけれど早紀には恐らく無理な話で、麻希子に話したらきっとそんなことないよーと笑うに違いない。麻希子はそんな人間なのだから。

「麻希ちゃん、どうしたの?」

早紀が声をかけると麻希子は我に返ったように振り返って、花壇が綺麗で眺めてるんだって笑う。横に並んで眺める中庭は半月前とは別世界で、目映くキラキラしている。

「本当、凄く綺麗ね。」
「うん。」

そう答えた麻希子はヤッパリ少し元気がなくて、物憂げな気配を滲ませている。もしかしたら源川先輩が余りにも急激な可愛がりかたをしたから、急にそれがなくなってどう反応していいのか分からないのかもしれない。そう早紀は考えると、そっと麻希子に囁く。

「……何だか先輩達がいないと寂しいわね、静かで。」
「うん、私もそう思う。」

2人で並んで窓辺から花壇を眺めながら、そんなことを話す。本当は多分お互いにそれだけじゃないのかもしれないけれど、その事はそっと自分の胸だけに納めたまま。こうするようになるのが、自分達が大人になっていくという事なのかもしれない。何だか少しだけほろ苦いような気持ちで、早紀はそう考えていた。



※※※



「って言うことがあったの。」
「ふうん、宮井がね、珍しいな。」

夜の少しまだ冷たい風を感じながら、窓越しに孝と話していると肩にかけたショールだけでは少し心許なかったのか小さなクシャミが落ちる。二人で話す時間は伸びているけれど、生徒会に入った孝は多忙で登校しか一緒にならないことが増えてしまった。勿論待っていてもいいのだけれど、そうすると麻希子や香苗、智美とお茶をする楽しみが減ってしまう。

「寒いか?大丈夫?」
「うん、大丈夫。」

孝の方も話を止めて窓を締めるという発想ではないらしく、少し考えたかと思うと立ち上がった。

「タカちゃん?」
「少しお邪魔する。」

ええ?!って思った瞬間、ピョンと軽々とベランダを飛び越えた孝に目を丸くしてしまう。いや!部屋は汚くないけれど、心の準備が!そう止める前に孝の足は早紀の部屋の中で、背後の窓を締めようと手を伸ばした孝が体勢を少し崩す。

「タカちゃん!」

落ちるんじゃないかと慌てて手を伸ばして腰の辺りを掴まえたのが、実は一番良くなかった。孝はフローリングに足を滑らせるし、早紀の体を抱きかかえるような体勢で床に強かに体を打ち付ける。

「キャア!!」
「つぅっ!」

しかも出窓の角に頭を強打。それでも手を離さなかった辺り孝は偉いと思うが、ゴヅンとかなりの鈍く大きな音がした。

「タカちゃん!大丈夫?!」

悶絶している孝の頭をその体勢のまま、早紀は手を伸ばして血が出てはいないかと慌てて撫でる。幸い出血はしてないようで安堵すると、ハッと今の体勢に気がついた。どう見てもこれでは孝を押し倒したような構図で、しかも孝は早紀の腰の辺りを抱き締めているし自分は孝の頭に手を伸ばしていて。

これって………

どうやって動いたらいいのかしらと混乱した頭で早紀が考えると、孝は少し頬を染めて小さな声で早紀と囁いてくる。これは……と思った途端背後のドアが勢いよく開かれて、大学の春休みで実家に帰省していた兄が飛び込んできた。

「早紀!今の音………っ!?」

あとほんの数センチで重なりかけていた唇に、過保護でシスコン気味の兄が激怒し始めたのは言うまでもなかった。



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