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狭雲家の成功作

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セイカが彼の母親からの手紙を読んでいる間、彼の弟とでも話して時間を潰そうと思っていたが、分かりやすく話したくなさそうな雰囲気を出されて心が折れた。

(全然わたくしのこと見もしませんな、ほむほむ)

勝手に可愛らしいあだ名を付けて面白がっていると、セイカが深いため息をついた。

「……読了致しましたか、兄様」

「お前……これ、何書いてあるか知らないんだよな」

「はい、中身は兄様にだけ見せよとの言いつけです」

セイカに対する返事も無機質だ。今日び機械音声の方が感情のこもった声を出す。

(なんて書いてあったんでしょう。入院中の息子に送るお手紙……まぁ、具合の心配と、励ましの言葉? 軽い近況報告とか。勉強しときなさいとかのお小言もありそうですな、セイカ様のお母様は教育ママでいらっしゃいますから)

単純な好奇心だけで手紙を覗くほど無礼者ではない、弟が帰るまではじっとしていよう。

「何書いてあったと思う?」

「分かりません」

「お前がどう考えてるか聞きたいんだよ、正答しろなんて言ってない。予想を言えよ、ほむら」

「…………勉強のことでしょうか」

弟の予想をセイカは鼻で笑い、手紙をぐしゃぐしゃに丸めて弟に向かって投げた。弟は全く不愉快そうにもせず、無表情のまま自分の腹に当たって落ちた手紙を拾った。

「おいおいほむら、お母さんは俺だけに手紙見せろって言ったんだろ? お前が中身見ちゃダメじゃねぇか、お前はいい子だろ?」

弟は手でアイロンをかけるように皺を伸ばし、元通りに折り畳み、封筒に入れた。皺を伸ばす際に中身が見えただろう彼に対し、丸めた張本人のくせにセイカは意地悪を言う。

「兄様」

「なんだよ。とっとと帰れよ」

「兄様のお帰りをお待ちしております」

弟は深々と頭を下げた。

「あっ、待って弟くん……ほむらくん」

「……おい、鳴雷。やめろ」

「なんでしょう」

相変わらず機械的な応答だ。セイカには何故か止められているが、俺には彼に言っておかなければならないことがある。

「また今度来る時はさ、セイカの服とか日用品持ってきてやってくれよ」

「許可されません」

「許可って……セイカの服家にあるだろ? それ何着か持ってきてくれたらいいだけなんだけど……」

「やめろ鳴雷、ほむらはお母さんの言いつけ以外聞けない。俺と違って完璧な子だからな」

弟はまた深々と頭を下げて出ていこうとする。

「まっ、待て待て待ってほむらくん! 許可が要るなら許可もらって持ってきてくれよ、お母さんに聞いてみなきゃって話だよな? じゃあそうしてくれよ、お兄ちゃんずっとこのカッコなんだぞ」

「鳴雷……やめろって。ほむら、さっさと帰れ」

「……失礼致します」

深々と頭を下げ、とうとう弟は病室を出ていってしまった。

「…………明日、俺の服持ってくるよ。ごめんな、今まで気付かなくて……治療の都合かと思ってた、セクシーだしいいなって」

「あぁ、お前が気に入ってるみたいだからこのままでいい」

「でも歯ブラシとかはなきゃ困るだろ? 他に欲しいものあったら言ってくれ」

セイカは俯いて黙り込んだ。左手をよく見てみれば、シーツを強く握り締めているのが見えた。

「……セイカ?」

「やめて、くれよ。優しくするの、もうやめてくれ」

「またそんなこと言う……」

「惨めなんだよっ! すっごい、惨め……お前虐めて人生詰んでさ、手足片っぽずつなくなっちまってさ、言いたくないこと言っちまうほど頭も悪くなってさぁっ……こんなクズに優しくして何になんだよ、お前に優しくされる度に惨めになんだよぉっ!」

ガンッ! と嫌な音が聞こえた。セイカがベッドの柵に左手を叩きつけたのだ。

「最近になって自分の惨めさが分かるようになってきたんだ、飯が無駄に多いせいだっ! 頭回す栄養足りちまってんだよ要らないのにっ! プライド戻す前にっ、状況把握出来るようになる前にっ、感情抑えられるようになれよちくしょぉっ! あぁもう全部嫌だっ、鳴雷に八つ当たりなんかしたくなかったのに……嫌いだ、こんなクズ……大嫌い、死ね」

最後の暴言はセイカ自身に向けたもののように聞こえた。多分俺は、俺に向けられた暴言だった方が胸が痛まなかっただろう。

「セイカ……俺、どうすればいい?」

セイカは泣きじゃくっていて答えてくれない。

「なぁ……セイカ、教えてくれよ、せいかぁ……」

右膝に頭を置いているセイカの肩を揺すっても顔を上げてくれない。真っ白な病室に響くすすり泣く声を聞くうちに自分の無力さが嫌になって、俺の目からも涙が溢れた。

「……好きなだけなんだ、大好きなんだ……だから尽くしたいだけでっ、笑顔が見たくてっ……困ってること解決したら笑ってくれるかなって、俺のこと好きになってくれるかなって……そう思っただけなんだよ、やな思いさせてごめんなさい……」

せっかく手に入れた美貌をセイカはあまり喜んでくれなかった。運動神経も頭も悪い、愛嬌も大してない見た目以外に取り柄のない俺に出来るのは、優しく接して尽くすことだけだった。

「…………八つ当たりして、ごめんなさい。鳴雷悪くないのに、鳴雷ずっと優しいのに、ごめんなさい、ごめんなさい」

話してくれた。力なく垂れた左手を思わず握る。

「いいよ。大丈夫。俺しか居ないんだから、俺に当たってくれていい。それでセイカが楽になるんなら俺は嬉しいよ」

「なら、ない。鳴雷に……当たっちゃったって……余計、に……」

「セイカは優しいもんなぁ。アキも言ってたぞ、セイカ優しくて好きだって」

そうだ、俺は今日アキとの話を聞こうと思っていたのだ。アキから仲直りをしたような話は聞いたけれど、アキの日本語は拙いからセイカの口から改めて聞きたかった。
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