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幼馴染を置いて修行することにした

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半透明の手がピンセットを持ち、俺の足に刺さったガラス片をそっと抜く。

「痛っ……!」

『ミチ、消毒』

「う、うぅっ、うんっ!」

消毒液が済むとガーゼが押し当てられ、テープで固定される。

『よし、しばらく歩くなよ』

「そんな無茶な……」

『次、腹』

腹の切り傷には絆創膏が貼られて終わった。腹の傷はほとんど痛まないが、足の裏はずっとズキズキと痛い。

『ふーっ、さて……次は』

「つ、つつっ、次は?」

『俺の角だ。ミチ、鏡』

レンはミチが持った鏡を覗き込み、絶叫した。

『うわっ! 何これ……! 可愛くない可愛くない全っ然可愛くなぁい! 嫌だ! なにこれ! 何っ、え、何っ!?』

「こ、ここ、こぶ、とか?」

『硬すぎんだろ! お前カッチカチのコブできたことあるか!?』

レンは何なのかよく分かっていない角のような何かをピンセットで叩き、キンキンと硬そうな音を立てた。

「な、ななっ、ない! コブはよくできるから、この情報は信頼して欲しい!」

『悲しいこと言うなよ……』

「……こ、ここ、後頭部、コブできたかも」

『それはマジでごめん。でもお前も悪い。お前一割、俺二割、残り七割はもち』

俺かよ。いや、そうか、原因を作ったのも傷を作ったのも俺だからな。順当だ。

『……痛いか?』

「う、うぅんっ、大したことない……えへへ、如月くん……優しい」

「だろ?」

『入ってくんな』

なんで女子の話に首を突っ込んだような気分を味わっているんだ、俺は。

『話戻していいか? この角なんだと思う?』

「あ、あぁっ、あのね、今調べたんだけどねっ、角質とかで角みたいになることあるんだって。ほら、この人とか……」

『ぁー……いや、ど。六十代以上が多いって書いてるじゃん。俺の皮膚突き破ってるし』

「ぅ……」

『でもすぐに調べてくれてえらいぞ、それっぽいの見つけられるなんてすごいな』

「…………えへへ」

この二人、恋敵同士なんだよな……?

『……角生えたお嫁さんなんて嫌だよな、もち』

「全然。ほら、お嫁さんが被るのは角隠しって言うだろ?」

『ほんとに角ある奴があるかよ』

「つ、つつ、月乃宮くん詳しいね……! すす、すごいや」

「いやいや、花嫁の幽霊が襲ってくるホラゲーやったことあるってだけで……」

それでもすごいとミチはしつこく俺を褒めてくれる。耐えかねたレンがそんな話してる場合かと喚く。

「まぁまぁ落ち着けよレン、鬼っ娘だと思えば可愛いしカッコイイ!」

『黙れオタクぅっ! 鬼なんかだいたい退治されるじゃねぇかぁ……やだぁっ、もちのお嫁さんになるんだぁっ』

「もも、も、桃太郎とかっ、い、いいっ、一寸法師とか、鬼は死ぬよね」

「ミチ、余計なこと言うな。最近のマイルドおとぎ話は鬼すら死なない。そもそもレンは鬼じゃないよ、レンはレンだ。それにほら、角生えてるのって草食だろ? むしろ安全の証だ。なっ?」

レンが分かりやすく弱音を吐いて喚く姿は珍しくて、俺は不謹慎にも嬉しく思ってしまう。

「とりあえず体に帰った方がいいんじゃないか? 何か起こってるかもしれないし」

『……うん、帰る…………すぐ電話するから浮気すんなよお前ら!』

レンは部屋の端に置いてあるテレビへ入り、帰っていった。

「……き、きき、如月くんっ、しし、死んじゃったの?」

救急箱を片付けているとミチがボソッと呟いた。俺は彼に説明していなかったのを思い出し、レンが生霊であったことを説明した。俺の説明下手とミチのオカルト知識のなさが重なって非常に時間を食った。

「だ、だだっ、だいたい分かったよ……死んでないんだね」

最終的に生霊や幽体離脱というワードで検索してもらった。

「ぼ、ぼっ、僕、僕ねっ、実は……如月くんが死ななかったって前に聞いた時……ちょっとだけ、ちょっとだけだよっ? ざ、残念だなって思ったんだ……」

「え……?」

「き、きき、如月くんが死んだらっ、如月くんが持ってる可愛い服もっ、君もっ、全部全部僕のだったんだ! で、でで、でもね、でもねっ……今日、如月くんと話して…………反省した。如月くん……死ななくてよかった」

俺もレンが死ななかった時には一瞬だけ「どうしよう」と思ってしまった。反省しているミチを責める権利は俺にはない。

「ぼ、ぼ、僕っ、思い出したんだ……きき、如月くんっ、小学校の頃……君と一緒に僕のこと助けてくれた。クラス変わった後も、様子見に来てくれたし……イ、イっ、イジメっ子を一緒にロッカーに閉じ込めたりもしたんだっ!」

そんな話、俺は知らない。

「だ、だだっ、だからねっ、ぼ、ぼ僕、茶髪の人怖いくて如月くんも苦手だったんだけど……でもねっ、君と同じくらい好きなんだよ! あっ……恋愛的な意味じゃないからね、人間的な意味だからねっ!」

「ミチ……それ、レンに言うことだ。レンが死ななくて残念だって思っちゃったことも含めて、レンに言え」

「そしたら二股許してくれるかも!?」

「いやそれは……難しいと思うけど……」

レンは案外と嫉妬深い、おそらく無理だろう。従兄は円満に二股をかけているらしいが、俺には彼のような甲斐性や胆力がない、二人に求められても大丈夫なほどの体力と性欲もない。

「むぅ……じゃあ、やっぱり略奪しかないかなぁ……」

「自殺脅しはやるなよ?」

「そ、そそ、そんなっ、僕それくらいしか出来ない……」

泣きそうな声のミチにはアドバイスしてやりたくなるが、俺が何か言うのもおかしな話だし何も思い付かない。ぐすぐすと泣き始めたミチに困っていると電話がかかってきた。

「もしもし、レン?」

『もちー? 体無事だったわ、レンくんのおでこ可愛いまんま』

「本当か? よかったなぁ。アレはアレで可愛いとも思うけどな」

「つ、つつ、月乃宮くんっ? 如月くんなんて?」

肉体の方には角はなかったとミチに知らせ、彼にも聞こえるようにスピーカー機能をオンにした。

『証拠写真送るわ、見てくれ』

画像が送信された。二人で顔を寄せ合って見たところ、浴衣らしきものを着たレンと巫女服を着た白髪赤眼の美青年がプリクラのように顔を寄せてポーズを取っていた。

「……このコスプレイヤー何?」

『盛れたの撮るのに手間取って……へ? あぁ、俺のおししょーさん。可愛い人だろ? 敗北感やべぇ』

「…………俺はレンの方が可愛いと思うよ」

『ありがと』

「つ、つつ、月乃宮くん僕は? 僕は? 今の僕じゃなくて如月くんに可愛くしてもらった後の僕思い出して比べて!」

その話は後でとミチを落ち着かせ、角についての話を聞く。

『あぁ、なんか……えっとな、霊体は肉体より見た目が変わりやすい? とか? えっと……あっ、ししょー』

レンが師匠とやらにスマホを奪われたようで、電話先の声が変わる。

『……霊体は肉体に比べ、精神状態の影響を強く受ける。如月は鬼と呼ばれた霊能力者一族の末裔だ、鬼という言霊に引っ張られて鬼らしく見た目が変わったんだろう』

「は、はぁ……レンに悪影響はないんですかね」

『古来より鬼を産むとされる感情は嫉妬。彼は嫉妬と憎悪により変質した。角が悪影響を与えるのではなく、角が悪影響なんだ』

嫉妬……俺がミチの元へ行ったからか。

『君の軽率な行動でうちの犬を出張させる羽目になり、僕は非常に不愉快な思いをした。バカ犬が帰ってこないでストレス発散が出来ず、とても不愉快だ。僕は今非常に機嫌が悪いのに、新人育成のために時間を割いてやってる。それなのに君は何? 如月の育成の邪魔をするな』

『あ、あの~……おししょーさまー? あんまりもちに怒らないでやってくださいよ、イライラしてるならまたその辺の雑魚霊退治一緒に行きましょっ』

レンが助け舟を出してくれて、師匠とやらは深いため息をつく。

『君みたいな子供、僕は大嫌いだよ』

俺が悪いのだが、ガキっぽい人だ。スマホはレンに返されたらしく、聞き慣れた声が戻る。

『もち? あのな、俺しばらくそっち行くの控えるわ。嫉妬するほど異形化が進むらしいからさ……もち、俺が帰国するまでにちゃんとみんなと別れておいてくれ。分かったな?』

「…………うん」

『よし、じゃあな、待っててくれよ、もち』

通話を終えた後、ミチが「うんって何」と泣き出してしまった。しかしミチを慰める言葉が見つからない。精液を体内に入れなければ怪異に殺されてしまうから、自分の命を守るためにもミチを誘うのが安牌なのだろう。でも、したくない。

「ミチ……そんなに泣くなよ、目しぼむぞ」

「ゆ、ゆゆっ、猶予、だよね。如月くんが帰国するまでにっ! き、きき、君を落とす……!」

ミチは目を擦って髪をかき上げ、可愛らしいつぶらな瞳で男前な視線を俺に向けた。

「如月くんより可愛くなる! ふ、ふ、服借りていいかな……? ささ、流石にダメかな……か、髪型だけでも何とかしてくる! 待っててね!」

案外とメンタルが強い。やっぱり彼はフっても大丈夫かもしれない。そう思いながらも彼の可愛さに癒され、レンと三人で楽しくやっていけないだろうかとふざけた夢を抱く。

「センパイ……大丈夫かな……」

ミチは自分を傷付けられなかったけれど、センパイは簡単に血を流した。浅い傷だったとはいえあの躊躇いのなさは気になる。

「四人で……無理かなぁ、無理だよな……心配……」

早く次の彼氏を見つけて欲しい、俺が居なくてもいいのだと安心したい。でも、未だに俺はセンパイが他の男といるところを想像すると胸がヂリヂリと熱く痛くなる。

「何嫉妬してんだよ……死ねよ…………金髪ピアス連れてくるくらいのことしなきゃダメなんだよお前は……」

あぁそうだ、センパイの友達三人組に知らせてセンパイを支えてもらおう、金髪ピアスを見つけてもらおう……あの人達の連絡先知らないや。

「はぁーっ……死ねこの役立たず…………ん?」

また電話だ、今度はセンパイの従兄からだ。

「はい、月乃宮です。なんですか、お兄さん」

従兄は黙ったままだ、息遣いは聞こえる。泣いている時のような鼻の鳴らし方だ。

「お兄さん? どうかされたんですか?」

『國行が、手首切ってた』

「…………え?」

『お前らのせいだっ、お前が國行フるからっ、あのクソガキが國行フラせるからっ……國行死んじゃう……お前らのせいだぁっ!』

頭が回らない、何も情報が入ってこない。

『なんで……なんで俺、すぐに気付かなかったんだよぉっ……クソっ、クソっ……』

従兄が頭でも引っ掻いているのかガリガリと痛そうな音が聞こえてくる。

『國行、國行ぃ……やだ、國行、國行ぃ…………兄ちゃんの命やるから死なないでくれよぉ……國行、國行ぃ……やだ、やだ、やだぁ……』

いつもひょうひょうとした従兄の弱々しい泣き声を聞き、事の重大さを理解した俺はただ立ち尽くすことしか出来なかった。
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