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事態収拾に走る兄 (水月+レイ・ネイ・ノヴェム・ヒト)

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とりあえずカメラからは逃れよう、もう手遅れかもしれないけれど。俺はりんご飴の屋台の影に隠れ、ノヴェムとレイを呼んだ。

「大丈夫か? 怪我とかは?」

「ないっす。すいません、ノヴェムくん一回逃げちゃって……見とけって言われたのに、俺……」

「気にするな、無事だったんだから」

レイに押さえ続けられるとは思っていなかった。ノヴェムに振りほどかれたのが一回だったことも、その後すぐに回収したことも期待以上の働きぶりだったから、本当にレイが落ち込む必要はないのだ。まぁ最初からそこまで期待していなかったと言うと更に落ち込んでしまいそうだから、言わないでおくけど。

「お騒がせして申し訳ございません! この男はこちらで警察に引き渡しておきますので、皆様は気にせずお祭りをお楽しみください!」

ヒトが群衆に向かって叫び、失神したフタを背負う。下敷きにされていたネイが起き上がり、よろよろと歩いてきた。

《……! お父さん、お父さぁんっ》

《大丈夫ですよ。泣かないでノヴェム》

何度も殴られて痛んでいるだろう腕でノヴェムを抱き上げる。

《おとぉさっ、お父さん……びっくりしたぁ、お父さん……お父さん大丈夫? おとぉさ……痛い? おとぉさん……》

骨張った手に涙を拭われ、しゃくり上げながら何かを話す。

《大丈夫、もう痛くありません》

《おとぉさん……ぐすっ……》

《大丈夫、泣かないで》

かける言葉も、取るべき動きも思い付かない。何もするべきではないのだろうか。身動ぎもせずレイと並んで泣くノヴェムと慰めるネイを眺めていると、下駄の音を響かせてヒトが戻ってきた。

「居た……! 先程フタに殴りかかられていた方ですよね? お怪我はありませんか? 手当てを致しますのでどうか本部の方へ……」

「……分かりました。ノヴェム、下ろしますよ」

地面に下ろされたノヴェムはヒトを見上げ、涙混じりの声で叫んだ。

《またお父さんいじめに来たの!? だめ! どっか行けぇ! お父さんに痛いことしないで!》

ネイを庇うように立っていることから、ヒトとフタを同一人物だと勘違いしていると予想する。背格好が似ているから仕方ない。

《ノヴェム、落ち着いて。この方は先程の男とは別人ですよ。ほら、よく見て》

《え……?》

《服と背丈が似ているだけです》

顔立ちも似ているけれど、野良猫と家猫くらい顔つきが違うからパッと見ではそうは思えない。ちなみにヒトが野良猫側だが、俺と二人きりだと家猫風の甘えた表情になるからよりフタに近付く。

《ちがう人……?》

《ええ》

「…………ごめ、なさい」

ノヴェムがヒトにぺこりと頭を下げた。

「……? お子さんですか? こちらこそすいません、兄弟なもので少し似ていて。勘違いするのも仕方ありませんよ」

ヒトは英語が分かったのか。まぁ社長だもんな。

「あぁ、ご兄弟で……」

「ええ……あの、あなたは日本語がお出来になる……? 私ゆっくりなら何とか英語でも会話出来るのですが、そこまで自信はなくて」

「こう見えても日本で生まれ育ちました、息子はこの間までアメリカに……私には日本語で大丈夫ですよ」

「あぁ、よかった。それで、先程の……フタという私の弟なのですが、その……知能が少し低くて。記憶もあまり保たず……ごく稀にああやって暴れるんです。大変申し訳ございません……」

そんな話をしながらヒトは俺達を本部に案内した。

「……鳴雷さんはこの方とお知り合いで?」

「お隣さんです。シングルファーザーなので、たまに子供……ノヴェムくん預かったりとか、割と付き合いあるタイプです」

「なるほど」

「……あなたは水月くんとどういったご関係で?」

「…………お隣さんなら知っていますかね、鳴雷さんの弟さんのためにプールとサウナを庭に新しく建てたのですが、それを私の会社でやって……そこで軽く、名前を知り合う程度に」

そりゃヒトは初対面の大人に「恋人です」なんて言わないよな。誰彼構わず言いふらされたら嫌なくせに、恋人であることを隠されたらショックを受けるなんて、俺は身勝手だ。

「どうぞこちらに……シェパード! 手当てを」

静かな神社に立てられたテント、そこに置かれたパイプ椅子にネイが腰かけると、救急箱を持った男が駆け寄る。以前フタに切られたミタマに応急処置をしてくれた男だ。

「殴られていましたね、傷になったところは?」

「多分ないと思います。打撲だけですね、それも腕で何とかガードして……なので湿布をいただければそれで」

《お父さん……》

《大丈夫ですよノヴェム。水月お兄ちゃんと待っていてください》

不安げな顔のまま、ノヴェムは両腕を広げて俺の方へ歩いてきた。小さな身体を抱き上げ、背をぽんぽんと叩いてやる。

「懐いてますね」

「まぁ……あの、ヒトさん、フタさんは?」

「結束バンドで縛って車に詰めました。静かですから、まだ起きていないと思います」

ヒトは神社の脇に停められた黒い車を指す。

「鳴雷さん、現場をご覧になられましたか? 一体何があったんです、後でフタに聞いてもどうせ覚えていないでしょうし……監視カメラなんて設置していませんから、何が起こったのか私全く分かっていなくて」

「……俺にも分かりません。えっと、ノヴェムくんにどうかっていちご飴を買いに行ったんです。ネイさんが注文を始めてすぐにフタさんが屋台から出てきて、殴りかかって……どうしてとかは、全然」

ヒトは深いため息をつく。

「たまに、あるんですよ……こういうこと。それも相手は何故か探偵や刑事が多くて、本当困りますよ」

「……フタさん、急に殴りかかるんですか?」

「ええ、何の前触れもなく、突然。一度だけ目の前で見ましたが、あの時は会話も接触もしていない通りすがりの人で……はぁ、全く……どれだけ私を困らせたら気が済むんでしょうね、あのバカ弟は」

探偵や刑事が多い、か。ネイは公安警察だ、フタは何かを感じ取っているのか? いや、何かを感じ取っているとしたらあの化け猫達か。猫が威嚇するまでフタの様子は普段通りだった、猫に指示されて殴りかかったようにも見えた。

「……怖いでしょう? あんな男。ねぇ鳴雷さん、私だけに絞る気は……ありませんか?」

「…………やめてください」

「ぁ……ご、ごめんなさい。ごめんなさい鳴雷さん」

分からないことが多いし、殺されかけたことすらあった。けれど普段は優しくて明るくて、素直に俺への愛情を伝えてくれる可愛らしい人なんだ。フタを手放す気なんて毛頭ない。
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