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使用人体験
うらのおしごと、じゅうご
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料理をしながらふと幼い頃を思い出した。
母は平日は仕事漬けで、父はアトリエに引きこもって、俺は朝も昼も夜も一人で飯を食べた。日付が変わってから帰ってきた母は眠る俺の頭を撫でたし、食事は父が作り置きしてくれていた。俺は恵まれてはいた。
「坊ちゃん、魚用の包丁はこちらです」
「……あぁ、すいません」
休日は二人ともよく構ってくれた。俺を旅行に連れ出した。パーティゲームで遊んでくれた。普段構ってやれない贖罪だと、彼らの顔を見れば分かった。
だから俺は思いっきり楽しんだ、頑張って満面の笑みを浮かべた、そうすれば彼らは喜んだ。
親をやれていると安心している彼らを見て、俺も彼らの理想通りの子供になれていると安心した。
「……あの、雪風の好みの味付けって」
「おや、知りませんか?」
「…………はい」
「そうですねぇ、野菜のえぐみはお嫌いです。調味料で誤魔化すようなものもお嫌いで……」
両親が死んでしまう前からきっと、ずっと寂しかった。厳つい見た目に育ったくせに俺は未だに寂しがりだ。なのに雪兎に置いていかれて、雪風がその穴埋めをしてくれるわけでもないから、どんどん精神状態が悪くなっていく。
「……坊ちゃん?」
「あ……聞いてましたよ、ちゃんと。はは……雪風の好み知らないの、ちょっとショックで。覚えました……大丈夫……これからは一人で出来ます」
祖父の元へ遊びに行ったり、使用人との交流で寂しさを誤魔化せるような便利な人間でありたかった。
「完成ですね、素晴らしい。これなら当主様にご満足いただけるでしょう。早くお呼びしましょう、無線はそこに……」
「いえ、直接行きます」
小走りで雪風の部屋へと向かい、仕事を終えて俺が作ったぬいぐるみを眺めている彼に手招きをした。
「出来たのか? いやー楽しみだな、なぁ何作ったんだ? 献立くらい教えてくれよ」
「着いたら分かる」
「めちゃくちゃ楽しみ! 息子の手料理食う喜びがお前に分かるか? んー?」
はしゃぐ雪風は俺の前に回って俺と向かい合い、子供のように輝いた瞳で俺の目を見つめた。死んだ魚のような目をしているらしい、俺の目を。
「……俺はお前のこと、クソ面倒なクソガキとまでは思ってねぇけど、完璧な彼氏とも思ってねぇよ。弱いとこ隠さなくてもいいからな。ま、カッコつけたい男の心理は俺にも分かるから、お前のやりたいようにやっていいけどよ」
俺の隣に戻り、腕を組む。
「………………雪風」
「んー?」
「……お前が、心読める奴でよかった」
「…………そんなこと本心から言ってくれた奴初めてだ。普通は嫌がるもんだぜ」
「だろうな」
最も嫌われる能力と言っても過言ではないだろう。
「……雪風への愛に嘘はないし、隠しごとは……知られたくないけど、知って欲しい。嫌われないか怖いけど、嫌わないって信じてるし」
「そうかい。お前の本気の嘘や隠しごとは多分、俺は見破れないぜ。お前は嘘発見器とか突破するタイプだ」
「それさぁ……褒め言葉じゃないよな」
「あぁ、息をするように嘘をつけるヤバい奴って言ってる。でも、ヤバい子好きだぜ」
醜い心を全て知って受け入れてくれるのなら、それはもう肉体の繋がり以上に尊い繋がりだ。でも完璧に分かってもらわれたら別の人間でいる意味がない気もしてしまうから、雪風の中途半端な読心能力は最高だ。
「……そういや雪兎の能力ってどんなのなんだ? みんな違うんだよな、おじい様が記憶を見るとかで、雪風が心を読むんだろ? あ、ひいおじい様とクソ野郎は?」
「ひいじいさんは何か治癒系。クソ兄貴は……よく知らねぇけど、俺と似たような感じ。今度聞いてみたらどうだ? アイツ、愚痴話すの好きだし自分の能力嫌いだからすぐ話すと思うぜ」
叔父と話すのは苦痛だが、殺害計画には対象への深い理解が必要だ。雪風の提案を受け入れよう。
「で、雪兎は?」
「何も知らないで見せてもらった方がいいぜ、最高に派手で面白いから……っと、こういうのも言わない方がいいな」
「……教えてくれないのか?」
「お前、映画のネタバレ踏むタイプ? どんでん返しって予告にイラつかねぇ?」
どんでん返しものはどんでん返しと知らずに見たい、その気持ちも分かるが予告で言ってくれないと興味すら出ないかもしれない。ジレンマだな。
「……雪兎の能力は絶対知りたいし、全部教えてくれないなら派手とかも知りたくなかったかな?」
「うわ、なんかごめん」
「雪風には最新作の映画とか見て欲しくねぇなぁ」
「む……うっかり心読んじまったらネタバレ踏むからすぐ観なきゃいけねぇんだよ俺は! ま、映画とか興味ねぇしほぼ観ねぇけど」
そんなだから実の息子に「仕事とセックスだけの人間」なんて言われるんだ。これからは「義理の息子の手料理が大好きな人間」というのも追加してやる。
母は平日は仕事漬けで、父はアトリエに引きこもって、俺は朝も昼も夜も一人で飯を食べた。日付が変わってから帰ってきた母は眠る俺の頭を撫でたし、食事は父が作り置きしてくれていた。俺は恵まれてはいた。
「坊ちゃん、魚用の包丁はこちらです」
「……あぁ、すいません」
休日は二人ともよく構ってくれた。俺を旅行に連れ出した。パーティゲームで遊んでくれた。普段構ってやれない贖罪だと、彼らの顔を見れば分かった。
だから俺は思いっきり楽しんだ、頑張って満面の笑みを浮かべた、そうすれば彼らは喜んだ。
親をやれていると安心している彼らを見て、俺も彼らの理想通りの子供になれていると安心した。
「……あの、雪風の好みの味付けって」
「おや、知りませんか?」
「…………はい」
「そうですねぇ、野菜のえぐみはお嫌いです。調味料で誤魔化すようなものもお嫌いで……」
両親が死んでしまう前からきっと、ずっと寂しかった。厳つい見た目に育ったくせに俺は未だに寂しがりだ。なのに雪兎に置いていかれて、雪風がその穴埋めをしてくれるわけでもないから、どんどん精神状態が悪くなっていく。
「……坊ちゃん?」
「あ……聞いてましたよ、ちゃんと。はは……雪風の好み知らないの、ちょっとショックで。覚えました……大丈夫……これからは一人で出来ます」
祖父の元へ遊びに行ったり、使用人との交流で寂しさを誤魔化せるような便利な人間でありたかった。
「完成ですね、素晴らしい。これなら当主様にご満足いただけるでしょう。早くお呼びしましょう、無線はそこに……」
「いえ、直接行きます」
小走りで雪風の部屋へと向かい、仕事を終えて俺が作ったぬいぐるみを眺めている彼に手招きをした。
「出来たのか? いやー楽しみだな、なぁ何作ったんだ? 献立くらい教えてくれよ」
「着いたら分かる」
「めちゃくちゃ楽しみ! 息子の手料理食う喜びがお前に分かるか? んー?」
はしゃぐ雪風は俺の前に回って俺と向かい合い、子供のように輝いた瞳で俺の目を見つめた。死んだ魚のような目をしているらしい、俺の目を。
「……俺はお前のこと、クソ面倒なクソガキとまでは思ってねぇけど、完璧な彼氏とも思ってねぇよ。弱いとこ隠さなくてもいいからな。ま、カッコつけたい男の心理は俺にも分かるから、お前のやりたいようにやっていいけどよ」
俺の隣に戻り、腕を組む。
「………………雪風」
「んー?」
「……お前が、心読める奴でよかった」
「…………そんなこと本心から言ってくれた奴初めてだ。普通は嫌がるもんだぜ」
「だろうな」
最も嫌われる能力と言っても過言ではないだろう。
「……雪風への愛に嘘はないし、隠しごとは……知られたくないけど、知って欲しい。嫌われないか怖いけど、嫌わないって信じてるし」
「そうかい。お前の本気の嘘や隠しごとは多分、俺は見破れないぜ。お前は嘘発見器とか突破するタイプだ」
「それさぁ……褒め言葉じゃないよな」
「あぁ、息をするように嘘をつけるヤバい奴って言ってる。でも、ヤバい子好きだぜ」
醜い心を全て知って受け入れてくれるのなら、それはもう肉体の繋がり以上に尊い繋がりだ。でも完璧に分かってもらわれたら別の人間でいる意味がない気もしてしまうから、雪風の中途半端な読心能力は最高だ。
「……そういや雪兎の能力ってどんなのなんだ? みんな違うんだよな、おじい様が記憶を見るとかで、雪風が心を読むんだろ? あ、ひいおじい様とクソ野郎は?」
「ひいじいさんは何か治癒系。クソ兄貴は……よく知らねぇけど、俺と似たような感じ。今度聞いてみたらどうだ? アイツ、愚痴話すの好きだし自分の能力嫌いだからすぐ話すと思うぜ」
叔父と話すのは苦痛だが、殺害計画には対象への深い理解が必要だ。雪風の提案を受け入れよう。
「で、雪兎は?」
「何も知らないで見せてもらった方がいいぜ、最高に派手で面白いから……っと、こういうのも言わない方がいいな」
「……教えてくれないのか?」
「お前、映画のネタバレ踏むタイプ? どんでん返しって予告にイラつかねぇ?」
どんでん返しものはどんでん返しと知らずに見たい、その気持ちも分かるが予告で言ってくれないと興味すら出ないかもしれない。ジレンマだな。
「……雪兎の能力は絶対知りたいし、全部教えてくれないなら派手とかも知りたくなかったかな?」
「うわ、なんかごめん」
「雪風には最新作の映画とか見て欲しくねぇなぁ」
「む……うっかり心読んじまったらネタバレ踏むからすぐ観なきゃいけねぇんだよ俺は! ま、映画とか興味ねぇしほぼ観ねぇけど」
そんなだから実の息子に「仕事とセックスだけの人間」なんて言われるんだ。これからは「義理の息子の手料理が大好きな人間」というのも追加してやる。
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