過労死で異世界転生したのですがサキュバス好きを神様に勘違いされ総受けインキュバスにされてしまいました

ムーン

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記憶の消去は可能なのか

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広いワンルームで五人の男達に順番に抱かれる日々──いや、査定士は順番を譲ることも少なくないから、四人順番に抱かれていると言うべきだな。

「んっ……ん……おなか、いっぱい。ありがと、ネメスィ……」

セックスは一日一度、多くても二度までに減っていた。いくら食欲と性欲に突き動かされても、今の俺は卵達の親だ、どうしても卵が気になる。

「……なぁ、サク。俺の卵の様子はどうだ?」

「順調に大きくなってるよ」

四人の男達と俺の特徴を一人ずつ引き継いだような見た目の卵五つ。どこかメタリックな雰囲気すら覚える艶を放つ漆黒の卵を持ち上げる。

「ふふ……とくとく言ってる。心臓動いてるんだな」

卵に耳を押し当てて中の音を聞いているとネメスィが俺をじいっと見つめてくる。

「サク……まだ触らせてくれないのか?」

「あ、ううん……ちゃんと……」

部屋から脱出すれば俺は消滅する。だから赤子達にはみんなに懐いてもらわなければいけないし、みんなも愛着を持って欲しい。
けれど、母性本能がそれをやめさせる。

「………………ごめん、ネメスィ。ダメって言うか、その……手が震えちゃって。身体が勝手にさ……」

ネメスィに卵を渡そうと思ってみたけれど、本能に怒鳴られた。絶対に誰にも触らせるなと喚く本能に負け、俺は卵を一人で抱き締める。

「構わない。産まれたらもう少し触れさせてくれよ」

「う、うん……生まれたら、このバグも治ると思う」

母性本能や防衛反応のバグなんて、俺は機械か? 原因は俺に種付けしたドラゴンだな。

「赤子の方が酷くなりそうな気もするが」

卵よりも生物らしさが目に見えて分かる赤子が孵ったら、確かに余計に過保護になりそうだ。いや、本能をねじふせてこその人間性だ、頑張らなければ。

「……頑張るよ」

「そうしてくれ。俺はそろそろ離れた方がいいんだったな? じゃあな」

卵のあるベッドに居られると身体が勝手に警戒してしまう。心身ともに疲弊するからベッドは俺が一人で使わせてもらうことになった。食事──性行為の時だけ彼らはベッドにやってくる。

「ごめんね、本当に……」

性行為の直前まで俺は抵抗してしまう、意思ではどうにもならない母性本能が俺に勝手に抵抗させる。けれど、突き入れられれば淫魔の本能が勝る。だから近頃のセックスは前戯がほとんどない。

「気にするな。ずっとこの部屋に居るんだ、卵が孵るまで待つ程度なんてことない」

「…………うん」

卵が孵ってしばらくしたら死ぬ気だと知ったら、それがみんなを解放するためだと知ったら、彼らは俺を説得しようとするのだろう。
絶対に誰にも知られてはいけない。どうにかネメスィのネックレスを奪い、破壊する方法を考えなければ。

「なぁ、シャル」

ラグの上に座ってベッドにもたれているシャルに声をかける。

「どうしたんです? 兄さん。まだお腹が空いてますか?」

「違うよ……前に言っただろ? 記憶を消す術を教わりたいって。生まれてからにするつもりだったけど、思ったより暇でさ」

食事のためだと言い訳出来ない前戯やスキンシップを嫌がってしまうから卵を産んでから暇で暇で仕方ない。

「構いませんよ。でも、教えることは少ないので暇潰しになるかどうか……」

言いながらシャルは両の手のひらを俺に見せる。

「まず、手のひらに魔術陣を描きます。対象に……なるべく頭に向けて、出来れば頭に触れさせて、忘れさせたいことを考えながら手のひらに魔力を集中させます。それだけです」

「なるほど……?」

「まずは魔術陣の描き方を教えますね」

細筆とインクを渡される。シャルの手本を見ながら自分の左手のひらに魔術陣を描いた。

「……なんかヨレヨレだけど大丈夫かな」

「このくらいなら平気ですよ。それじゃあ試してみましょうか」

シャルはついさっきまで読んでいた本を俺に渡した。

「この本の記憶を僕から消してください」

「え……だ、大丈夫なのか? 失敗したら、なんか……全部忘れたり」

「兄さんにはそんなこと出来ませんよ」

「…………あっそ」

そりゃシャルに比べれば俺は遥かに弱いだろう。けれど、そんな言い方あんまりだ。

「よし……じゃあ、シャル。この本について……全部忘れろっ」

くるくると巻いた紫髪の隙間を縫って頭皮に触れ、強く念じる。

「……兄さん。魔力……扱えないんですか? ほら、夢を見せたりするのと似てますよ、もっと手のひらに集中してください」

「で、出来てないのか……? 分かったよ、集中する……」

小説のタイトルを見て、あらすじを読んで、もう一度深く意識してシャルの頭に触れた。

「…………忘れろっ!」

「ん……ちょっと、来ましたね。何を忘れたのかは分かりませんけど、何か忘れました」

成功したのか? ミステリー小説の内容を忘れられるのは羨ましいな。俺は早速質問してみた。

「よし、じゃあこの小説の事件の黒幕は?」

「S博士です」

「連続殺人の動機は?」

「博士は飽きっぽい人で、世の娯楽をやり尽くしてしまって……最後に見つけた趣味が殺人でした。最後の描写からするに、結局飽きてしまったみたいですけど」

正解だ。

「しっかり覚えてるな、失敗だよ……やっぱり俺には使えないのか?」

わざと深いため息をついてシャルに慰めてもらおうとしたが、シャルは何かを深く考え込んでいる。

「…………あの、その本……タイトルは何でしたっけ? すいません、ド忘れしてしまって……」

「え? ま、まさか……効いたのか? やった!」

「タイトルを忘れさせてたんですか? やりましたね、兄さん。すごいです」

ニコニコと笑うシャルに疑問が生まれる。気遣いで忘れたフリをしているのではないか──と。

「………………あっ、兄さん。もしかして「博士の最もスリリングな趣味講座」とかでしたっけ」

「え? ぁ、あぁ……正解だよ」

「急に思い出したんです……効き目は弱いみたいですね」

演技ではなかったのか、流石にそこまではしないか──どちらにせよ俺の術が不完全なのには変わりない。小説の全てを忘れさせようとしたのにタイトルをド忘れさせただけなんて。

「これさ、練習すれば上手くなったりするのか?」

「どうでしょう……」

「シャルは最初から完璧に出来たって感じ?」

「えぇ、まぁ……でも、兄さん。この術は元々不完全なものなんです。僕が使った時も……兄さん、アルマさんのこと思い出しましたよね」

足を切られて王都で監禁されていた頃、俺はシャルの術でアルマのことを忘れていた。けれど彼の首を見て全て思い出した。

「…………あれはさ、ほら……愛の力、的な」

「ええ、ですから記憶を消すのではなく、封印するものなのでしょう」

ふとしたきっかけで思い出してしまうなら、みんなから俺の記憶を消しても意味がなさそうだな。

「……不完全な術でよかったですね、兄さん。完璧なものだったら僕は兄さんから僕以外の全ての記憶を消して、この場に居る全員を殺して、兄さんを僕だけのものにします」

「…………そんなことしないだろ? シャルはいい子なんだから。おじさんに懐いてるのも、カタラと仲良くなってきたのも、お兄ちゃん知ってるぞ」

「兄さん……」

「いいんだよ、変に俺だけだってアピールしなくても。そんなことしなくても大好きだよ」

「…………それじゃあ、態度で示しますね」

シャルは俺が頭皮に触れたから少し崩れた髪を照れ隠しに直し、にんまりと笑って俺の頬にキスをした。
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