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5月

8.ライラック

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つまらない雨降りの日曜日。
先週は爽やかな快晴の中で香坂君に初めて出会えたけど、今日は学校に行く予定もなくシトシト続く雨に気が滅入ってくる。家では暢気なママが、午後から来るらしい従兄弟の継子のために料理に張り切っていて騒がしい。

その従兄弟って言っても本当にその表現があってるのか実は知らない。って言うのもかなり遠縁なんだけど皆が従兄弟だって言うし、大学に入るちょっと前まで事情は詳しく覚えていないけど家に一緒に住んでいた事もあった。2年くらい前に突然結婚したけど奥さんが結婚して直ぐ病気で亡くなったから、奥さんの連れ子を従兄弟が引き取って育てている。

なので、男手1つでは大変だからってちょくちょくこうやってご飯を食べに来たりしているんだ。私もその子は可愛いし従兄弟も好きなんだけど、ママのお料理熱は凄まじいので逃げ出すしかない。私もお菓子作りは好きだけど、何時間もお鍋とにらめっこする気分にはまだ流石になれない。仕方がないからお気に入りの作家さんの本を濡れないようにブックカバーと鞄で守りつつ、窓辺から眺める景色が好きで以前から通っている喫茶店に行ってみる。

いや、忘れてるわけじゃないよ?この間話してた喫茶店は天気がよくて気分も良い日に行きたいだけなんです。

通りに面した2階にある喫茶店は、何時行ってもあまりうるさくない。お客さんが居ないわけじゃなくて本屋さんが1階なので、日曜でも本を買った後の人も多くて結構静かな店ので私も静かに読書するのにお気に入りだ。でも、今は読書の合間に窓際の席から下を歩く花みたいな傘の動きを何となく眼で追いながら、最近の自分の事なんかを考えてみる。

高校に入ったらもっと華やかでキラキラした生活に全てが変わるのかと思ったな。

小学生や中学生から見てた高校生って、誰もキラキラした大人って感じてた。でも、自分がその年になってみてキラキラしてるかって聞かれると、正直キラキラなんてちっともしてないよーって思う。それって何となく高校生はキラキラ!みたいな偏見の1つなのかもしれないよね、と私は自分で自分に突っ込みながらカウンターみたいに高いテーブルに頬杖をついて窓の下を眺める。

大人になるってこういう事なのかな。

心の何処かで本当は高校生って、もっと大人で素敵なものだと思い込んでいた。でもなってみたら結局は中学生の延長線みたい。毎日は同じことの繰り返しだし、新しい事が起きても自分が劇的に変わるわけでもない。
見下ろしていると足元の1つの傘の花の傍に雨ガッパを来たヨチヨチ歩きの小さな青い傘の花が一生懸命歩いてる。

可愛い、男の子かな、まだ1才位かも。偉いなぁ一生懸命ママと歩いてるなぁ。

若く見えるママが笑いながら、ボクが歩くのを見守っている。少し離れて立ち止まっているのはパパの傘かもしれない。
大人になるって実感するのは、結婚して子供ができるあれくらいにならないとダメなのかなぁと私は頬杖のまま思う。目の前の幸せそうなママ、あんな感じに大人になるって何を経験したら良いのかな、例えば大きな恋愛とか?例えば何か事件に巻き込まれ生死の境を経験して旦那さんになる人に守られるとか?考えてみたけど幸せそうなママのいる目の前の家族の姿には、どうもそう言うのは似合わない。

そうは言っても香苗みたいに年上の塾の先生なんかと付き合うってのもどうなんでしょね。

溜息混じりに頬杖をついたままの私はアイスティーに挿したストローを口だけで咥えてみる。
紅茶の色。
透き通るような琥珀みたいな、飴みたいな綺麗な茶色。
フワリと感じるような心地いい香り。
紅茶を眺めながら何処となく香坂君の姿を思い出して私はもう一度溜息をつく。日曜の昼に独りぼっちで座る窓辺のそのちょっと寂しいようなカッコつけたような気分に何時も静かに本を読む志賀さんも思い出す。

あァ、何でこんな事ばかり考えてるんだろう。
これって、考え方を変えたら青春ってやつ?

ふっと自分が持ってきて開いたままの本の一節が目に飛び込んでくる。

それは何処か青春の喜びに昇華する前の芽吹きに似た

私の好きな作家さんは、翻訳した文体が詩的っていうか滑らかな表現とかってよく言われてる。
最近はエッセイを書くようになって少し有名になってきた気がするけど、どっちかって言うと私はエッセイより小説の方が好きだ。流石に翻訳した本までは、全部読んだことはない。
この作家さんの小説は、読んでいて凄く舞台の風景が頭の中に浮かぶし、何処と無く小説の舞台の高校とか街並みが住んでるここら辺をイメージさせる。駅前の通りや公園や歩いていて、あ、この辺りあの本に出てきた場所みたいってよく思う。
帯の作者のところは何時も著作の本しかなくて、何処生まれで何処に住んでて何歳なのかは分からない。普通作家さん自身の年とか生まれとか好きなものとか書くところは何時も真っ白だ。だから、余計もしかしたらここら辺に住んでいて、もしかして同じ高校に通ってたことのある私とそう変わらない年の若い女性作家さんなのかもなんて空想をして楽しんでる。ちなみに帯には性別も書いてないけど『澪』なんて名前は男の人は使わないから、女性だけは確定だ。

そう言えば志賀さんは何を読んでるんだろ。
あァ、そんな事いってまた考えがあっちに行ったりこっちに言ったりしてるし。

ふと、もし志賀さんがこの作家さんだったりしてなんて変なことまで想像する。高校生作家かぁ、かっこいい。高校生だから作家なのは内緒なのかも。って条件だけなら私も同じなのに自分が完全除外なのは、ほんとに違うんだから当然なんだけどちょっと悲しい。だって自分にはこんなの書けないし翻訳家でもあるってことは英語も抜群じゃないと駄目だ。あ、そうなると英語抜群の志賀さんは、余裕で出来そうなんて勝手に考える。
そう言えば志賀さんのしたの名前は『澪』ではなかった、確か同じく2文字だったけど漢字が2文字……駄目だ、思い出せない。あ、喉に骨がひっかかってるみたいで気持ち悪い。思い出せそうなのに喉まで出てるのにぃああ、気持ち悪い、出てこい、志賀さんの名前。

結局私はあまり深刻な悩み事が似合わないんだ。自分のあまりにとりとめ無い思考回路に自己嫌悪しながら、はしたないけどズズーッと音をたてて紅茶を飲み干す。
読書家なはずだけど乙女にはなれない自分に私は深い溜息混じりに、もう一度窓の下の傘の群れをボンヤリと眺めていた。

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