過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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二度目の入浴もそれはそれで

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浴室に入るとネメスィは石鹸を二つに割って片方を俺に投げ渡した。宿屋備え付けの石鹸を勝手に割るなんて……流石ネメスィだ。
しかし目の前に立って身体を洗っているネメスィの筋骨隆々っぷりと言ったら……前世では格闘技はあまり見ていなかったからいい喩えが思いつかないな。

「……なんだ? じっと見て」

「いや……すごい筋肉だなって」

「勇者だからな」

「傷も……多いな」

「勇者だからな」

二人と荷物を積んだ馬車を引ける彼に叩かれたり抱き締められたりしていると冷静に考えると寒気がするな。

「なぁ、ネメスィはデミゴッドって言ってたよな。父親か母親、神様なのか?」

「……なぜ知っている」

「え、いや……お前が言ってて……寝ぼけてたな、覚えてないのか?」

前世で知っていた神話だと大抵は父親の方が神だったな。俺の知識が偏っていただけかもしれないけれど。

「寝ぼけて……そうか。俺には父親しか居ないし、神でもない。神の力を利用して俺を作っただけだ、よく知らないが」

「複雑なんだな……親父さんには会ったことあるのか?」

ネメスィは黙って首を横に振る。孤児だとか言っていたし、仕方ないか。しかしその話も総合して俺の前世のアニメやゲーム知識を組み合わせるとネメスィは「神の力を手中に収めようとしたやばいマッドサイエンティストの作品(納得いかなかったので捨てた)」と言った感じになるが……どうなんだ? そうなってくるとあの偽物が本当に偽物だったのかも怪しくなってくる。

「あぁ……叔父には会ったことがあるな」

「叔父さん?」

「この大陸の平和を頼むと。何かあったら呼べと」

ネメスィはそう言って風呂に入っている今でも外していないネックレスの石を俺の目の前に持ってきた。

「この石を割れば来てくれるらしい」

どういう仕組みなんだ。流石はファンタジー世界、意味が分からない。しかし石を眺めるネメスィの顔はどこか穏やかに見える。

「叔父さん、名前とか分かるか?」

「本名かどうかは知らんがアマルガムと呼ばれていたな」

歯の詰め物とか言ったら怒られるかな。
前世の知識を使っていいのならアマルガムとは水銀と他の金属の混合物、歯の詰め物に使うやつ。だが、それから転じて単に混合物という意味もあって──その用法でアニメやゲームでたまに見る。やっぱりマッドサイエンティスト臭いな……叔父さんも実験台にされてるんじゃないのか?

「俺はこの大陸の平和を守る、叔父上の平和への願いを叶えるんだ」

「……そっか。案外純粋なんだな、お前」

「そうか……?」

「あぁ、いい子いい子」

首から下げたままのネックレスを見せるために近寄っていたネメスィの頭を撫でるとバツが悪そうな顔をした。褒められるのは慣れていないのだろう。可愛いところもあるじゃないか。

「……洗い終わった、入るぞ」

「い、いや、俺はもう出る。お湯かぶっただけでのぼせそうだ」

「そうか? なら出るか。インキュバスは高温に弱いのかもな、調べておく」

自分の精液が浮いた湯船に浸かりたくなかっただけなのだが、まぁいいか。
風呂を出たネメスィはカタラと同じように俺を布に包み、床に置いた。今度こそカタラに用意してもらった着替えを着ると、珍しい軽装のネメスィに椅子に座らされた。

「カタラは?」

「買い物だってさ」

「そうか」

椅子は窓際に置かれ、ネメスィはその前に立つ。俺に外の景色を見せたいのだろうか? 素直に見ておこう。

「…………なぁ、ネメスィ」

「なんだ?」

「……ネメスィは人間なんだよな」

「あぁ、デミゴッドではあるが人間と同じ身体構造をしている。魔力の質が違うだけでどの細胞もヒトと同じだ」

ネメスィの顔を見ていると黒いスライムに変質していった偽物の姿を思い出す。

「……あの黒いスライムは、偽物なんだよな」

「黒いスライム?」

「……お前が来る前に居たんだよ。ネメスィが来たと思ったら、頭割れて……黒いスライムが、目玉とか触手とか、すっごく気持ち悪くて」

きっと粘液の塊に変わったりしないネメスィの目を見つめると、金眼は驚愕に見開かれていた。無理もない、自分に化けている魔物が居たなんて聞いたら誰でも驚くだろう。

「そう、か…………記憶が飛んだと思っていたら……そうか、見られたか……」

「え……? ネメスィ? ネメスィ、お前まさかアレ、偽物じゃなくて……!」

「偽物だ! 偽物に決まっている、そうだ、居るんだ、そういう魔物が……そう、人間の居住地に潜み……人の記憶を一部食らってその者に化け、その者に成り変わろうとする魔物が……居るんだ、そうだ、居るんだ」

記憶が飛んだという発言はそれで説明がついても、見られたという言葉は怪しすぎる。

「…………何だ、その目は。俺が人間じゃないとでも言いたいのか!?」

肩を掴まれた俺は椅子から落ちたが、ネメスィは構わず俺を床に押し付けた。

「俺は! 人間だ! お前に気持ち悪いと言われるような生き物じゃない! 人間だ、見れば分かるだろう!」

「痛っ! ネメスィ、痛いっ……」

肩を掴んだまま揺さぶられ、床に背や頭を打つ。乱暴な奴だとは知っているが、これは異常だ。ネメスィは今混乱している。

「ごめんっ! 疑って……分かった、分かってる! ネメスィは人間だって知ってる! お前は偽物じゃないし、本物のネメスィは人間だ」

「…………あぁ、俺は人間だ」

低く小さな声で呟くとネメスィはふらふらと俺から離れた。偽物かどうか疑われただけであんなに動揺するものだろうか。デミゴッドであるが故に人間に溶け込めないことを悩んでいたりするのだろうか。本当は、偽物なんて居なくて……いや、やめよう、アレは偽物だったんだ、そう思おう。だってあんな気持ち悪い化け物に抱かれていたなんて考えたくない。

「ネメスィ……ほんと、ごめんな。そうだよな、嫌だったよな、あんな気持ち悪い化け物と間違われたら。化けた姿が本当に見分けつかなくて……ごめん」

ダメだ、上手くフォロー出来ない。

「…………サク」

「な、なんだ?」

「……これを受け取ってくれないか」

ネメスィは自分の鞄から黒革の帯のような物を取り出し、俺に差し出した。帯の両端には留め具があり、真ん中にはハート型の黄色い宝石がぶら下がっている。

「チョーカーだ。サク……頼む、受け取ってくれ」

チョーカーとか聞くと爆発しそうだと考えてしまう世代だ、俺は。まぁ、そんな前世で見た話は今は忘れて、可愛らしい贈り物を受け取ろう。

「首につけるんだよな? 留めるの難しいな……ネメスィ、後ろやってくれよ」

「……つけてくれるのか?」

「え? ぁ、うん……そりゃ、つけるけど」

前世では装飾品なんて買おうと思ったことすらなかった。そんな店に入ることすら許されないルックスと暗い雰囲気の男だったのだ。でも今はファンタジーらしい美形のインキュバス、装飾品をつけなければ損だ。

「思ったより首苦しくないな。ありがとうネメスィ」

ネメスィは呆然とした顔で俺を見つめている。

「……ネメスィ? 本当に嬉しいぞ? ハート型ってちょっと女の子っぽいかなって思うけど、尻尾ハートなんだから今更だよな、むしろ合ってるって感じ。黄色……俺に似合うか不安だけど、ネメスィが俺に似合うと思って買ってくれたんだよな、物だけじゃなくてその気持ちももらったんだよな、俺。だからめちゃくちゃ嬉しい」

感想が欲しいのかと恥ずかしいながらも礼を伝えてみても、ネメスィは何も言わない。表情も変わらない。だが、瞬きと共に一筋の涙を零した。

「ネメスィ? ネメスィ、どうしたんだよ、嬉しいぞ? 俺ちゃんと嬉しいから」

「…………サク。俺を、嫌わないでくれ」

「え? あ、怒ったこと気にしてるのか? 大丈夫だって、怪我してないし……俺も悪かったから。これもらったし、嫌ったりしないよ」

ネメスィがこんなことを言うなんて思いもしなかった。俺に嫌われたって殴って従わせるような奴だと思ってしまっていた。

「サク……サクっ、サクぅ……さ、くっ…………嫌わないでくれ」

「嫌ってないって、落ち着けよ。えっと……俺はネメスィのこと結構好きだから、な?」

俺に抱き着いて泣いてしまうような奴だとは……なんか、可愛いな。

「よしよし、いい子いい子。短気で乱暴なとこさえなけりゃ、ネメスィも普通にいい子なんだよな」

帯電しているように輝く金髪を撫でると背に回った腕に強く抱き締められ、インキュバスの脆い身体が軋み始めた。

「……ネメスィ、肋骨折れる。ネメスィ? ネメスィっ、マジで折れるって! ネメスィ!」

慌てていると扉が開き、カタラが帰ってきた。ネメスィは両手に紙袋を下げたカタラに蹴り飛ばされ、床に転がった。誰だよカタラをか弱いウィザードだとか思っていた奴は。魔法戦士とか魔闘家だろアレ……魔闘家……美しい……いや、何でもない。

「お前はいい加減に加減を覚えろバカ!」

「……すまない」

「なんだよ……嫌に素直だな」

カタラは荷物を置き、漁り、俺に冷たい水が入ったボトルを投げ渡した。

「サークっ、ほら、魔樹付近の天然水! 風呂の後は乾くからな、しっかり飲めよ」

ミネラルウォーター的なアレなのだろう。固形物を消化できないインキュバスだから仕方ないとはいえお土産がミネラルウォーターというのも酷い話で……あ、これ美味しい。

「あれ……サク、そんなアクセつけてた?」

「ネメスィにもらったんだ」

「はぁ!? おまっ……いくら使ったんだよバカ! これ宝石……本物か!? 偽物だよな、偽物であってくれ……!」

元気のないネメスィは何も答えず、カタラは深いため息をついて改めてチョーカーを見て「似合ってる」と言った。

「ハートって女の子っぽくないかな」

「……そうかぁ? 別にそうでもないと思うけど」

この世界ではハートに女の子らしさはないのか?

「俺、黄色似合う?」

「別に何色でも似合うと思うぜ、髪に彩度がないからさ……まぁ、俺なら青色を送るな。ネメスィはセンス微妙だな」

ネメスィは俺に黄色が似合うと思ったのだろうか。カタラは何故俺に青が似合うと思ったのだろうか。
カタラの青い瞳を見ていると答えが出そうな気がした。
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