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番外編 危険視する必要は無し(アマルガムside)

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サクが自殺を試みた数時間後のこと。
とある天空、とある王城、とある青年が玉座の間へ足を踏み入れた。

「叔父上様ー、叔父上様、いらっしゃいますかー?」

ボブヘアの青年はその金色の髪を揺らし、髪と同じ金色の瞳で目的の人物を探しながら、細長い手足を動かして歩んだ。
青年が止まったのは銀狼が丸まって眠っている玉座の前。その狼はただの狼ではない、黒翼を生やし、黒蛇の尾を持つ合成魔獣だ。

「おはよう眠れる王妃様、僕の叔父上様はどこかな」

青年は狼の額をつついて起こし、不機嫌に牙を剥く狼に訪ねた。

「そこで寝ている」

狼は人語を操り、低く不機嫌な声で吐き捨てた。

「どこで?」

「後ろだ、髪が見えないのか? 眼鏡でも買うべきだな」

尾の黒蛇が背もたれの後ろを指し、青年は玉座の後ろに広がっている白いものが絨毯ではなく長過ぎる髪であることに気付く。

「……相変わらず長い髪だね、お美しいことだ」

「用があるなら早く済ませろ、そうでないなら帰れ。睡眠の邪魔だ」

「…………相変わらず辛辣だね、叔父上様とは大違いだ」

「貴様に愛想良くして私に何の得がある?」

「目上に腹を見せて目下に威嚇して……あぁ、全くイヌ科らしいよ」

青年が深いため息をついて背もたれの後ろに向かうと狼は目を閉じた。

「叔父上様、起きてください、報告があるんです」

青年が玉座の後ろを覗くと白髪の少年が蹲っていた。自身の膝を抱え、膝に額を押し付け、長い髪に全身を隠させている。青年よりも歳下にしか見えないその少年の髪は異常に長く、白い絨毯のように少年の周りに広がっていた。

「ん……? にいさま?」

青年が少年の肩を揺らして起こすと少年は長い髪の下で目を擦り、寝ぼけた声で呟いた。その顔は髪に隠れて全く見えない。

「ネメシスです、叔父上様。ご機嫌麗しゅう」

「ねめししゅー……おやすみ」

ネメシスは二度寝を始めようとした少年の肩を掴んで激しく揺さぶった。

「わ、わっ、な、何? ネメシス? 何、反抗期……? 父親に行けよ……」

「……失礼、アマルガム様。報告があるので聞いてもらえますか?」

「叔父上様」ではなく「アマルガム様」と呼ぶのはネメシスの中で家族と仕事の切り替え、それを分かっていたアマルガムは長い髪の下で小さく頷いた。

「箱庭の離島にて神性の顕現を観測。僅か数秒のため属性の判断は出来ませんでした」

「離島……あぁ、そういえば悪魔送ってなかったな、魔樹植えただけだ。そりゃ自然神も湧くよね……」

「そう強い神性ではないため、魔樹の影響を受けて魔性に堕ちると思われます。対策は不要と判断しますが、アマルガム様のご意見を……」

「君がそう思うならそれでいいよ、あの離島にはにいさまの息子が居たよね、えっと……どの子だっけ、君の……上の子……」

ネメシスはうつらうつらと船を漕ぎ始めたアマルガムの顔の前で手を叩き、目を覚まさせた。

「ネメスィお兄ちゃん……いえ、三男です」

「お兄ちゃんって呼んでていいよ、可愛いから。ねめしーね、ねめしー……」

「ネメスィ」

「ねめしー」

「スィです。スィ……ネメスィ」

「しー……しぃ、すいー……? つぃ……ねめちゅぃ、ねめしー……ねめすいー……?」

アマルガムは寝ぼけた声で話しながらも離島に住んでいるはずの甥のネメスィの姿を明確に頭に思い浮かべていた。

「あの子は確か……にいさまが造ってすぐ捨てた後、孤児院に入ったんだよね。頑張って探し出して迎えに行ったんだけど、友達出来たからとか言って出たがらなくて……ふわぁ、ねむ……」

「叔父上様の誘いを断るなんて……愚兄が申し訳ないことでございます」

「愚兄とか言わない、そういうの言っていい兄は僕のにいさまくらいだよ。一応連絡用の石は渡してあるから会いたくなったら呼んでくれるはずなんだけど……なんか全然呼んでくれないんだよね、嫌われてるのかな」

アマルガムは長い白髪の隙間から真っ白い手を伸ばし、ネメシスの首に飾られている石を摘み上げた。

「君達兄弟には全員に渡してあるよね、他の子達も全然割らないけど、失くしてない?」

「お兄ちゃん達……いえ、長男から三男のことは僕には分かりません。五男は父上に付きっきりですので紛失しても問題はないかと。いえ、もちろん叔父上様からの賜り物を紛失するなど許されないことですが」

石から離した手は再び髪の中に隠れて見えなくなる。ネメシスは鎖骨の間で揺れる石を軽く撫で、笑みを零す。

「ねめちゅい……ねめしー……ねめしゅぃ………………あの子が居るなら神性が何か問題起こしても対処してくれるよ」

「ですが、ネメスィお兄ちゃ……三男は人間を完全に再現しています。人間の中で育ったなら精神も人間に近いでしょうし、神性と相対すれば精神汚染は免れません」

強い神性や魔性はどんなに善いモノでも人間の精神に及ぼす影響が大き過ぎる。ネメシスはそれを心配していたが、観測された神性が自然発生したものだと思い込んでいるアマルガムは重度の精神汚染を引き起こすほどの強さはないと考えていた。

「大丈夫だと思うけど? 人間を再現したって言っても人間って訳じゃないし、雷神の性質を持つ魔力を溜めてるんだから」

「でも、お兄ちゃん……」

「心配?」

「……まさか」

ふいっと顔を逸らしたネメシスを見てアマルガムは笑みを零す。

「な、何がおかしいんですか?」

「べっつにぃ……?」

「顔も知らない三男の心配をしたりなんてしませんよ、向こうは僕の存在自体知らないでしょうし」

「顔はみんな一緒……いや、君はにいさまに寄せてるんだっけ」

アマルガムはネメシスの顔をじっと観察し、他の兄弟達との差を見出す。ネメシス以外は切れ長の目をした男性的な顔つきだが、ネメシスは目が丸っぽく中性的な顔つきの儚げな美人だ。

「……別に、父上に寄せてなんていません」

「にいさま顔改造してるからなぁ……美人だよね、君」

「び、美人なんてっ……そんな、僕は」

ネメシスは頬に手を添えて俯き、アマルガムから目を逸らす。

「ま、僕の妻ほど美しい生き物は居ないけどね」

「………………そうですね」

頬に添えていた手を下ろし、玉座からはみ出た三角の耳に視線を移した。そして表情には全く出さず、いくら美しくても獣に欲情するか普通……と考える。

「するよ?」

「へっ? こっ、心を読まないでください!」

「ごめんごめん。で、えっと、神性……もう一回観測されたら、そうだね、ねめししゅ……ねめしゅしゅ…………ねめしす、ネメシス、君が調査に行ってきて。お兄ちゃんに会ってくるといいよ」

「別に会いたい訳じゃありませんけど……叔父上様が勧めるなら、その通りに。では」

「あ、待って、行くってなったら言って。ねめしゅい……あの子誕生日もうすぐだろ? プレゼント用意しててさ、ケーキも作らなきゃだし。届けるの頼まれて欲しいな」

「…………承知しました」

ネメシスは深々と頭を下げて王の間を去った。アマルガムは伸びをしてから立ち上がり、自身の髪を踏んですっ転んだ。

「……貴方は何度それをすれば気が済むんだ? いい加減に歩き方を考え直せ。それと、滑舌も鍛えるべきだ」

狼に小言を言われたアマルガムは拗ねてそのまま床で眠り始めた。

「背中を痛めるぞ……全く」

狼は子供にするようにアマルガムの首を咥え、玉座の後ろに用意したマットの上にアマルガムを転がすとその隣に寝そべった。
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