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凝視による現象
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広いベッドの真ん中でシャルと身を寄せ合って眠り、どれだけ経っただろう。この部屋に時計はないし、窓もないから分からない。
「兄さん……? 兄さん、聞こえましたか?」
「あ、あぁ、お前にも聞こえたか、幻聴じゃないんだな」
俺達は男の悲鳴で目を覚ました。
「……見に行くか」
「危ないと思います。でも、確認しないのも不安ですよね。兄さんは僕が守ります、僕の後ろに居てくださいね。樹液を飲んで魔力を溜めてから行きましょう、少し待っていてください」
「シャ、シャル! それ俺がさっきゲロって……シャル?」
「……樹液、一滴も残っていません」
樽の中を覗き込むとハッキリと底が見えた。樽の内壁を触ってみたが乾いている。
「…………とりあえず、悲鳴の方を見に行きましょうか」
樹液が消えたことも不思議だが、今は悲鳴だ。途切れ途切れだがまだ聞こえている。
部屋を出て長い廊下を歩き、悲鳴の主が居ると思われる部屋を発見した。その部屋の前の廊下、そして扉には血がべっとりと付着している。
「乾いていませんね」
シャルは躊躇いなく血に触れ、扉を開けた。そこには凄惨な光景が広がっていた。
床に撒き散らされた赤、壁に飛び散った赤、その中心で痛みに叫ぶ使用人の男に、対処法が分からず狼狽えている査定士、もうめちゃくちゃだ。
「な、何だよ、これっ……!」
「兄さん、見ない方がいいです。苦手でしょう?」
前世では何本かグロ映画も見たが、本物は比べ物にならない。
「君達……! 部屋に戻りなさい、医者を呼んだんだ、家の中とはいえ魔物を放し飼いにしているとバレたら君達が危ないんだ!」
査定士は俺達を見つけるとそう言ったが、呼び鈴が聞こえるとクローゼットの中に隠れるよう言った。俺達は慌ててクローゼットの中に入り、二人で同じ場所に隠れるのは悪手だと思った。
「シャル、俺よく見てないんだけど……あの人どうなってたんだ?」
いや、悪手と言い切るのもよくない。安心感が手に入るし、このクローゼットはそこまで狭くない。俺達は細身で柔らかい身体のインキュバスだ。
「……皮膚が剥がれたみたいです」
「え……!?」
「勝手に剥離していったように見えました。服の隙間から見えた皮膚はブカブカの下着のようでした」
まさか、人の皮膚が脱げるなんてそんなことはありえない。使用人はリザードマンのクォーターだとか、そんなオチでもない限り……いや、だとしても血まみれになって痛みに叫んでいるのはおかしい、脱皮不全だとしても異常だ。
「シャル、あの人……なんか、爬虫類の血が混じってたりは?」
「人間に見えますけど……」
「そっか、じゃあ違うよな、やっぱり」
なら何かに襲われたのか? 皮膚を剥がすような魔物が居るのか? 剥がした皮膚をその場に捨てるなら何のために剥がしたんだ? ダメだ、全く分からない、分からないから怖い。原因が全く分からないから俺の皮膚もたった今から剥離し始めるかもしれないと考えてしまう。もしかしたら伝染病か何かかも──!
「シャ、ルっ……移る病気とかじゃないよな、魔物の仕業とかだよな」
「あんな病気もあんなふうにする魔物も僕は知りません。でも、僕が無知なだけかもしれません」
ファンタジー世界特有の病気や魔物被害ではないのか。そうだ、前世の知識から人の皮を剥ぐ魔物だとかを思い出せないか? 俺はRPGをよくやっていたし、ファンタジーもののマンガやラノベも好んでいた、何か思い付くはずだ。
「んー……皮剥ぎの処刑とかなら思い付くんだけど。あ、シズオカの三角様……いやいやいやもっとスライムとかオークとかフリー素材ちっくなポピュラーモンスター……」
「兄さん……? 静かにしておきましょうよ」
「いや死んでないから処刑が目的じゃない。となると人の皮が欲しくて……ルルイエ異本? いあいあ……いやいや剥がれた皮残ってるし」
考えを整理するには声に出した方がいい。そんな話を聞いて出来た俺の癖はクローゼットに隠れている今は良くないもので、シャルに口を押さえられた。
「んむっ……」
「兄さん、しー……ですよ」
しかし、クローゼットの中に隠れて静かにしているというのはホラーゲーム風でいいな。またゲームやりたいなぁ、ファンタジー世界じゃゲームなんて開発されていないだろうけど。
そんなふうに前世での娯楽に思いを馳せているとクローゼットが開いた。思わず身を強ばらせたが開けたのは査定士だった。
「しばらくは調査のために人の出入りがあるだろうから……そうだね、地下室に隠れてくれるかな? おいで、入り口は私と今運ばれた彼しか分からない。誰かが入る心配はないよ」
査定士に促されてクローゼットから出ると使用人は居なくなっていた。病院に運ばれたのだろう、血と皮は残っている。
「ほら早く、すぐに戻ってくると思うから……!」
本棚をズラした先の扉、その仕組みにワクワクする暇もなく押し込まれ、本棚が戻って扉が開かなくなった。これ、まさか内側からは開けられないのか……? そう思った直後、玄関の扉が再び開いた音が聞こえた。
「……危なかった」
シャルに手を引かれて暗く冷たい階段を下り、地下室に入る。地下室にはランプがあったようで、俺より夜目のきくシャルがそれを灯してくれた。
「やっぱり人間の街に住むのは得策ではありません。王都を出ましょう」
「そう、だな……アルマも置いてきちゃったし」
「アルマさん……ですか。兄さんが旦那さんの元に戻るなら僕はどうすればいいんでしょう。兄さんの傍に居たいんです」
「居ればいいよ。俺もそうしたい。一瞬だったけどアルマの姉貴と一緒に住んでたし、兄弟なんだから問題ないさ」
今思うと王都に来る前の行動は異常だ。アルマの目の前でカタラに迫ったり、結婚したんだろと諌められてもネメスィに迫ったり、挙句の果てにはペガサスと交わり、それに乗って王都に来た? やはりおかしい。
「ところでさ、シャル。ハリガネムシって知ってるか?」
「はりがね……? ごめんなさい、知りません」
俺の胃の中に居た何かはハリガネムシと似た生態を持つ寄生生物だったのではないだろうか、そう考えている。しかしよく本を読んでいるシャルが知らないならこの世界にはハリガネムシが居ないのかもしれない。
「寄生虫とか分かるか?」
「ええ……あまり好きではありませんけど、一応知っています」
「じゃあ、宿主の行動を操作する寄生虫とかは?」
「居るみたいですね。でも、安心してください兄さん。インキュバスは力が弱い代わりに寄生虫や菌やウイルス、そういったものにはとても強いんです。身体に害を与えるようなものはインキュバスの体内や体表には住めません」
性病対策なのかな……? その強過ぎる抗体があるからサキュバスも滅多に妊娠しないのだろうか、俺は医学知識なんて欠片もないのでよく分からないが。
しかしインキュバスの体内に害を与えるものは住めないとなると、やはり俺の胃の中に居た何かはイレギュラーな代物なのだろう。シャルは安心しろと言うが、余計に不安が強まってしまった。
「兄さん……? 兄さん、聞こえましたか?」
「あ、あぁ、お前にも聞こえたか、幻聴じゃないんだな」
俺達は男の悲鳴で目を覚ました。
「……見に行くか」
「危ないと思います。でも、確認しないのも不安ですよね。兄さんは僕が守ります、僕の後ろに居てくださいね。樹液を飲んで魔力を溜めてから行きましょう、少し待っていてください」
「シャ、シャル! それ俺がさっきゲロって……シャル?」
「……樹液、一滴も残っていません」
樽の中を覗き込むとハッキリと底が見えた。樽の内壁を触ってみたが乾いている。
「…………とりあえず、悲鳴の方を見に行きましょうか」
樹液が消えたことも不思議だが、今は悲鳴だ。途切れ途切れだがまだ聞こえている。
部屋を出て長い廊下を歩き、悲鳴の主が居ると思われる部屋を発見した。その部屋の前の廊下、そして扉には血がべっとりと付着している。
「乾いていませんね」
シャルは躊躇いなく血に触れ、扉を開けた。そこには凄惨な光景が広がっていた。
床に撒き散らされた赤、壁に飛び散った赤、その中心で痛みに叫ぶ使用人の男に、対処法が分からず狼狽えている査定士、もうめちゃくちゃだ。
「な、何だよ、これっ……!」
「兄さん、見ない方がいいです。苦手でしょう?」
前世では何本かグロ映画も見たが、本物は比べ物にならない。
「君達……! 部屋に戻りなさい、医者を呼んだんだ、家の中とはいえ魔物を放し飼いにしているとバレたら君達が危ないんだ!」
査定士は俺達を見つけるとそう言ったが、呼び鈴が聞こえるとクローゼットの中に隠れるよう言った。俺達は慌ててクローゼットの中に入り、二人で同じ場所に隠れるのは悪手だと思った。
「シャル、俺よく見てないんだけど……あの人どうなってたんだ?」
いや、悪手と言い切るのもよくない。安心感が手に入るし、このクローゼットはそこまで狭くない。俺達は細身で柔らかい身体のインキュバスだ。
「……皮膚が剥がれたみたいです」
「え……!?」
「勝手に剥離していったように見えました。服の隙間から見えた皮膚はブカブカの下着のようでした」
まさか、人の皮膚が脱げるなんてそんなことはありえない。使用人はリザードマンのクォーターだとか、そんなオチでもない限り……いや、だとしても血まみれになって痛みに叫んでいるのはおかしい、脱皮不全だとしても異常だ。
「シャル、あの人……なんか、爬虫類の血が混じってたりは?」
「人間に見えますけど……」
「そっか、じゃあ違うよな、やっぱり」
なら何かに襲われたのか? 皮膚を剥がすような魔物が居るのか? 剥がした皮膚をその場に捨てるなら何のために剥がしたんだ? ダメだ、全く分からない、分からないから怖い。原因が全く分からないから俺の皮膚もたった今から剥離し始めるかもしれないと考えてしまう。もしかしたら伝染病か何かかも──!
「シャ、ルっ……移る病気とかじゃないよな、魔物の仕業とかだよな」
「あんな病気もあんなふうにする魔物も僕は知りません。でも、僕が無知なだけかもしれません」
ファンタジー世界特有の病気や魔物被害ではないのか。そうだ、前世の知識から人の皮を剥ぐ魔物だとかを思い出せないか? 俺はRPGをよくやっていたし、ファンタジーもののマンガやラノベも好んでいた、何か思い付くはずだ。
「んー……皮剥ぎの処刑とかなら思い付くんだけど。あ、シズオカの三角様……いやいやいやもっとスライムとかオークとかフリー素材ちっくなポピュラーモンスター……」
「兄さん……? 静かにしておきましょうよ」
「いや死んでないから処刑が目的じゃない。となると人の皮が欲しくて……ルルイエ異本? いあいあ……いやいや剥がれた皮残ってるし」
考えを整理するには声に出した方がいい。そんな話を聞いて出来た俺の癖はクローゼットに隠れている今は良くないもので、シャルに口を押さえられた。
「んむっ……」
「兄さん、しー……ですよ」
しかし、クローゼットの中に隠れて静かにしているというのはホラーゲーム風でいいな。またゲームやりたいなぁ、ファンタジー世界じゃゲームなんて開発されていないだろうけど。
そんなふうに前世での娯楽に思いを馳せているとクローゼットが開いた。思わず身を強ばらせたが開けたのは査定士だった。
「しばらくは調査のために人の出入りがあるだろうから……そうだね、地下室に隠れてくれるかな? おいで、入り口は私と今運ばれた彼しか分からない。誰かが入る心配はないよ」
査定士に促されてクローゼットから出ると使用人は居なくなっていた。病院に運ばれたのだろう、血と皮は残っている。
「ほら早く、すぐに戻ってくると思うから……!」
本棚をズラした先の扉、その仕組みにワクワクする暇もなく押し込まれ、本棚が戻って扉が開かなくなった。これ、まさか内側からは開けられないのか……? そう思った直後、玄関の扉が再び開いた音が聞こえた。
「……危なかった」
シャルに手を引かれて暗く冷たい階段を下り、地下室に入る。地下室にはランプがあったようで、俺より夜目のきくシャルがそれを灯してくれた。
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「そう、だな……アルマも置いてきちゃったし」
「アルマさん……ですか。兄さんが旦那さんの元に戻るなら僕はどうすればいいんでしょう。兄さんの傍に居たいんです」
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今思うと王都に来る前の行動は異常だ。アルマの目の前でカタラに迫ったり、結婚したんだろと諌められてもネメスィに迫ったり、挙句の果てにはペガサスと交わり、それに乗って王都に来た? やはりおかしい。
「ところでさ、シャル。ハリガネムシって知ってるか?」
「はりがね……? ごめんなさい、知りません」
俺の胃の中に居た何かはハリガネムシと似た生態を持つ寄生生物だったのではないだろうか、そう考えている。しかしよく本を読んでいるシャルが知らないならこの世界にはハリガネムシが居ないのかもしれない。
「寄生虫とか分かるか?」
「ええ……あまり好きではありませんけど、一応知っています」
「じゃあ、宿主の行動を操作する寄生虫とかは?」
「居るみたいですね。でも、安心してください兄さん。インキュバスは力が弱い代わりに寄生虫や菌やウイルス、そういったものにはとても強いんです。身体に害を与えるようなものはインキュバスの体内や体表には住めません」
性病対策なのかな……? その強過ぎる抗体があるからサキュバスも滅多に妊娠しないのだろうか、俺は医学知識なんて欠片もないのでよく分からないが。
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